四十八 切り札
「整備班! じゃじゃ馬の調整は済んでいるか!?」
部隊後方に辿り着いたシャーレスは、一際大きな馬車の回りにいた面々に大声で問いかけた。
「はい、少佐殿。もう少しで出せます!」
「よろしい! 前衛が殲滅される前に援護へ向かう!」
威勢の良い返事に気分よく頷きながら、シャーレスはその大型馬車へと乗り込んだ。
それは確かに馬が前方に繋がれ、後部の荷車を引く仕様ではあったが、通常の馬車とはまったくの別物であった。
車部分の随所を板金で補強され、御者台をも矢避けの屋根がしっかりと覆っており、その鋼鉄の塊を引く屈強な馬もまた、鉄製の装甲をまとっている。
巨大な車輪には悪路を問題としないように
これぞ帝国の誇る戦争用の馬車、即ち
今回の増援に際し、ゴルトー少将が悪魔対策として導入した虎の子である。
「少佐殿自らお乗りになられるのですか!?」
「他に誰が指揮を執ると言うのだ! さっさと発車準備を進めよ!」
「りょ、了解であります!」
動揺する整備班に発破をかけ、馬車内の装備を点検するシャーレス。
左右の窓には大型
「発車準備よし! 周囲人員の退避完了! いつでも行けます!」
「よし、発車せよ! 目標、前方!」
馬車部分にシャーレスを含め4人が乗り込んだのを確認し、御者台に座った兵が叫ぶのと同時に即発車号令を出した。
二頭の軍馬が勇んで
やがて速度が上がって来ると、重量も相まってとてつもない迫力を備えて疾走を始めた。
その勇壮さを見て、周囲の兵らも鼓舞するように雄叫びを上げる。
兵らの声援に応えるように速度を増した馬車が前方へ迫ると、前衛を担った隊は少数ながらも辛うじて残存していた。
敵の少女は、多数の兵をまとめて斬り飛ばす異常火力の持ち主である。
敢えて兵を散開させて的を絞らせないようにしたことで被害を抑え、時間稼ぎに徹したのだった。
双眼鏡越しに前方を睨んでいたシャーレスが、兵の肉片を撒き散らす少女の姿を捉えると、即座に乗員へ射撃準備を命じた。
「目標設定! 前方の黒衣の少女! 連弩構え!」
二対の連弩の照準が少女へ向き、周囲の兵が途絶えた瞬間を狙って、掲げた右腕を振り下ろす。
「撃て!」
窓枠が外れそうな程の反動をもって太い矢が連射され、少女の方角へとばら撒かれる。
通常の対人戦であれば、隊列を貫通して掃討する程の威力を備えた射撃武器であるが、少女はまるで動じた様子もなく、わずかに身をずらすだけで多数の大矢をかわして見せた。
「ちっ! 装填急げ! このまま接触するまで撃ち続けろ!」
「了解!」
弾幕を張りながら、着実に少女との距離を詰めてゆく戦車。
狙いは一つ。
連弩で足止めしているところへ最高速度で突撃し、車輪から生えた巨刃をお見舞いするのだ。
流石にこの質量の一撃は防げまいという、実に単純で力任せな作戦であった。
「目標までおよそ50を切りました! 軌道修正に入ります!」
御者が手綱を引き、馬の鼻面をわずかに左へ向けた。
当てるのはあくまで刃部分。正面からぶつかっては意味がないため、少女を真正面に据えていた軌道を斜めにずらしたのだ。
「よし、このまま速度を落とすな! ぶちかましてやれ! 帝国の兵器は悪魔をも殺すと証明して見せろ!!」
『いけえええええ!!』
手に汗を握り、興奮状態で檄を飛ばすシャーレス。
それに応じて、乗員全員の雄叫びが車内に響いた。
少女は被弾こそしないが、未だに弾幕の内から抜け出せずにいる。
これならば、当たる。
距離を潰しつつある戦車の乗員全員がそう確信し、来たる衝撃に備えて車内の各所にしがみつくのと、少女と接触したのはほぼ同時であった。
車体の右側が、確かに何かを引っかけた衝撃でごとんと揺れた。
「やったか!? ざまあみろ、悪魔め!」
喜び勇んで後部の窓から双眼鏡を覗き込むシャーレスだが、通り過ぎた接触地点に黒衣の少女の姿はなかった。
代わりにあったのは、ぐしゃぐしゃに
「なんだと!? 先程の衝撃はあれだったと言うのか!?」
「では奴はどこに!?」
総出で少女の行方を探す乗員達だが、影も形も見付からない。
そこへ、窓から身を乗り出していた右側の射手が、突如首を失い痙攣を始めた。
「何事だ!」
「少佐殿、もしや上では!?」
左の射手が予想を口にした瞬間、馬車の上方から細い腕が伸び、首のない兵を窓から引きずり出して投げ捨てた。
そしてにこにこと極上の笑顔を浮かべた黒衣の少女が、開け放たれた窓より車内に滑り込んできたではないか。
「き、貴様、一体どうやって逃れた!?」
思わず敵に問いを投げるシャーレスに、少女は律儀に応答した。
「はて。ぶつかる寸前にそこらへ転がっていた死体で矢を払い、屋根へ飛び乗っただけですが」
接触間際の一瞬で、そんな芸当をこなしたというのか。
何も不思議はない、と言わんばかりに笑みを浮かべる少女にシャーレスは戦慄した。
「それにしても、面白い馬車ですね。戦のための創意工夫が感じられます。斬ってしまわなくて正解でした。せっかくですし、無傷のままお土産に致しましょう」
嬉しげに少女が声を弾ませると、呆然としたままのシャーレスに血飛沫が降りかかる。
一瞬で他の乗員を斬り捨てられたのだと気付くのに、数秒を要した。
「な、き、貴様……!」
慌てて腰の剣に手をやるも、時すでに遅し。
シャーレスは己の手足が胴から離れて行く感覚を鮮明に感じ取っていた。
不思議と痛みはなく、熱だけが全身を駆け巡る。
「外であなたが少佐と呼ばれるのが聞こえました。大将首、遠慮なく頂戴致します。もちろん、部下の方々もすぐに後を追わせて差し上げますので、どうかご心配なさらず」
「この……ごふ……悪魔……め……!」
おぞましい台詞に反して、輝く笑顔を見せる少女を最期に目に焼き付け、シャーレスの首がごとりと馬車の床に転がった。
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