四十二 絡み酒

 紅が遊撃隊の待つ砦へ辿り着いたのは、夜も大分更けてからであった。


「隊長! ご無事でしたか!」

「紅様ー! おかえりなさ~い!」


 門の見張りを買って出たのだろう、カティアとアトレットが紅の姿を見て駆け寄って来る。


「戻りました。こんな遅くまで、わざわざ待っていて下さったのですか」

「室内でじっとしてもいられなかったので……」

「紅様が戻らないと心配で眠れないですよう」


 アトレットは大胆に腰に抱き着き、カティアは控えめに紅の手を握って再会を喜んだ。


 二人は正規の見張りと交代すると、紅を通用口から砦内に案内した。


 その先の中庭にも、同様に紅を心配したのだろう遊撃隊の面々が思い思いに待機していた。


「おお、隊長! お帰りなさい!」

「なー? やっぱり無事だっただろ?」

「んなこと言って、さっきまで落ち着きなかったのは誰だよ」

「う、うるせえ。言うんじゃねえよ!」

「揉めるな揉めるな。元気に帰ってきてくれたんだからそれでいいじゃねえか」

「おお……女神の帰還……実に喜ばしい……」


 口々に紅の合流を喜び、場に弛緩した空気が流れる。


「それで隊長。追跡の成果はいかがでしたか?」

「狙い通り、本隊まで案内して頂けました。これはお土産です」


 カティアが問いを切り出すと、紅は思い出したとばかりに、黒い布に包んで手に提げていた物体を地面に放り投げた。


 落ちた反動で結び目がはらりと解けると、黒い覆面を着けたままの生首が姿を現し隊員達をどよめかせた。


「皆殺しにして大将首だけ持って参りました」

「お、お疲れ様でした……」

「いいえ。少々期待外れでした」


 顔を引きつらせて労うカティアに、紅は残念そうな声を返した。


「──おい。特務遊撃隊の隊長が戻ったと聞いたが、どいつだ?」


 そうやり取りしている場に割り込むように、どすの効いただみ声が中庭に響く。


 声の主は遊撃隊の間を無理やり割って現れた。


 乱れた軍服姿に赤ら顔、片手には酒瓶をぶら下げた髭面の大男であった。


「おう、新顔がいるな。おめえが紅大尉相当か」

「はい。あなたは?」

「俺はこのベイル砦のあるじ、ユーゴー少佐だ。覚えとけ」


 ユーゴーと名乗ったいかつい大男は酒瓶を口にしてぐびりと中身を呑むと、しゃっくりと共に再び口を開いた。


「しかしなんだあ? つらがいいのは認めるが、マジでガキじゃねえか。本当にこんなひょろい小娘が東部の帝国軍を壊滅させたのかよ?」

「ほんとですー! あたし達全員が証人ですー!」


 横柄な態度で首を捻るユーゴーに、アトレットが猛然と噛み付く。


「キャンキャン吠えるなチビ助。頭に響くだろうが!」


 ユーゴーは全く相手にせず、紅へ向き直る。


「大体こりゃなんだ? 首だけ持って来やがって。密偵を見付けたなら、ちゃんと何かしら情報を引き出したんだろうな?」


 地面に落ちた首を差して、ユーゴーは紅に迫った。


「はて。特に何も」

「はあ? 使えねえな! だったら一匹くれえ生け捕りにして来いってんだ! 俺自ら拷問してやったのによお」


 常人ならば身の竦むような恫喝が中庭に響く。


「恐れながら少佐殿。少々呑み過ぎではないでしょうか。そもそも紅大尉相当がいらっしゃらなければ、密偵の存在に気付くことも出来なかったのです。そこを評価して頂けませんでしょうか」


 紅を叱責する様に我慢ならず、カティアが意を決して意見を述べる。


「ああん? 小娘。おめえ、名前と階級はなんだった?」

「特務遊撃隊所属、カティア=クローゼン少尉であります」


 じろりと見下ろすユーゴーにも臆せず、カティアは堂々と名乗って見せた。


「はっ! お貴族様がわざわざご苦労なこった。だがおめえは少尉。俺は少佐だ。この意味がわかるな?」

「……は」


 階級をちらつかされ、押し黙るカティア。


「それでいい。軍では貴族だろうがガキだろうが関係ねえ。階級が全てだ。分かってんなら上官のやることにいちいちケチをつけるんじゃねえ」


 そこまで言うと、再び酒瓶からぐびぐびと液体を煽って飲み干してゆく。


「……げふ。ったくよお。最近のガキャあ、乳と尻だけじゃなく態度もでかくなりやがって。士官学校の質も落ちたもんだな?」

「な……!?」


 あからさまに身体を舐め回すように見られ、カティアが腕で身を隠す。

 その様子を、隊員達も怒りを抑え付けて見ていることしかできなかった。


 が、そうでない者が一人。


「はて。かく言うあなたは、上官としての資質があるようには思えませんね」


 紅がカティアとユーゴーの間に割り込んで、ずばりと言い放った。



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