三十七 新たな任務
後日、紅とカティアは参謀本部へ呼び出しを受けていた。
二人が執務室へ入ると、机に両肘を乗せて手を組んだ姿勢のロマノフが、にやりと笑って出迎えた。
「くっくっく。紅大尉相当。早速やらかしてくれたようだな。フォルツ大佐が物凄い剣幕で怒鳴り込んできたぞ?」
「せっかく閣下にご忠告頂いたというのに、結局ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
素知らぬ顔の紅の代わりに、深々と頭を下げるカティア。
「いや。薄々こうなるのではないかと思っていた。カーレル大尉の証言もあることだ。この件は不問とする」
「寛大な措置に感謝致します」
ほっと胸を撫で下ろすカティアに、ロマノフは鷹揚に頷いて見せる。
「フォルツ大佐にも困ったものだが……ただ、今の大佐が全てではないことは留意して欲しい。かつてはあそこまで酷くなかったのだ」
ふと遠い目をして語り始めるロマノフ。
「士官学校を優秀な成績で卒業し、エリートコースに乗ったはずが、皮肉にも彼は公爵家の
とつとつと口にするロマノフの言葉は、カティアの胸に重く沈んで行った。
幼き頃は兄のように接してくれていたこともあり、軍に入隊してから会ったフォルツはとても同一人物と思えなかったのだ。
ロマノフの言うような背景は貴族出身者にはままあること。
カティアにしてみれば、ある程度同情の余地はあった。
「どのような事情があれど、私どもには関係ありませんが」
しかし紅は遠慮なしにばさりと斬り捨てた。
「我が隊の皆様は優秀です。謂れのない中傷を受ける筋はありません」
上官に対してあまりにも直球な物言いにカティアは青ざめるが、ロマノフの態度は柔らかなものだった。
「ふっ。手厳しいな、紅大尉相当は。だがその通り。いくら人材不足が事実とは言え、国のために志願した兵を馬鹿にするなどあってはならん。その理由が個人の感情に起因するとあっては尚更な」
ふっと表情を緩めて髭を撫でるロマノフ。
「また言いがかりを付けて来るようなら斬っても構いませんか」
「それは勘弁してくれ。あれで王都の防衛には必要な人材なのだ」
平然と殺人許可を求める紅に、ロマノフは苦笑した。
「だが今回のように正当防衛の範囲であれば、勤務に支障がない程度に痛めつけても構わん。多少は大佐にも懲りてもらわねばな」
「わかりました」
多少不服そうではあったが、紅は承知した。
「ではフォルツ大佐の件はこれで終いだ。本題へ移ろう」
そう言うとロマノフは流れるような動作で机の引き出しから葉巻を取り出そうとしたが、紅の手前であることを思い出し、苦々しい表情で引き出しを閉めた。
それを吹っ切るように勢いよく立ち上がると、壁にかかった大きな地図へと近寄っていく。
「現在王都北部の国境線は、帝国軍によって半ばまで占拠されている。その侵攻を正面で食い止めているのがワーレン要塞なのだが、近頃帝国軍に動きがあってな。ワーレン要塞を迂回するように、東西の砦に狙いを定めているようなのだ」
ロマノフが次々と要所を指差し説明するのを、カティアは紅の代わりに必死で目に焼き付ける。
ランツ要塞が東の守りの要であれば、ワーレン要塞は北の要、しかも今現在戦火に晒されている最前線である。
自然、ロマノフとカティアの顔も引き締まったものとなった。
地図によると、ワーレン要塞の東西の山野には複数の砦が並列し、脇をすり抜けられないよう守備を固めていることが見て取れた。
「ワーレン要塞は、この辺りで大軍が通れる唯一の経路であるロウカ渓谷を塞ぐために建てられた頑強な要塞だ。しかし正面からの攻撃には滅法強い反面、左右の崖上を取られると脆い。恐らく帝国の狙いは、東西の戦力を削いだ上での左右からの強襲。次いで総攻撃に打って出るものと思われる」
そこまで言うと、ロマノフはワーレン要塞の位置から西側へ指を滑らせた。
「幸い西は友好国であるヘンツブルグ聖王国との国境線に近く、協力を取り付けることが出来た。そこで問題となるのが手薄な東だ」
今度は東側へ指を滑らせたロマノフが、砦の位置をとんと叩いて紅とカティアへ向き直った。
「特務遊撃隊には要塞東へ展開する部隊と協力して、点在する砦群を帝国軍の手より守り、奴らの南下を阻止してもらいたい」
「ようやくの出番ですね。喜んでお受けします」
紅は刀の柄を撫でつつ微笑んだ。
「即答とは心強いな。ではこれが詳細な地図と作戦書だ。明朝早速出発し、現地の部隊と合流するように」
「はっ。了解致しました」
カティアが作戦書の入った封筒を受け取ると、びしりと敬礼して見せる。
「うむ。貴官らの健闘を期待する。以上だ」
「では失礼します」
紅が一礼して扉へ向かうと、カティアもその後を追う。
廊下に出た紅は、上機嫌でカティアに話しかけた。
「ふふ。やっと戦に出られますね。これ以上待たされていたら、前線へ走り出していたかも知れません」
「そうならずに済んで良かったです……」
紅なら本当にやりかねないと、カティアは背筋が凍るのを感じた。
「戦。戦ですよ。ふふふ。この度はどのようなお相手でしょうか。ああ、本当に楽しみです」
弾むような足取りで浮かれる紅は、甘味を前にした時以上の
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