三十六 証言

「それじゃ、無敵の隊長に乾杯!」

『かんぱ~い!』


 テーブルに料理が出揃うと、一斉に杯を掲げて打ち鳴らす隊員達。


「見たか悪者! 紅様は権力にも屈さない!」

「いやー、あそこまでためらいなくやっちまうとはな!」

「ざまあみろってんだ! いい薬になっただろうぜ!」

「また武勇伝が増えたなあ」

「……女神の洗礼により、かの者の魂が浄化されんことを……」


 晴れやかな表情で騒ぐ隊員達を他所に、カティアの顔色は優れない。


「はあ……ロマノフ中将にご忠告頂いたというのに、早速やってしまいましたね……」

「降りかかった火の粉を払ったまでです。こちらに非はありません」


 すまし顔でサラダを取り分ける紅に、盛大に溜め息をつくカティア。


「隊長は気楽でいいですね……」

「それほどでも」

「褒めてないですからね?」

「はて」


 可愛らしく首を傾げる仕種も、あざとく見えないのが不思議である。


 紅の天然さを羨んだカティアへ、紅から質問が飛ぶ。


「ところで。カティアは先程の方とお知り合いの様子でしたが。どのような間柄ですか」

「あ……やはりお聞きになりますよね……」


 カティアはわずかにうつむき、息を整えると、意を決して切り出した。


「あの方は、公爵の地位をいただくリーゼンシュタイン家の御長男、フォルツ大佐です。我がクローゼン家はその分家筋となります」

「ええ!? じゃあ少尉も王様の血が流れてるんですか!? もしかしてものすごいお嬢様!?」


 アトレットが飛び上がって驚くと、カティアは慌てて否定した。


「大袈裟よ! うちの血筋はそこまで濃くないわ。フォルツ大佐とは従兄妹いとこですらないもの。リーゼンシュタイン家と比べれば、弱小貴族もいいところよ」

「なるほど。それで遠縁ですか」

「はい。この度は親族がご迷惑をお掛けして、まことに申し訳ありませんでした」


 納得とばかりに頷く紅に、カティアが深々と頭を下げる。


「カティアが謝る必要はありません」

「そうだそうだ! 悪いのはあの金髪ロン毛です! 紅様、次に見かけたら引んいて土下座させましょう!」

「それはやめて……」


 過激な発言をするアトレットをなだめるカティアへ、紅はふと思いついたように尋ねる。


「そう言えば。カティアだけ姓があるのが不思議だったのですが。この国では貴族のみが姓を名乗るのですか」

「あ、はい。その通りです。申し訳ありません。我が国では常識ですので、説明を忘れておりました」

「いえ。そういうこともありましょう。一つ勉強になりました」


 紅が一つ微笑んで食事に戻ると、タイミングを見計らったように席へ近寄って来る者がいた。


「ご歓談中失礼する。私は情報部所属のカーレル大尉。特務遊撃隊の面々とお見受けするが、少し話をさせてもらってもよろしいかな?」

「これはカーレル大尉! お久しぶりです」


 紅が返事をするよりも先に、カティアが席を立って嬉しそうに敬礼をして見せた。


「ああ、久しいなカティア准……おっと、少尉になったのだったな。昇進おめでとう」


 カーレルは精悍な顔つきを笑みに緩めて祝辞を述べる。


「ありがとうございます!」

「こちらもお知り合いですか。カティア」


 声を弾ませて礼を言うカティアに紅が問う。


「はい。元々私は王都で徴兵されたので。カーレル大尉には、駐留している間お世話になったのです」

「それ程大したことはしていないがね。士官学校主席という将来有望な若者に目を掛けるのは当然だろう」

「ふふ。どなたかにお聞かせしたい金言ですね」


 紅が笑い声を漏らすと、カーレルの視線がそちらへ向き、一瞬硬直する。


「……これは……似顔絵で見るのとは大違いだな。報告では聞いていたが、これ程だとは」


 紅の美貌に当てられたカーレルは頭を一振りして正気を取り戻すと、紅に一礼して見せた。


「いや、失礼。貴官が紅大尉相当だね。貴官と遊撃隊の活躍はよく知っている。この度王都へ参られるということで、是非挨拶したいと思っていたのだ。念願の勝利の女神に会えて光栄だよ」

「それはわざわざご丁寧に」


 紅が礼を返すと、カーレルは人好きのする笑みを浮かべた。


「先程の騒動の治め方も、手段の是非は置いておくとして、鮮やかだった。ここだけの話だが、フォルツ大佐は貴族至上的なところがあってね。軍本部に詰めている平民出身の者は肩身が狭い思いをしているのだ。そんな事情もあって、あの光景は実に爽快だった」


 そう言ってカーレルが周囲を指し示すと、あちらこちらの席の兵が遊撃隊へ杯を掲げて見せた。


「しかし、少しやり過ぎたかも知れませんが……」

「今回の件、遊撃隊に非はないことを私からロマノフ中将に報告しておく。他に目撃者も多いことだし、仮にフォルツ大佐が騒ぎ立てても大きな問題にはさせないと請け合おう」


 カティアが不安げに呟くと、カーレルは胸を叩いて言い切った。


「ただ、相手は大貴族。その気になれば何をしでかすかわからない。これ以上刺激するのは避けた方がいい」

「ご忠告、ありがとうございます」


 紅に代わってカティアが礼を述べると、カーレルは一つ頷いて敬礼の姿勢を取る。


「話は以上だ。邪魔をしたな。諸君の武運と活躍を祈る」


 それだけ言い残すと、遊撃隊の全員と目を合わせてからその場を立ち去った。


「なかなかに気持ちの良い御仁ですね」

「そうでしょう? とても面倒見の良い方ですよ」


 紅が一言呟くと、カティアは得意げに胸を反らした。


「なんで少尉が嬉しそうなんですかー? あ、もしかして大尉のこと好きだったりして?」

「ななな、なんでそうなるのよ!?」


 がたんと椅子ごと引っくり返りそうになる程仰け反るカティアに、アトレットの追撃が飛ぶ。


「だってー、大尉と話してる時の少尉、すっごいキラキラの笑顔でしたよー? ねー?」

「なー?」


 隣にいた隊員に同意を求めると、同様にからかい半分の言葉が出る。


「そうかー、少尉はああいう爽やかな男前が好みかー」

「いやー、あれにゃ勝てねーわ」

「くそ、エールおかわりだ!!」

「何だ? お前少尉狙いだったのか」

「やめとけやめとけ。釣り合わねえよ」

「うるせえうるせえ~!!」


 たちまち隊員達の酒のつまみとされるカティア。


「もう! 貴方達いい加減に……!」

「ふふ。カティアは人気者ですね」

「隊長まで! もう知りません!」


 声を荒げようとしたところを紅に微笑まれ、カティアは完全に不貞腐ふてくされてそっぽを向いた。

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