三十二 慟哭
ウグルーシュ帝国首都、ガルダーニュ。
皇帝の膝元として栄華の粋が集結し、軍本部も置かれる国の要。
竜騎士ファルメル大尉によって戦線から救い出されたアレスト少将は、ガルダーニュの軍病院に搬送され、即日入院を余儀なくされた。
外傷は軽く、意識は戻ったものの、手酷い敗戦のショックから茫然自失となり、廃人同様の精神状態に陥っていたのだ。
そして幾日かが経過し、何とか意思の疎通ができるまでに回復した頃、一人の男が病室へ面会に訪れた。
「失礼する」
ノックの後にがらりと開け放たれた扉の先へ、無気力にベッドへ横になっていたアレストは顔を向けた。
「こ、これは、中将閣下!」
びしりと軍服を着こなした壮年の将校を見て、アレストは慌てて立ち上がろうとするが、男に手で制される。
「そのままでよい。まだ回復して間もないと聞いている」
ベッドの脇に椅子を引き寄せて座った男は、帝国参謀本部所属のザミエル中将であった。
「こうして病床の貴官に面会に来たのは他でもない。早急に確認したい案件があるためだ」
ゆっくりとベッドの上に半身を起こしたアレストに、ザミエルは一部の新聞を放る。
「見舞いの品としては色気が無いが。まずは読んでみろ」
「これは、公国の新聞……?」
アレストは受け取った新聞にざっと目を通す。
そこには英雄出現の見出しと共に、ベルンツァから
そしてアレスト率いる帝国第5軍を打ち破ったことで、赤獅子突撃賞なる勲章を授与されたことまで。
「くそっ……悪魔め……!」
最後に見た部下が惨殺された場面を思い出し、思わず新聞をくしゃりと握り締めるアレスト。
「そう。本題はその悪魔についてだ」
ザミエルは首肯し、紙面に載った紅の似顔絵を指差した。
「我々もベルンツァの悪魔について、報告だけは受けている。今や公国のカリスマ的存在となり、南方戦線の公国軍の士気が非常に高まった。同時に我が軍の士気にも少なからず影響が出ている。我々としてもこれは放置できず、早急に手を打たねばならない」
膝の上で手を組み、ザミエルは語る。
「そこで実際に見た現場の者の意見を聞いておきたくてな。今のところ、奴と戦闘を行った部隊で生き残っているのは貴官だけだ。率直な感想を聞かせてもらいたい」
「……恐れながら申し上げます。奴と正面から戦うのは危険です。無理を承知で言わせて頂ければ、即刻公国からは手を引くべきだと愚考致します」
戦場での凄惨な場面が脳内で蘇り、震える身を抑え付けながらアレストは発言した。
「ふむ。そうしたくとも、陛下が許すまい。今のは聞かなかったことにしておくが、貴官がそこまで言うとはな。それ程までに実物は凄まじいと?」
未だ半信半疑といった体のザミエルの目を見据え、かちかちと歯を鳴らしつつ声を絞り出すアレスト。
「……閣下は、人間が……紙屑のように千切れ飛ぶ様をご覧になったことはおありでしょうか?」
「……何?」
「突撃した兵が、近寄れもせずに
「少将……?」
不審がるザミエルの前で、アレストは目を剥いて言い募る。
「私は見たのです、閣下! あの地獄の中で! 奴が笑いながら兵達を無残に斬り刻むのを! 私は見ていることしか出来なかった!! 奴は投降すら許さずに皆殺しにする気だった! あれこそ本物の悪魔です!!」
「少将! 落ち着け!」
すがりつくようにして叫び散らすアレストの肩を掴み、ザミエルが一喝した。
そこで我に返り、風船が萎むように脱力して、ベッドへと崩れ落ちるアレスト。
「申し訳ありません、閣下……」
「いや、よい。貴官はそれ程の化け物を見たということなのだな」
ザミエルは乱れた襟元を正しながらアレストを見やる。
「今の取り乱しようで理解した。報告書は全て事実に基づいている。参謀本部へはそう伝えよう。恐らく大幅な作戦変更が検討されるだろうな」
「奴に……あの悪魔に対抗できる者が果たしているでしょうか……」
天上を見詰めながら呟いたアレストに、ザミエルは顎を撫でつつ思案した。
「ふむ……公国ごときに竜騎士の出番はないと思っていたが。場合によっては、北方攻略に当たっている隊の配置をいじる必要があるか。その際は少将、また貴官に意見を聞くこともあろう」
「は……私に務まるものか、正直今は自信が持てませんが。微力ながら尽くす所存であります」
「うむ、頼むぞ」
ザミエルは一つ頷くと席を立った。
「少将はもうしばらく静養したまえ。第5軍の立て直しは楽ではないぞ」
「はっ。心得ました」
そう言い残して病室を去るザミエルを見送ると、アレストは全身が弛緩するのを感じた。
「奴を英雄に担ぎ上げただと……冗談ではない」
手の中でしわくちゃになった新聞をごみ箱へ投げ込むと、アレストは腕で顔を覆う。
目を瞑ると蘇るのは、部下が無慈悲に蹂躙される場面。
その中には、目を覚ました時に戦死の報を聞かされた、グリンディールの死に顔も含まれていた。
「くっ、大佐……仇を討ちたいが、私はなんと無力なのだ……」
アレストは溢れ出す涙を止めることが出来ずに、しばし
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