三十一 褒章
「おお。わざわざ来てもらってすまんな、紅殿。カティア准尉もご苦労」
イスカレルに連れられ訪れた執務室にて、シュベールが機嫌よく紅達を出迎えた。
ここ数日で更に交流を深めたシュベールは、紅を部下ではなく完全に客将扱いとして対等に接していた。
「部下の教育は順調かね?」
「まだまだですが、物怖じしないのは皆様の美点です。良い兵に育つかと」
「そうかそうか。なあに、紅殿と手合わせしておれば、嫌でも強くなるだろうとも」
にこにこと頷きながら、紅とカティアをソファへと誘うシュベール。
「さて、本題に移ろう。本日貴官らを呼び出したのは他でもない。遊撃隊への褒章が正式に決まったことを伝えるためだ」
二人が席に落ち着いたのを見計らい、シュベールは切り出した。
「まずは、カティア准尉以下遊撃隊の全員を一階級昇進とする」
「はっ!
カティアが同席していない隊員達の分も代表して敬礼する。
「うむ。今後も紅隊長の
「はっ!」
「そして紅殿についてだが。ふふふ」
シュベールはもったいつけて懐から小箱を取り出すと、ゆっくりと
「此度の戦勝の立役者としての功績が大いに評価され、何と! 二階級特進の上、勲章が授与される運びとなった!」
「そ、それは素晴らしい! おめでとうございます、隊長!」
シュベールの手中に鈍い赤光を放つバッジを認めると、カティアが飛び上がらんばかりに驚愕し、紅へ惜しみない称賛を送った。
「勲章、ですか」
対して、当事者である紅本人の反応は薄い。
「うむ。しかも女性が下賜されるのは我が国では初めてだ。とても名誉なことだぞ。それと、聞けば紅殿の名は、和国にて赤色を示す意味があるとか。故に上層部も気を利かせたのか、赤獅子突撃章を送ってきおった」
「名誉には興味がありませんが。気遣いは嬉しいものです」
シュベールより箱ごと勲章を受け取って表面を撫でると、紅はかすかな笑みを浮かべる。
「和国に獅子はいませんでしたが。なるほど、こういう意匠なのですね」
紅はひとしきり勲章を愛でると、蓋を閉じてカティアへ向けて差し出した。
「ではカティア。預かっていて下さい」
「はい。……はい!?」
一度は流れで受け取ったカティアだが、意味を理解するとがたりとソファを揺らした。
「な、なな……何故私が!?」
「手荷物があっても邪魔ですので。貴方なら安心して託せます」
「そ、そんな、畏れ多い……!!」
さらりと言ってのける紅とは対照的に、見る間に青ざめるカティア。
「信じられん……
これにはイスカレルも呆れ返って額に手をやった。
「いやはや。そう来るとはのう。紅殿はいつも予想外のことをしてくれる」
かたや憤慨しても良い立場であるはずのシュベールは、むしろ愉快そうであった。
「これは責任重大だな? カティア少尉」
「あわわ……ひ、他人事だと思って……!」
「ふっふっふ。信頼の証と思って、預かって差し上げなさい。くれぐれも丁重にのう?」
動揺のあまり地の口調がはみ出すカティアを、シュベールはにやにやとした顔で見やった。
「おっと、そうそう。忘れるところであった。紅殿にはもう一つ贈り物があるのだ」
ぽんと手を打ったシュベールがテーブルに置かれた呼び鈴を鳴らすと、別室で待機していた人物が奥の扉から現れた。
それは蓋をした銀盆を片手に持った、厨房の料理長であった。
「忘れられたかと思って冷や冷やしましたよ、閣下」
「すまんすまん。ほれ、早速披露してやりなさい」
悪戯を企むような表情のシュベールに言われ、料理長は銀盆をテーブルに置き、その蓋を取り去った。
現れた皿の上には、色とりどりの果実をふんだんに使った、見た目にも鮮やかで巨大なホールケーキが乗せられていた。
「甘い香りです。食べ物ですか」
「す、すごいですよ隊長! 王都の人気店にも負けないような、とても豪華なケーキです!」
芳香に反応する紅の横で、見た目に圧倒されたカティアが興奮気味にまくし立てる。
「はて。けえきとは?」
「ざっくり言えば、小麦粉と卵やバター等を元に作ったスポンジ生地に、様々なトッピングをした菓子の総称ですね。細かく言えば生地にも色々ありますが。今回はオーソドックスなスポンジ生地に、ドライフルーツと生クリームを何層にも分けて挟んでみました。自信作ですよ」
こてりと首を傾げる紅に、ここぞとばかり解説する料理長。
「なるほど。甘味ですか」
「先日約束したろう?
「まったく無茶振りでしたよ。こんな辺境の要塞ですから、材料選びに苦労したんです。是非味わって食べて下さいね」
得意げなシュベールの横で苦笑する料理長に、紅は輝く笑みを浮かべて一礼した。
「ありがたく頂きます」
「くっくっく。料理長、喜びたまえ。紅殿は勲章よりもケーキの方が嬉しいようだぞ」
「なんとも料理人冥利に尽きますね」
笑いを抑えきれないシュベールに小突かれると、料理長が安堵したように息を吐いた。
「せっかくですし、カティアも一緒に食べましょう」
「いいのですか!?」
紅の提案に、カティアは猛烈な勢いで食い付いた。
「はい。隊をまとめてくれているカティアへお裾分けです」
「ありがとうございます、隊長!!」
喜びが溢れ出したような笑みが弾け、カティアを歳相応の少女に変貌させた。
「うむうむ。仲良きことは美しきかな。どれ、わしが紅茶を淹れてやろう。その代わり、ご
「あ、閣下。抜け駆けはずるいですよ」
「それなら製作者として私も味見をしなければ」
二人の少女に詰め寄るように、牽制し合う大の男達。
娯楽の少ない辺境では、甘味は全ての者に等しく魅惑的なのだ。
目前で繰り広げられるやり取りに、紅はくすりと笑みを漏らしつつ、鷹揚に頷いて見せた。
「皆で頂きましょう。私達では食べきれなさそうですし」
「流石は紅殿。話がわかるのう」
「上官の役得ですな。ありがたく頂こう」
「では私が切り分けましょう。今後の参考に、皆さんの感想を聞かせて下さいね」
こうして勲章の略式授与の場は、急遽午後のお茶会へと切り替わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます