三十 特訓
ランツ要塞に到着した遊撃隊に、次の任地が決まるまで、休養も兼ねた待機命令が下されてから数日が経っていた。
とは言え娯楽の少ない軍施設であり、周囲に遊びに繰り出せる街がある訳でもない。
暇を持て余すくらいならと、隊員達は紅に稽古を付けて欲しいと願い出た。
これから最前線へ
紅としても日課の鍛錬のついでと思い、彼らの申し出を受け入れ、かくして地獄の特訓が始まった。
『うおおりゃあああ!!』
気合を込めた雄叫びを上げながら、複数の隊員が紅に斬りかかる。
しかし紅に近寄ることも出来ずに鼻っ面をはたかれ、全員吹き飛んで行った。
その隙に背後からも数人が詰め寄るが、紅は振り向きもせずに一蹴する。
そこへアトレットやカティアら弓兵隊が放った矢が襲うも、紅は腕の一振りで全てを掴み取っていた。
「そんなのアリー!?」
驚愕の声を上げるアトレットの両袖口を、紅が投げ付けた矢が射抜き、勢いのまま壁に縫い付ける。
「ふぎゃん!」
壁に叩き付けられた衝撃で目を回すアトレットを横目に、カティアがめげずに二の矢を放つも、紅は手中の矢を投げ当てて叩き落す。
「ええ!?」
カティアの戸惑いの声が漏れると共に、残りの弓兵もアトレットと同様の道を辿った。
「まだまだあ!」
果敢にも残りの隊員達が紅へ向かってゆくも、竜巻のように振り回される紅の得物の前に、剣を交えることすら許されずに次々床へ転がされて行った。
「皆様、気合は結構。ですがまだまだですね」
陣取った位置から一歩も動かず、息も乱さずに全員を叩きのめした紅が、すぱりと辛口に評する。
くるりと手首を返して地面に穂先を着けたのは、清掃用のモップだった。
対して遊撃隊の面々は緊張感を持つために真剣で挑んでいたが、結局この体たらくである。
ランツ要塞の訓練場の一角を借りて行った模擬戦であったが、紅との間には天と地底奥底程の実力差があることを隊員達は痛感していた。
「くそ~、何度やっても攻撃が全然見えねえ~」
「殺気も起点もないところから、いきなり飛んで来るんだよな……」
「前後同時に行っても隙一つ無いしな。こっちが当てる以前の問題だぜ」
「これで手加減されてるんだからなあ……」
「帝国軍がろくに抵抗できなかった理由が良く分かった……」
床に大の字になり息を切らせながらも、各々が感想を口にしてゆく。
「負けっぱなしではあるけれど、やって損はないはず。刻み付けられた痛みの分、経験になっていると信じましょう」
疲労の色をありありと顔に浮かべたカティアがもっともらしく言うも、
「ぷぷ~! 壁に縫い付けられてるのに、キリッと真面目なこと言い出すのやめてくださいよ! つい笑っちゃいそうになるじゃないですか~」
近くで同様に
「もう笑ってるし、貴方も同じ状態でしょうが!」
「あはは! だから怒っても威厳がないんですってば~!」
二人がやいのやいのと言い合いを始めると、訓練場の空気が弛緩した。
「きりが良いですね。今日はここまでにしましょう」
『ありがとうございました!』
緊張感が途切れたのを察し、訓練の終了を紅が告げる。
すると機を見計らっていたかのように、訓練場にイスカレルが現れた。
「やあ、連日ご苦労なことだ。今日のしごきは終わりかな?」
敬礼のために立ち上がろうとする隊員達を手で制しながら、紅に歩み寄るイスカレル。
「はい。ちょうど今終わりました」
「そうか。手が空いたなら、執務室に同行してもらいたい。中将閣下がお呼びだ」
「はて。何の御用でしょう」
「それは行ってのお楽しみという奴だな。ああ、カティア准尉も一緒に来てもらおうか」
「はっ! ……ええと、その前に……恐縮ですが、この拘束を解いて頂けませんでしょうか……」
壁に縫い止められたままだったカティアが、敬礼どころか身動きすら取れないままに赤面した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます