二十九 会議は踊る
レンド公国首都、レンドニアの軍中央本部。
その頭脳とも呼べる参謀本部の会議室では、軍の重鎮である面々が集まり議論を交わしていた。
議題は、先頃占拠されたベルンツァを単身で解放し、傭兵契約を締結した紅と名乗る少女について。
過剰とも思える報告書の内容を見て、会議の参加者は度肝を抜かれていた。
「いや、大したものだな。たった三十名程で砦を落とし、一人の死傷者もなしときたか」
レンド公国軍参謀本部長、ロマノフ中将は、手元の報告書を読み返して感嘆の声を上げた。
「しかもその際入手した帝国の作戦計画書に基づいて、独自に立案。砦を爆破して帝国第5軍の増援を阻止。その後、領内に侵攻した3万の敵軍に単騎で斬り込み、竜騎士を退けた上で壊滅に追いやった、と」
ぺらりとページをめくり、ふうむと唸る。
「話だけ聞くと、出来過ぎていて実感が湧きませんなあ。にわかには信じがたい」
同参謀本部所属のケネル少将が肩をすくめると、対面の席に座った情報部所属のエヴァン少将が視線で射抜く。
「聞き捨てなりませんな。シュベール中将とイスカレル大佐、連名の報告書ですぞ。疑う余地はありますまい」
参謀本部に上がる報告書は全て情報部の精査が入り、しかと裏を取ったものである。それを疑うことは、仕事にケチを付けられたに等しい。
「ああいや、疑うつもりはない。言葉のあやだ。しかしあまりに現実離れした戦果なのでな。少々戸惑ってしまったのだ」
エヴァンの強い口調に、ケネルはなだめるように言い訳を返した。
「まあ、ケネル少将の言い分もわからんでもない。かく言う私も驚いているからな」
間に割って入るようにロマノフが発言すると、エヴァンは姿勢を正して黙した。
「イスカレル大佐から推挙された時には話半分であったが。ここまでの戦果を実際に示されたからには、実力を認めざるを得ん。いや、我々は実に運が良かったと言うべきか」
「と、申されますと?」
にやりとして見せるロマノフに、ケネルが尋ねる。
「まずは彼女が公国の手を取ってくれたこと。これはイスカレル大佐の手柄も大きいが。下手をすれば、我が国のような小国など歯牙にもかけられなかったかも知れん。仮に帝国へ渡っていたらと思うと、ぞっとするだろう?」
「それは考えたくもありませんね」
エヴァンが至極真面目な面持ちで即答した。
「そしてこの猛者が、可憐な美少女というのがまたよろしい。まるで勝利の女神が舞い降りたようだと思わんかね、諸君」
ロマノフがざっと卓に着いた面々を見渡すと、皆その意図を察し始めてざわめいた。
「はは。閣下はロマンチストでいらっしゃる。……つまり、彼女を反帝国の旗印に仕立て上げ、兵の士気向上を狙おうと?」
「その通り」
おどけて見せつつも核心をついたケネルにロマノフは一つ頷くと、灰皿に置いていた火の付いた葉巻を取り上げ、深く煙を吸い込んだ。
「……ベルンツァが落ちて以降、帝国の攻勢は激しくなる一方。兵はもちろん、国民の敗戦ムードも高まっている。ここで一つ、大きな戦勝と共に麗しき英雄の出現を報じれば、暗く沈んだ気分を晴らせるのではないかと私は見込んでいる」
「良い案かと。幸いにも彼女は最前線への異動を希望しております。単純に彼女の武力は頼りになりますし、その奮闘を見て兵の士気が上がるのであれば、軍全体の戦力向上に繋がるものと思われます」
長々と紫煙を吐いてから口にされたロマノフの言に、エヴァンが首肯した。
「決まりですな。それでは何は無くとも、小道具として勲章は欠かせますまい。早速手配致します」
ケネスが紙面に走り書きを始めると、
「ならば情報部は公国広報を通じて、大体的に号外新聞をばら撒く準備をさせましょう」
エヴァンが対抗するように己の務めを主張する。
一見対立しがちな二人だが、打てば響くような間柄であることをロマノフは知っていた。
「うむ。出来得る限り派手にやってくれたまえ」
ロマノフは満足気に頷くと、葉巻を灰皿に押し付けた。
「それでは皆、各々の職務に取り掛かるように。公国に勝利を!」
『公国に勝利を!』
敬礼と共に列席者の声が響き渡り、会議は解散となった。
一人残ったロマノフは、窓辺に寄って曇り空を見上げる。
「……異国より来たる女傑よ。願わくば、この曇天を晴らす一条の光とならんことを期待する」
まるで信仰を捧げるように、ロマノフは胸に当てた拳を握り締めた。
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