二十八 戦勝祝い

「隊長! よくご無事で!」

「紅様ー! 本物の紅様だ~!!」


 シュベールとイスカレルを伴って食堂を訪れた紅を目聡く見付け、カティアとアトレットがすかさず走り寄って飛び付いた。


「どこにもお怪我はありませんか?」

「紅様ー! さすがに今回はちょっと心配しましたよーう! またお会いできてよかったあああ!」


 カティアが紅の身の各所をあらためるかたわら、泣きべそをかいたアトレットが腰にしがみ着いて再会を喜んだ。


「あなた方も、問題なく本隊と合流できたようで何よりです」


 アトレットの頭を撫でながらカティアに微笑み、集まっていた隊員の顔を順に見回していく紅。


「隊長、ご無事で良かったです!」

「おれはやってくれると信じてました!」

「嘘つけ、ずっとやべえやべえって騒いでたくせによ」

「な! うるせえ、お前もだろ!」

「そりゃ心配するだろ普通!」

「おお女神……真の女神よ……!」


 敬礼をもって出迎えた隊員達は三者三様の反応を見せたが、一貫して紅の無事を祝うものであった。


「すっかり慕われているな、紅少尉相当。私の人選は間違っていなかっただろう?」


 イスカレルがからかい混じりに問うと、紅はこくりと頷いた。


「ええ。皆様働き者です。私よりも、彼らにこそ褒美を与えて下さい」

「うむうむ、もちろんだとも。全員の昇進は確約しよう」


 シュベールが笑顔で言い切ると、イスカレルがぎょっとした顔を見せた。


「閣下、安請け合いはやめて頂きたいのですが」

「何を言うか。今回の彼らの活躍はそれだけの価値がある。わしからも上に強く言っておくとも」


 そう胸を叩くシュベールを見て、カティアが硬直した。


「か、閣下……? も、もしやシュベール中将閣下でありましょうか!?」

「うむ。いかにもわしが、ここランツ要塞の責任者、シュベールだ」


 それを聞いたカティアの顔が見る間に青ざめる。


「こ、これは御前にて失礼を! 総員傾注! 中将閣下に敬礼!!」


 カティアの慌てぶりに、隊員達にもさざ波のように緊張が広がり、一斉に不動の敬礼を取った。


「はっはっは。固くならずともよい。貴官らは任務を完璧にこなして帰還した英雄なのだ。胸を張りたまえ。今日は食堂のこの一角は貴官らの貸し切りだ。存分に飲み食いして、疲れを癒してくれ」

「閣下、よろしいのですか?」


 その場の全員を代表してイスカレルが尋ねると、シュベールはにかっと歯を見せた。


「何。わしらは昨日、すでに戦勝祝いで十分騒いだからな。今日は遊撃隊の番というだけのことよ」

「閣下はずいぶんと甘くなられましたな。皆、閣下のご配慮に感謝するように! 楽にしてよし!」


 苦笑しつつ振り返ったイスカレルの言葉に、遊撃隊が沸き返る。


「いやっほう! 閣下万歳! 隊長万歳!」

「久々の酒だ! 朝まで呑むぜ!」

「おお、これこそ女神の御恵み……」


 その様子に目を細めつつ、シュベールが厨房の面子と二つ、三つ言葉を交わすと、やがて遊撃隊の居座るテーブルに豪華な料理と飲み物が運ばれ始めた。


「皆、隊長と合流するまではと、食事も我慢していたんですよ」


 カティアが紅を上座に誘いながら声を弾ませる。無論、アトレットは紅の腰にべったりと張り付いたままだ。


「よーし、飲み物は行き渡ったな? では改めて! 隊長のご無事と任務成功を祝して! 乾杯!」

『かんぱ~い!』


 お調子者の隊員が音頭を取ると、がつん、となみなみと酒の入ったコップがぶつかり合う音が食堂に響く。


 こうして紅と遊撃隊の再会と、戦勝を祝した宴が始まった。


「紅様紅様ー! お肉お取りしますねー!」

「隊長、こちら果実水です。どうぞ」


 カティアとアトレットが左右を固め、競うように紅の世話を焼く。


「ありがとうございます。私にかかりきりにならず、あなた方もしっかり食べて下さいね」


 料理を山盛りにされた皿を受け取りながら、紅がふわりと微笑む。


「お気遣いなく。好きでやっていることですから」

「はいはーい! いっぱい食べて、カティア准尉よりナイスバディになりまーす!」

「何で私の名前が出るのよ!?」


 カティアが口に含んだ飲み物を噴き出すと、アトレットがにまりと笑いかけた。


「くっふっふ。砦のお風呂で、紅様のお姿を羨ましそうに見てましたよねー?」

「なっ……!?」


 たちまち真っ赤になるカティアに、アトレットが余裕を見せ付けて畳みかける。


「ほら、あたしはまだまだ成長期ですし? これからばーんどーんと育ちまくって、紅様に近付いて見せますよー!」

「貴方喧嘩売ってるの!?」


 きゃいきゃいと言い合う女子二人に、遊撃隊の視線が集中する。


「仲良いよなー、あの二人」

「隊長って脱いだらすげえのか……?」

「なんつーか、女の子同士の絡みって良いよな……」

「わかる……酒がうめえ……」

「軍には潤いが足りねえからなあ……」


 戦時下では忘れがちだが、二人ともまだ花盛はなざかりの年頃である。任務外では生温い目で見守られても仕方あるまい。


 すっかり酒のつまみとされる二人に挟まれ、紅も薄っすら笑みを浮かべていた。


 思えば山暮らしで戦漬けの人生を歩んできた紅にとって、同じ年頃の者と交流する機会は皆無であった。


 戦を喰らっては山に戻るを繰り返し。

 戦から戻った紅を出迎えるのは常に師一人。


 それを別段寂しいと思ったことは無かったが、今こうして自分を慕う者達と食卓を囲むのは新鮮で、素直に愉快だと感じられた。


 戦は一人の方が気楽である。しかし、この時間は悪くはない。


 そう思えることこそ、師の言う成長なのだろうか。

 と、紅は心中自問する。


 夜が更けようとも終わりを見せない今宵の宴は、孤高の人斬りが、人と馴れ合うも良しや否かと考え始める切っ掛けとなった。

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