二十六 無駄足
カティア以下遊撃隊は、紅が街道を塞ぐ帝国軍を引き付けている間に戦線を離脱し、イスカレル率いるベルンツァの部隊と合流を果たしていた。
そして紅が孤軍奮闘していることを報告すると、イスカレルは騎馬隊を先行させて行軍速度を上げ、夜を徹して帝国軍陣地へと急行した。
「……何だ、この有様は」
ベルンツァの部隊が帝国軍陣地に到着した頃には、すでに夜明け間近となっていた。
昇りつつある朝日に照らし出される光景を見て、イスカレルは呆然と呟く。
彼らを出迎えたのは、暴風が吹き荒れたかのように崩れ落ちた陣地の残骸と、一面に死屍累々と散らばる帝国兵の成れの果てであったのだ。
それらを目にした遊撃隊を除く面子が、しばし絶句する。
どのようにして戦えば、人が原型を失くすと言うのだろうか。
「は、ははは……これを、紅少尉相当が一人でやったと……? 急いで援護に来なくても問題なかった、のか?」
乾いた笑いを漏らして、イスカレルは隊を引き連れて戦場の跡へ馬を進めてゆく。
すると崩壊した陣地の只中に、ぽつりと篝火の焚かれた天幕があるのを発見した。
脇には馬が数頭繋がれ、入り口には公国の旗が掲げてある。
恐らくランツ要塞からの伝令隊だろうと予測し、イスカレルは馬首をそちらへ巡らせた。
「誰かいるか!」
馬上より天幕の入り口に向けて呼びかけると、慌てた様子で兵が飛び出してきた。
「はっ! 失礼ながら、ベルンツァ方面軍指揮官のイスカレル大佐殿でありましょうか?」
敬礼と共に投げかけられた質問に、イスカレルは鷹揚に頷いた。
「その通りだ。貴官は?」
「ランツ要塞所属、ウィロー伍長であります! シュベール中将閣下より伝言を預かり、大佐殿をお待ちしておりました!」
「そうか。では聞かせてもらおう」
「はっ。我が領内に侵入した帝国第5軍は、我が部隊と紅少尉相当殿との共闘により、先日をもって掃討を完了致しました。現在紅少尉相当殿は要塞にてお休みになられております。つきましては、大佐殿も要塞まで来られたし、とのことであります」
敬礼のままではきはきと発された伝言を聞き届けると、イスカレルはふと気分が軽くなるのを感じた。
「そうかそうか! 少尉相当は無事か! ご苦労、いいニュースだった」
「はっ!」
「ご苦労ついでに、後続の歩兵隊まで一走り頼む。作戦終了につき、ベルンツァへ帰還するよう伝えてくれ」
「承りました。それでは失礼致します!」
イスカレルの命を受け、ウィローは撤収作業のため天幕へ戻った。
「大佐~! 今、紅様が無事だってー!」
イスカレルの部隊に随伴していた遊撃隊から、アトレットがたまらず飛び出した。
「ああ、聞いての通りだ。皆も強行軍で疲れているだろうが、もうひと踏ん張りしてランツ要塞へ向かうぞ。何、もう気を張る必要はない。のんびり行くとしよう」
紅の安否が気がかりだったのは遊撃隊皆が同じだったようで、歓声と共に緊張した空気が
「流石に一度小休止を挟むがな。このままでは馬がもたん」
今すぐ駆け出しそうなアトレットを制止するように、イスカレルは苦笑しつつ指示を下した。
イスカレルらがランツ要塞に到着したのは夕方頃であった。
部下達には夕食を取らせ、イスカレルは一人執務室へ向かった。
「久しいな、大佐。わざわざベルンツァからよく来てくれた」
「お久しぶりです、中将閣下」
歓迎の意を示したシュベール中将に、イスカレルは不動の敬礼を取る。
「ふっふっふ。今回はとんでもない逸材を見付けて来たものだな」
言うまでもなく紅のことだろう。白髪の老将はにやにやと笑ってみせた。
「わしも長く軍におるが、あそこまでの豪傑は見たことがないぞ。のう?」
そう言って顎をしゃくった先には、我が物顔でソファでくつろぐ紅の姿があった。
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