二十五 天を翔ける


「貴官は! ファルメル大尉か!」


 天を仰いだアレストが、高らかに名を呼んだ。


 その呼び声に応えるように上空から舞い降りて来たのは、馬より数倍の体躯をようする翼持つ巨獣──飛竜を駆る竜騎士だった。


「御無沙汰をしております。この度は閣下救出の任を帯びて参上致しました。速やかに後ろへご騎乗下さい」


 ファルメルと呼ばれた金髪の女性士官は騎乗したまま敬礼をし、口早にアレストをいざなった。


「何だと? いや待て! 部下はどうする!」

「ベルンツァの悪魔の報告は聞いております。上空から布陣を見ましたが、脱出経路はありません。お諦め下さい」


 ファルメルがきっぱりと告げると、アレストは絶望に崩れ落ちた。


「大尉。貴官の腕で奴を撃退できないものか」


 それまで静観していたグリンディールが意見するも、


「相手は未知数です。それにこの度は小官の任務に戦闘行動は含まれません。参謀本部は戦闘力より足の速さを重視して小官を選出しました。よって少将閣下を発見次第、速やかに連れ帰るように、とだけ命じられております」


 あくまで任務に忠実なファルメルは素っ気なかった。


 竜騎士は非常に強力な兵科だが、飛竜を手懐けられる者は少なく貴重である。そのため慎重に運用され、不用意な戦闘は禁じられていた。


「つまり参謀本部は、第5軍を見限ったということか?」

「語弊があります。小官の任務は正確には、オーベンヌ中将並びにアレスト少将両閣下の生存確認と、回収になります。ここへ来る途中、第5軍の増援部隊と砦跡を見て参りましたが、火災が酷く中将閣下の生死は不明です。生き残った増援部隊には撤退命令を出してありますが、この上は少将閣下だけでも無事にお連れしなければ、第5軍は立て直しができません」


 少女の動向に注意しながらも、淡々と説明を続けるファルメルに、グリンディールは深く息を吐いた。


「そうか、中将閣下が……了解した」


 そして覚悟を決めた表情を見せると、うなだれているアレストに近寄り、


「閣下……失礼致します」


 首筋を剣の柄で鋭く殴り昏倒させた。


「では大尉、閣下を頼む」

「はっ。大佐もお早く」


 飛竜の背に気絶したアレストを乗せると、グリンディールも促すファルメル。


「いや、私は残った兵を率いて少しでも奴の気を引く。奴の間合いは全く読めん。もし飛び立つ瞬間を狙われでもしたらまずいだろう」

「しかしそれでは大佐が……」


 反論しかけるファルメルだが、グリンディールの瞳に覚悟の色を見て断念した。


「……了解しました。ご武運を」

「ああ」


 互いに敬礼を交わすと、ファルメルは飛行準備に入り、グリンディールは周囲の兵に声を掛け始めた。


 ばさりばさりと飛竜の翼が空を打つ音が響く中、ファルメルの背後から不意に声がかけられた。


「お待ち下さい。大将首は置いていって頂けませんか」

「な……! もうここまで戻って来たのか!?」


 とっさに飛竜の尻尾を振るって背後を薙ぎ払うと、声の主は大きく跳躍しつつ高らかに笑った。


「あなたは斬り甲斐がありそうですね。一手死合って貰っても?」

「待て! その前に我等が相手だ!」


 飛竜に狙いを付けた少女に向かって、グリンディールとかき集められた残存兵が決死の覚悟で向かって行く。


「主を守るために健気なことです。忠義は嫌いではないですよ」


 くすくすと笑いながらも容赦なく人垣を斬り払っていく少女に、尚も群がる兵士達。


「ぐ……! 閣下を、守れえええ!!」


 剣を持った腕を飛ばされたグリンディールは、死力を振り絞って少女に突進する。途中腹を裂かれ、肩を落とされても止まらずに、少女へ真向まっこうから体当たりを仕掛けに行った。


 その間にファルメルは飛竜を駆り、大空へと脱出を果たす。


 そして最後に地上を見下ろした時に見えた光景は、少女に肉薄したグリンディールが頭から縦に真っ二つにされるところであった。


「大佐……」


 ファルメルは手綱を強く握り締め、ぎりりと歯を噛み締める。


 結局誰一人として少女に近寄れず、少女は血に濡れた笑顔で飛竜を見送った。


「……ベルンツァの悪魔め。認めよう。今回は貴様の勝ちだ。だが次に戦闘許可が出たならば、必ず私が討ち取ってやる!」


 その瞳に飛竜の炎にも似た怒りを灯し、ファルメルはアレストを伴って帝国本土へ帰還していった。

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