二十三 剣の舞
「ゆきはよいよい、かえりはこわい」
上機嫌で童謡を口ずさみながら、紅は山と積まれた
そこへ矢の雨が降り注ぐも、彼女には一本も当たらず。
そもそもが慌てて発射した矢など、そう当たるものではない。
紅は冷静に観察し、命中しそうな矢だけを選んで数本掴み取ると、高台の上に立つ弓兵達に投げ返してその喉を貫いた。
それに
「こわいながらも、とおりゃんせ」
刀を一つ振るうと高台が基礎から崩れ、諸共に微塵切りにされた弓兵達が、悲鳴を出す間もなく肉片となって地面に散らばった。
「ふふ。果敢にも敵国へ攻め込んだのです。返り討ちにされる覚悟も当然おありでしょうね」
薄っすらと笑んだ紅の周囲を、たちまち隊伍を組んだ歩兵が包囲するも、紅が一歩進む度に複数の首が舞い、自然と道が開いてゆく。
「砦の兵数では正直物足りませんでしたが。此度はよりどりみどり。目移りしてしまいますね、
鮮血の雨が降り注ぐ中、真紅の刀身に口づけをする姿は背筋が凍る程に美しい。
思わず見惚れて動きを止めてしまった兵士から、紅は次々と斬り倒して行った。
そこへガシャリガシャリと重い音を立てて、新手が現れる。
「調子に乗るなよ! ここより先は通さん! 我等帝国重装歩兵隊が貴様を討つ!」
見れば頑丈そうな分厚い甲冑に、身を隠す程の大盾と長大な槍を手にした屈強な集団が往く手を遮っていた。
帝国の誇る、良質な鋼に物を言わせた装甲に身を包んだ、大陸でも名だたる精鋭部隊であった。
「これはこれは。多少は骨がありそうな方々ですね。ですが」
紅は音もなく刀を鞘に収めると、ゆっくりと集団へ歩み寄って行く。
「総員、突撃!」
長槍と大盾を突き出し、どすどすと大地を震わせながら迫る重装兵達を見据え、紅は言い放った。
「鋼すら斬れないと思われるのは、少々心外です」
ちゃきり──
喧噪の中で、鯉口の鳴る音が染みるように響く。
紅が刀を振り抜いた姿勢を解くと、走り寄ってきていた集団へ横一文字の切れ目が入り、上半身が鎧の切断面から鮮血を撒き散らしてずれていく。そして胴と切り離された下半身だけが、紅の脇を慣性のままに走り抜けていった。
甲冑も、大盾も、周囲一円の天幕など建造物すらも。
全て一刀のもとに真二つにする絶技だった。
「重装歩兵隊が、やられた……?」
ぽつりと兵の一人が漏らした呟きが、帝国軍全体に波紋のように恐怖を広げていく。
「あの装甲をぶった切るなんて……」
「悪魔……悪魔だ……!」
その言葉を皮切りに、兵達の感情が爆発した。
「うわあああ! 冗談じゃねえ! あんな化け物となんかやってられるか!」
「逃げろ! 公国軍に囲まれてようが知るか! あれよりは百倍マシだ!!」
「き、貴様ら! どこへ行く!? 配置に戻れ!」
「知るかよ! あんた一人であいつの相手をしてろ!」
「そうだ! おれ達は逃げるぞ!」
たちまち陣地内は蜂の巣をつついたような恐慌状態に陥り、逃亡兵が溢れ出す。
上官の命令も無視され、次々と蜘蛛の子を散らすよう、ばらばらな方向へ兵達は走り出した。
「はて。帝国軍は精鋭揃いと聞いておりましたが。拍子抜けですね」
紅は不思議そうにこてりと首を傾げるも、すぐに柔らかな笑みを浮かべて姿勢を正す。
「まあいいでしょう。追いかけっこも嫌いではありませんし」
言い終えると、途端にその場から足音も立てずに姿を消した。
そして逃亡兵の行く先々に回り込んでは、大量の首を刈り取ってゆく。
あちらへ現れ、そちらへ
その様はまるで瞬間移動さながら。
「ひいい、こっちにも出たあ!」
「あっちにも行ったぞ!」
「くそ! どこに逃げろってんだよお!?」
神出鬼没の猛攻に、小魚の群れのように固まった兵達はたちまち右往左往し、外周から数を削り取られていった。
この紅の動きは意図的なものであり、牧羊犬が羊を追い立てるように兵の集団を誘導していた。
逃げ場は一点、南のみ。
即ち、ランツ要塞方面である。
今まさに死地へと追い詰められていると、この時点で気付いた帝国兵は、指揮官も含めて皆無であった。
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