十七 制圧

「お疲れ様でした、隊長……!」


 紅の元へ駆け寄ったカティアは、顔を引きつらせつつ敬礼し、労いの声をかけた。


 砦内の兵を一掃した紅は、固定していた門のレバーを戻し、門を開放して隊員達を迎え入れていた。


 砦の中は紅が惨殺した帝国兵の成れの果てであふれ返り、目にした隊員達が一斉にどよめく。


「うおお……! これ全部隊長一人で……!?」

「足の踏み場もねえな……」

「やっぱり隊長ぱねぇ!」

「おお、勝利の女神よ……!」

「ほら、ぼーっと突っ立ってないで。仕事の時間よ!」


 困惑と畏怖の混ざった声を口々に上げる隊員達へ、カティアがてきぱきと死体の後始末を指示してゆく。


 探索するにしろ、砦として使うにしろ、まずは大量の死体と血痕をどうにかせねばならない。


 幸いにもここには広い中庭がある。死体を集め、まとめて荼毘だびすのが効率がよいと思われた。

 昼間であれば立ち昇る煙で砦の異常を報せることになったろうが、今は真夜中である。夜闇が黒煙を隠してくれるだろう。


 流石に場慣れしている面子を揃えただけあって、地獄のような惨状を見て調子が悪くなるような軟弱者は隊にはいなかった。


 早速カティアの指示に沿って、手際良く死体を集めては炎の中に放り込んでいく者と、血痕を掃除する者とに分かれて作業を開始する。


 たちまちに、轟々と燃え盛る猛火の輝きと、人の脂が焼ける臭気が砦内を満たしてゆく。


「なるほど。こういう時は確かに人手が要りますね」


 己は全く手伝うつもりがない様子で、紅は隊員達のきびきびとした動きに感心した。


 そもそも紅はこういった作戦行動自体の経験が無い。

 戦と言えば城や合戦場に単独で斬り込んでは好き放題に暴れ、死骸は土に返るままに放置してきたのだ。


 戦場にて兵とは殺し殺されるものであり、死ねばただの塵芥ちりあくた。死者へ手向ける言葉も祈りも不要。


 そのような思考で育ってきた紅にとって、廃棄のためとは言え火葬の場面をじっくりと眺めるのは新鮮なものであった。


「どうかなさいましたか、隊長」


 呆として業火の前に佇む紅に気付いて、カティアが側に寄って尋ねる。


「いえ。炎が暖かいと思いまして」


 照り返しを受けた己の美貌も鮮やかに染まっていることには無頓着で、紅は意図せず呟いた。


「……そうですね。敵国の人間でも、死ねば皆同じ。炎の前では等しく灰となります。今この瞬間だけは、せめて冥福を祈りましょう」


 しばし紅の横顔に見惚れて黙ったカティアは、紅の言葉をどう受け取ったものか、両手を組み合わせて祈りを捧げた。

 波打つ金髪と白きおもて橙色だいだいいろに照らされて瞑目する様は、蝋燭ろうそくに囲まれた教会の聖母像を想起させる。


「ふふ。カティアは優しいのですね」


 自分の思考とはまったくの見当外れな行動ではあったが、紅はその様を愛らしく思い微笑んだ。


「い、いえ、そんなことは……」

「──紅様~!! 執務室を見付けましたよーう!」


 カティアが頬を染めて否定しようとするところへ、頭上からアトレットの無遠慮な大声が降り注いだ。


 見れば、兵舎の三階の窓から身を乗り出して手を振っている。


 紅は三階まで攻め込んでおらず、荒らしていない部分から探索をするよう命じてあったのだ。


「お手柄です。行きましょう、カティア」

「はっ……はあ!?」


 敬礼をして続こうとするカティアを、紅は前触れもなく抱き上げた。


「一階は汚れていますので、直接跳びますよ」

「え、ちょ……!?」


 カティアが抗議する前に、すでに紅は地を蹴りアトレットの待つ窓へと軽やかに乗り込んでいた。


「わお、お姫様抱っこ! いいなあ。あたしもして欲しいですー」

「ふふ。機会があればのお楽しみです」


 紅は丁寧にカティアを床に降ろし、にこりとアトレットへ笑みを一つ。


「はーい! 楽しみにしてまーす!」

「隊長……こういうことをなさる時は、先に一言頂ければ助かります……」


 両手を上げて跳ねまわるアトレットを尻目に、カティアは腰が抜けたようにしゃがみ込み、青ざめた表情で訴える。


「そうですか。善処します」


 紅は何が気に食わなかったのかを理解できないままに頷いた。


「……こほん。さて、それでは部屋をあらためるとしましょう」


 気を取り直したカティアが誤魔化すように咳払いをしつつ、執務室内を見回した。


「ここは重要拠点ですから、何らかの機密書の類があってもおかしくありません」

「私はその方面に疎いので、カティアに任せます」

「はっ! 承知しました!」


 先の醜態を取り消すべく、カティアが気合の入った敬礼をして行動に移った。


 アトレットが持っていたカンテラだけでは薄暗かったため、部屋に備え付けてあったランプにも火を入れる。


 すると装飾品の少ない質素な部屋が照らし出され、綺麗に整頓された執務机が浮かび上がった。


「どうやらこの部屋の主は几帳面な方だったようですね」


 丁寧に揃えて重しを乗せられた書類の束を見て、カティアが感心したように呟く。


「探し物をする分には助かりますねー」


 アトレットが軽口を叩きながら、椅子を足場にして棚を漁る。


「……おお、紅様! お菓子発見であります!」

「お手柄です、アトレット」


 アトレットが華美な装飾の缶を取り出すと、紅の声が弾んだ。


「いやー。イスカレル大佐から、こういう場所の指揮官は色々と貯め込んでるぞって聞いたんですけど。ビンゴでしたねー!」

「貴方、いつの間に大佐と仲良くなったのよ……」

「ほら、あたし可愛いんで? 目に止まっちゃったっていうか?」


 てへりとあざとく笑うアトレットに、カティアは嘆息した。


 実際、志願兵にこれほど小さな子供が応募してくれば、嫌でも目に付くというものだろう。


「こんな辺境では、娯楽が少ないでしょうしね。菓子か、酒か、煙草か。そんなところでしょう。それで、中身は?」


 二人の会話にはお構いなしにうずうずとする紅を前に、アトレットが缶の蓋と格闘し、開けて見せる。


「えっとー。ビスケットですね。お先にどうぞ!」

「頂きます。……これはこれは。クッキーとはまた似て非なるものですね」

「ではあたしもー。んー久々の味! おいしー!」


 ビスケットを貪る二人に対し何か言いたげなカティアだったが、ぺらりとめくった書類の文字に目が釘付けとなる。


「隊長! こちらも当たりを引きましたよ」


 得意顔で見せ付けた書面には、帝国の次なる作戦計画が詳細に記されていた。

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