十四 状況開始
予想外の形で休憩を終えた遊撃隊だったが、充分な休息は取れていた。
すぐに行軍に移り、アトレットに加えて数人の斥候が先行して警戒に当たる中、いよいよ隊は国境を越えて帝国領に侵入を果たした。
「ここからが本番です。獣も注意が要りますが、帝国軍の哨戒も出ているかも知れません。気を引き締めていきましょう」
カティアの言葉に、隊全員が表情を硬くして頷いた。
森で国境線が曖昧になっているせいで意識しにくいが、ここはすでに敵地なのだ。いつ戦闘になってもおかしくはない。
アトレットの見付けた獣道に分け入り、警戒を強めて行軍することしばらく。
「おっと。この道はまずいですねー。迂回しましょう」
何かを発見したらしいアトレットが紅に報告する。
「どうしましたか。獣の気配は感じませんが」
「はい、獣じゃないんですが、厄介な植物の群生地があったので。ハジケヤシって言うんですけど」
アトレットの言葉を聞くと、カティアも納得の表情を見せた。そして紅が質問をするまでもなく解説を始める。
「果実の見た目はヤシの実にそっくりなのですが、外皮が鉄のように固く食用には適しません。何よりその特性から、危険植物に指定されています」
「具体的にはどういう生態なのですか」
「春から夏にかけて気温が上がると外皮が溶けて、中身が地面に落ちることで種子を撒くのですが。急激に熱されると破裂し、破片を周囲に撒き散らすのです。その威力は強烈で、毎年事故死する者が絶えません」
「なるほど。それで弾けヤシなのですね」
「残った果肉はよく燃えるので、油の代わりになるんですけどねー。採るのに割に合わないんですよー」
「大陸には珍妙な植物があるものですね。勉強になりました」
紅は頷くと、素直に迂回指示に従い、進軍が再開された。
その後も偵察を密にした甲斐があり、猛獣や危険な地形を回避して、無事目標地点へと辿り着いた遊撃隊。
この時点ですでに陽は落ち、深夜と呼べる時間帯に差し掛かっていた。
奇襲を行うには良い頃合いである。
木々の隙間からは、大きく拓けた敷地と、頑強そうな石壁を擁する砦の威容が垣間見えた。
「中規模の砦ですね。密偵の情報では、基本的に食糧庫として機能しており兵舎は少なく、駐留兵は多く見積もっても五百ということですが」
カティアが砦と資料を見比べて情報を羅列していく。
「考えたら、三十人で砦を落とせとか無茶振りすぎだよな……」
「その程度の数ならば問題ありません」
隊員の一人が今更な台詞を吐くが、紅は一蹴した。
「問題ないんですか……」
「隊長ぱねぇ……」
事も無げに言う紅に、隊員が戦慄する。
そこへ砦周辺の偵察に出ていたアトレットが戻って来た。
「ただいまですー。周辺に哨戒兵はなし。北と南に門があって、二人ずつ見張りがいます。それと城壁の上に物見小屋が二つ。そこにも二人ずついましたー」
「ご苦労様。計八人ですか。隊長、どう攻めましょう」
「はてさて」
カティアの問いへ曖昧に返しながら、紅は小刀を抜いて手頃な太さの枝を斬り落とした。
そして先端を削り始め、鋭利な槍のように仕立てる。
「私が乗り込みますので、皆様は周囲を固め、万が一逃げ出した兵がいれば片付けて下さい。まあ、逃がすつもりはありませんが」
それをもう一本作ると、即席の木槍の握り心地を確かめながら、紅はあっさり言い放った。
「乗り込むって……お一人で!?」
「はい」
当然のように頷くと、紅は手にした木槍をおもむろに投擲する。
ひゅんと風を切る音がしたかと思うと、門前に並んでいた見張り二人の頭蓋をまとめて貫き、森の向こう側へと運び去った。
「な……! ちょ……!?」
合図もなしに始まった紅の行動に、カティア以下隊員達が慌てて装備の準備を始める。
その時、
「何か音がしなかったか?」
城壁上の物見小屋から声が響き、兵が暗がりを見下ろすように顔を出した。
が、続けて投げられた木槍によって、奥にいたもう一人と共に串刺しにされて沈黙する。
「では行って参ります」
悲鳴も上げさせずあっという間に南の見張りを片付けた紅は、呆気に取られた隊員達の返事も待たずに反対側の門へ向けて走り出した。
道なき森の中だというのに、物音一つ立てずに駆け抜ける様は闇そのもの。
北側の門を察知すると同時に森を飛び出し、一足で門前へ肉薄して門番二人の首を刎ねた。
その勢いのままに地を蹴り、城壁を駆け上がると、物見小屋の中に飛び込んで中にいた二人を瞬時に斬り伏せる。
ここまでわずか数秒間。飛燕の如き早業であった。
息一つ乱さずに監視を無力化した紅は、悠々と階段を降りて砦の中庭へと立った。
「──誰だ? 交代はまだだぞ」
そこへ不意に声がかけられるが、紅はそちらを振り返りもせずに刀を一閃させる。
どうやら門扉の脇に設けられた小部屋に詰めていた門番だったらしい。彼は憐れにも首を失って部屋の奥へ倒れ込んだ。
紅は小部屋に入り込むと、しばし中を観察する。そして門を開閉するためのレバーらしきものを発見した。
「なるほど。落とし戸ですか」
紅は門の仕組みを理解し、先程斬り捨てた兵士の腰から剣を奪うと、レバーの隙間に無理やり捻じ込み固定した。
これで仮に門を開けて脱出しようとする輩が現れても、多少の時間稼ぎになるだろう。
悪戯をした気分で微笑を浮かべると、紅は改めて砦内へ向き直った。
門から門へは一直線に路面が伸びている。幅は馬車がちょうど一台通れる程度。
恐らく帝国本土と物資をやり取りするための道なのだろう。
その左右には建物が連なり、それぞれの入り口に
灯りの下にも兵士が配置されており、隠し砦にしては警備にぬかりはないようだ。
辺境とは言え、兵站線として重要拠点だと認識しているのだろう。
ならば、就寝中であろう兵士達の危機意識はどうであろうか。
真夜中の奇襲に対し、的確な判断を下せるものか。
紅は好奇心を覚え、口元に笑みを浮かべる。
「さて。楽しみですね、
すらりと抜き放った紅い刀身が、月明かりを吸い込んだ。
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