二 人ならざる師弟
「おう、戻ったか
返り血に
その姿は異形の面相であった。
赤黒い肌に長く尖った鼻。
ぎらりとした眼光を放つ、縦に裂けた金色の瞳孔。
ぼさぼさな白髪を蓄えた頭頂から長く伸びる鋭い角。
身の丈は座っていてすら紅と呼んだ少女より高く、背中には猛禽類を思わせる巨大な翼が一対。
擦り切れた修験僧のような格好をしたかの者は、魔道に通じる天狗の類であろうかと推察された。
「思ったより早かったな。どうだ。多少の遣い手はいたか」
「いいえ、師匠。有象無象の区別など私には付きません」
紅と呼ばれた少女は師に一礼すると、脇の藪に分け入り、こんこんと湧き出る泉で返り血を拭い始めた。
とは言え卓越した腕前の賜物か、血に塗れていたのは顔と手先程度。
着衣にはとんと血痕は見当たらず、そればかりか汗の一つもかいていなかった。
「はっはぁ! 言うようになった。流石自慢の愛弟子よ」
天狗は愉快そうに嗤うと徳利から手酌で酒を注ぎ、杯を傾けた。
紅は身を清め終えると、焚火を挟んで師の対面へと座す。
焚火の回りには、捌かれ串刺しにされた鶏肉が幾本も突き立てられ、油の香ばしい匂いを漂わせていた。
「頂きます」
紅は地べたに正座し、優雅に両手を合わせると、串を取り上げて肉にかじり付き始める。
野趣溢れる食べ様だが、それですら絵になるのが不思議であった。
「今回の合戦で、和国の
己も串焼きに手を伸ばし、ばりばりと噛み千切る天狗。
瞬く間に咀嚼し、飲み込むと、視線を紅へと向けた。
「赤子のお前を拾って、もう随分経ったか。
感慨深げに天狗が赤ら顔を揺らすと、紅は一時食事の手を止めた。
「では、いよいよ免許皆伝ですか」
「それも悪くない……が。ただくれてやるのは面白くない」
天狗は顎に手をやると、ふと思案に暮れた。
そして妙案を得たとばかりに、にやりと口元を歪めて見せる。
「よし。次の試験は鬼ごっこにしよう」
「鬼ごっこ、ですか」
不思議そうに聞き返す紅へ、天狗は大仰に頷いた。
「おうよ。おれが逃げて、お前が追う。見事おれを捕まえ、力づくでこいつを奪い取れればお前の勝ちだ」
天狗はそこまで言うと、地面に放ってあった鞘を取り上げ、すらりと中身を抜き放つ。
それは
「お前にくれてやったその妖刀、
がきぃん!!
天狗の言葉を遮って鋭い金属音が鳴り響く。
わずかに遅れて発生した衝撃波が周囲を駆け巡り、焚火をかき消し森の木々を円形になぎ倒した。
一瞬の内に抜刀した紅が師に斬りかかり、それを師が手にした刀で受けたのだった。
「……おい、気が早過ぎるぞ」
「はて。どうせ我が物となるならば、逃がす前にこの場で奪えば解決では?」
ぎちぎちと鍔迫り合いをしながら、紅は悪びれもせずにこりと微笑んだ。
「この無精者め。誰に似たのやら……まあ、ためらいなく師に刃を向ける心構えやよし。しかし、そんな調子では免許はやれん」
天狗ががちんと強く押し返すと、
「無念。よき案だと思いましたのに」
「馬鹿者。まずは最後まで話を聞けい」
師に一喝され、紅は殺気を収めて再び正座した。
「よいか。この国には、お前の敵はおらん。だが、世界は広い。まだ見ぬ強者もわんさといるだろう。そこでだ。おれはこれから大陸に渡って身を隠す。お前はそれを追ってこい」
「大陸……
「おう。常々、お前はこの国には収まらぬ器だと思っていたからな。そのため座学で外国語を教えていたのだ。おれを探すついでに、諸国を巡って見聞を広めていけ。それはお前の剣を更に研ぐことに繋がるだろうよ」
天狗は白銀を音もなく鞘に納めると、己が腰へ無造作に差し込んだ。
「要は、おれを見付け出すまでの過程も修行の
「わかりました。では、しばしの
紅はすっと立ち上がり、美しい所作でお辞儀をして見せた。
「必ずやあなたを見付け出し、そっ首叩き落として差し上げます」
「かっ! 言いおったな。この
鞍馬天狗は雄々しく吼えると、ばさりと翼を一打ちする。
「いざ、最終試験開始なり!」
次の瞬間にはつむじ風が鞍馬の巨体を覆い隠し、
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