第3話

 ――妙に暗い路地だった。十時頃だというのに明るさはあまり感じられず、僅かな陽の光と、それが反射した金属やガラス片の煌めきだけが頼りの汚い空間。

 やけに静かなのが却って不気味。違う世界みたいに不安だけが支配している。


 前日の雨がまだ乾ききっていないのか、全体的に湿り気がある。普段から明るく振る舞うような陽キャでも、思わず黙ってしまう程に気分が悪い場所だ。

 足場はゴミ袋がちらほら。不良の溜まり場にでも使われてるのだろうか、この道はゴミ捨て場として扱われるようだ。


 ――しばらく進んでいくと、一つの裏口が目に入った。曇りガラスの、楽屋みたいに質素な造りのドア。

 それが、開けっ放しになっていた。


 ……ここに入っていったのだろうか。中を覗き、人の気配を感じないの確認して、建物の中に侵入する。


「…………」


『気をつけろ真護。相手の陣地だという事を忘れるな』


 わかっている。戦いに於ける心得は母さんとお祖母ちゃんから教わっている。なにより初めてというわけでもない。警戒心は一切緩ませない。


 ――建物は、どうやら廃ビルのようだ。

 灰色のコンクリートの大きな支柱が中心に二本、それ以外は何も無く、塗装も施されていない剥き出しの床と壁と天井。

 外からの明かりと、闇に慣れてきた目で周りを視認する。だが隅っこの方は依然として暗闇としか映らないので、直感と気配で補うしかない。


「……あっ……いた」


 支柱の裏から手が見え、近付いてみると例の女性が横たわっていた。

 息はしている。目立った怪我もない。よかった、大事に至らなくて。


『なにもされなかったのか。ただ引き寄せられたというにしても、何もないものか?』


「どうだろう。嫌な雰囲気は未だに続いてるけど実際、魔モノはいないしなぁ……」


 見渡してもそれらしき存在はいない。この空気はただの残り香だろうか。でも確かにいる感覚はしたのだが。

 ともあれ、女性が無事なのはよかった。隣部屋の方が陽光が多く差し込んでいるため、そちらまで移動させよう――


『真護ぉ――!』


 頭の中いっぱいに声が響く。うるさいだとか驚くだとか以前に、その緊迫した声色から状況を察知。女性を抱えて力の限り前へ飛びこんだ。


 瞬間、何かが地面に突き刺さる音。

 女性と共に転げ回り、落ち着いてから確認すれば、さきほど俺がいた位置に巨大な刃が突き刺さっていた。


「――痛ぇ……」


『大丈夫か!?』


「ああ、怪我はないよ……。あの魔モノ、気配を消してたな」


 おそらく女性は餌、本命は俺だったみたいだ。俺に気付いてから目的を変えたのかもしれないけど、どちらにしろ狡猾な奴には違いない。


 中空に浮かぶ、目。人と同じ形をした目が一つ、波間を漂うように浮かんでいる。そして両脇には俺と大差ないほどの大きな刃。奴の手か、目と同じくゆらゆらと漂っている。

 成人並みの大きさを持った一つ目と刃二つ。今回の相手の全貌だ。


『……小物だな』


「そうだな。油断は出来ないけど」


 思った通り小さな魔モノだ。これくらいなら何とかなる。コイツの力を借りなくてもよさそうだ。


「――奥具、八咫烏やたがらす


 腕を前に出し、空間を掴み取るイメージ。

 俺の手の周辺は薄く輝き、その光は伝うように空中を迸る。光が尽きる時には、俺の手には一振りの刀が握られていた。


 奥具おうぐ。これは退魔の一族が持つ、魔モノを討つための特殊な武器だ。

 普段は霊的な力として己の中に内包し、必要な時には本来の姿に具現化させる。


 俺が持つ柄も刀身も真っ黒な、名前の通り烏のように全身黒塗りの刀。戦闘の際は基本的の使用する武器だ。もう一つの奥具も持っているが、そちらはまだ俺には危険なので使わないようにしている。

 因みに、奥具は一人一つが普通だ。力の強弱の問題もあるが、二つ以上は精神にかかる負担が大きすぎるとの事。俺は今のところ大丈夫だが。


『見誤るなよ』


「わかってるよ」


 女性はなるべく壁際に寄せた。戦闘に巻き込まれないよう。


 魔モノと対峙する。相手は目の両端を下げてニタニタしたような目付きをしている。挑発しているのか、格下だと余裕を見せているのか。

 でも残念。お前程度なら、特にこちらは何とも思わないんだ――。





























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