第2話

 ぶらりぶらりと、人々が行き交う繁華街を歩いていく。

 季節は春の中頃、曇りの為ほんの少し肌寒い。皆が寒さを意識した上着を着ているのに対し、俺はかろうじて外でも歩ける部屋着をだった。一枚なので正直言って寒い。

 元々、出掛ける気はなかったんだ。母さんに煙草が見つかって、面倒くさいからと逃げ出したせいでこんな格好で彷徨く羽目になってしまっていた。はっきり言って自業自得なのだが。


「……」


 相変わらず、町は臭くて汚い。景観の話ではなく空気の話。

 退魔の力が有る者は常人にはわからないものが感じ取れる。漠然ではあるが、ここが気持ち悪いだとか、空気が澱んでるだとか、そんな感じ。普通の人間でも何となく嫌な感じになる時の感覚が、更に鋭角になった感じとでも言おうか。


 この良くない雰囲気も魔モノが関係しているらしい。奴らは存在するだけで周りに穢れをばらまく。その穢れは人の心に入り込み、負の感情を沸き立たせる。

 気にならない者や気づかない者が大多数ではあるが、心の弱い者は当然にいる。そんな人達は穢れを取り込みすぎると、心の病気になったり自ら命を落とそうとする。

 気に病み、気に滅入り、気落ちし、我慢する事を諦める。本当に良くない流れだ。


 俺たち退魔の感覚が鋭いのはだからなのだろう。手遅れになる前に見つけろという訳だ。

 俺の横にある裏路地のように。


「……ただ歩いてただけなのに、なんでこんなどんぴしゃに当たるかなぁ……」


『何をいうか。お前の立場からすれば好機ではないか』


「何が好機だよ。迷惑極まりないよ」


『不孝者よなぁ』


 立ち止まって見つめる裏路地。建物の間で続いて行く暗闇。

 一般人からしても薄気味悪い印象の道は、俺からすると更に最悪だった。いま俺が感じ取っているものは、この先にいる、だ。


 ……嫌だなぁ。行きたくないなぁ。感覚的には小規模だから大した事無さそうだけど、だからといって追い払おうなんて気は起きないんだよなぁ。

 どうせ小さいんだから、俺が関わらなくても知らない間に消えないだろうか。因みにとても小さいものだったら本当に自ら消滅していったりする。存在する力が弱すぎて。


 悩んでいると、周りの視線が気になりだした。ひとり立ち止まり建物の隙間をじっと眺める寒そうな部屋着の人物、まぁ怪しいのは言うまでもない。警察にも職務質問されそうだ。


「よし」  


『あっ、こら』


 移動することに決めた。 

 人に害が出そうな程の力は感じないし、わざわざ俺が関わらなくても大丈夫だろう。もしかしたら誰かがなにかしらのケガをするかも知れないけど、死ぬほどじゃないんだから大丈夫さ、多分。


『全く、これで何度目だ。本当にお前はしょうのない奴だな。我でさえどうかと思うぞ』


 うるさいコイツは無視とする。

 別に退魔がしたくてあの家に生まれてきた訳じゃないんだ。向こうが勝手に話を進めて、俺には拒否権もなく勝手に決められて、そういうものだとして片付けられて。


 いい迷惑だ。そんなのどうだっていい。たまたま家系が退魔だったってだけでのいざこざに巻き込みやがって。

 俺はただ、静かに暮らしていたいだけなのに……。


「……、あっ」


 少しばかり気にしたのが間違いだった。ちらっと顔だけ振り向いたら、女性があの裏路地を見ている。目的があるようには思えない。綺麗めな格好をしている女の人が、あんな不穏でしかないものの何に惹かれよう。

 そう思っている内に女性は歩きだし、暗闇の中へと入って行ってしまった。


『よいのか。真護』


 俺はすでに立ち止まっていた。その時点で答えなんて決まっていた。けれど素直に歩きだすには、もう少しだけ、気持ちの整理がほしい。


 ……わかってる。どうせ行くのだろう俺は。それはもういい。諦めた。

 いま俺に踏ん切りがつかないのは、アイツのせいだ。今の俺の行動がアイツと被るせいで嫌悪する。実際に見た訳じゃないけど、おそらくこんな感じだったんだろう。

 ……俺はアイツと同じじゃない。違う。俺は俺の為に行動するだけだ。ただ、それだけなんだ……。


『行けるか、真護』


「っ、行く……」


 物凄く腑に落ちない気分だが歩き出す。暗闇の事は最早どうでもよく、今は俺の気持ちの問題だけが憂鬱だった。


『結局いつも向かうのだから、始めから己に従えばいいものを』


「……うるさい」


『まぁいい。今だけは何も考えなくていい。警戒は我がしている』


「……ありがと」


 









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