君と共に往けるなら

えら呼吸

第1話

「……」


 ――縁側に腰掛け、深く吸い込んで、暫しの余韻に浸ってから吐き出す煙。

 独特の苦さと辛さが喉に張り付いて、頭の中で働く思考がぼやけてふわふわする。この感覚がとても心地よいので、朝の一服はやめられない。

 鼻で吐き出すと、直接脳にニコチンが行き渡って更に気持ちいいらしいが、鼻の中が痒くなるので俺はしない。刺激を受けるのは喉だけで十分だ。


「っ…?」


 後ろから頭を小突かれた。

 少し前のめりになってしまったが、さして痛くもないそれを放った本人を確かめてみると、やはり母さんだった。


 眉を顰めて、如何にも今の俺に文句があるといった表情。息子として見ても美人だと思っている顔が台無しだ。


“こらっ、あなた高校生でしょ。いい加減に止めなさい”


 なんて云う手話を、発音する時の口の動きも交えながら使ってきた。怒っている為その手話は荒くなっており、言ってしまえばどこぞの拳法の型でも披露しているかのよう。

 そんな雑な手話がわかるのは、家族である俺とお祖母ちゃんだけだろう。

 ……いや、もう一人居たか、まぁどうでもいいけど。


「別にいいだろ。二十歳からなんて決められてるけど、売ってる事自体が間違ってる商品じゃないか、これ。早死にするかしないかの違いだけだよ」


 母さんは昔は言葉を話せていたらしいが、とある無理をした後遺症で発声することが出来なくなった。俺が生まれる前の話だとか。だが耳はちゃんと聞こえているので、俺は気怠く、溜め息混じりに言葉で返した。

 そして余所を向いて、またフィルターを咥えて煙を、


「ちょっ――あっ」


 吸おうとした所を、突然横から伸びてきた手によって邪魔された。


 ……見上げる。勿論、その手は母さんの手だ。表情は心底腹を立てている。

 どこから出したのか、いつの間にやら持っていた灰皿に煙草を押し付けて、火種をぐりぐりと潰し消してしまっていた。


「……はぁ、出掛けてくる」


“ちょっと、待ち――!”


 立ち上がって歩き出した瞬間、後ろから鈍い音がした。

 顔だけ覗かせてみると、どうやら母さんが灰皿を落としてしまったらしく、撒き散らされた灰の上であたふたと慌てていた。


「……」


 ――それを眺めた後、背中を向ける。

 慌てる声など聞こえない、あるのは忙しなく床を歩き回る音だけ。

 それから遠ざかるように、俺は家から出て行った。




















「――あー、落ち着く」


 少し離れた場所にある神社までやってきた。

 石造りの階段は急で長く、山の中にある為、道中も境内の周りも木々で囲まれている。

 ここは、俺のお気に入りの場所だ。

 風で擦れる木の葉の音しか聞こえなくて、俗物が放つ音は聞こえてこないから落ち着く。


 おまけにここには滅多に人が寄り付かない。

 元々廃れている神社なので管理者はおらず、ボランティアが半年に一度草刈りに来る程度。なにかしらの御利益があると信じている年寄りが月に一人か二人の来訪。そんな塩梅。

 だからこうして、悠々と未成年喫煙が出来るという訳だ。


『…美味いのか? それは』


 と、俺一人しかいないから、コイツは話し掛けてきた。

 と言っても声は外に漏れていない。俺の頭の中だけに話し掛けてくる声だ。


「んー美味い、かな。疲れた時とかには安らぐよ」


『煙がか? 何とも酔狂なものだな』


「あんたも吸えばわかるよ。まぁ、感覚が俺と共有できればの話だけど」


 皮肉っぽく呆と返事。


 ――コイツとは、赤ん坊の頃からの付き合いだ。

 勿論、言葉というものを理解し始めた年齢から存在を確認したが、コイツは俺が生まれた時から独り言の様に呟き掛けていたらしい。

 コイツがどういった存在なのかは未だにわからない。本人もわからないと言うのだから、それでは此方もお手上げだ。

 だけど、そこまで気にはしていない。何故ならば。


 この世の中には魔モノと呼ばれる存在がいる。様々な形となって姿を現し、特有の能力を以て人々を襲い殺してゆく謎の存在。

 そして何百年も前から魔モノと秘密裏に戦い続ける対抗勢力、五つの退魔一族。俺はその中の一つの絢祈家が長男、絢祈真護あやきしんご。一人っ子なので自動的に次期当主確定の、若干グレかけてる十七歳の高校生である。


 世間一般での非日常は、俺にとっては当たり前の世界な訳で。だからこんなよく分からない得たいの知れないモノに憑かれても、まぁそういう事もあるだろうと片付けてしまう。て言うか気怠いし面倒くさい。


『共有出来るではないか。ほれ、例のあれ』


「あぁ、あれね。……ぜっっったい嫌だ」


『そうかたいことを言うな。我とお前の仲ではないか。ほれほれ、ちょいとこれ』


「気色悪い言い回しをするな」


 中空に手を出して動物を払うようにシッシッの動作。コイツは俺を中心とした周囲を知覚しているので、俺が何をしているのか見えている。


『つれない奴だ』


「当たり前だ。あれでどうなるかわかってるだろうに」


『がはは、わかっている。冗談だ』


 他愛もない話。いつもの簡単なやり取りだ。


 ――さて、と。そろそろ山を下りよう。煙草を携帯灰皿に捨てる。

 家に帰ると母さんがうるさいので、町でぶらぶらしよう。祝日だから人混みが酷そうだが致し方ない。あの拳法手話の相手するくらいならその方がマシだ。












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