第10話: π「ポチっとな」→『Extreme Pro SAMDISK 256GB』




 ──声を頼りに森の中を進めば、眼前……というか、少しばかり眼下の位置に姿を見せたのは……村だった。



 ちなみに、廃村ではない。遠目でも分かる、実際にまだ使用されているというか、村人っぽいのが行ったり来たりしているのが見える……営みが行われている。


 ……どうやら、廃村というのはガセのようだ。


 しかし、そんな事あるのだろうか……世の中にはこんなん信じるやつおるんか……みたいなガセ情報は多々あるけれども、村一つ分が廃村になっているというガセは初めてだ。


 ……まあ、それはそれとして、だ。


 どうにも……開けた場所に出てようやく気付いたが、どうやらこの辺り一帯はすり鉢状の地形……いわゆる盆地らしく……村の全体を遠目から見ることが出来た彼女は、はてなと首を傾げた。



 理由は、村を囲う大きな壁だ。



 材料はシンプル、切って整えた丸太を地面に突き差して並べ、村全体を囲うようにしたといった感じだろうか。


 唯一の出入り口と思われる場所も、同様……遠目にも、人力で扉を開け閉めするような造りなのが見て取れた。



 ていうか、なんだアレは? 



 村の大きさ自体はそこまでではないが、そんな造りをしている村(と、言って良いのか迷うけれども)を見るのは初めてだ。


 そう、なんと言えば良いのか……まるで、戦国時代だ。


 切った切られたの戦国時代なら、ああ敵襲に備えているのかと納得するが、今は戦争が終結して数十年……というか、内乱自体が何百年も前が最後だ。


 しかも、よくよく見れば……村には、電柱が一本も見当たらない。電柱が無いということは、電線が見当たらないということ。



 位置的に全体を見る事が出来るからこそ、分かる。



 いくら山奥の田舎とはいえ、電柱すら立っていないなんてこと、あるのだろうか。


 これが、山奥に一軒だけとかであれば、まだ分かる。工事をするにも採算が取れないとか、地形の関係から電柱を設置出来ないとか、色々と想像が付く。


 けれども、見える範囲なだけでも、家屋が10、20……まあ、けっこうある。


 それだけ家があるということは、それだけの生活を支えるインフラが必要であり……50年、100年前ならいざ知らず、だ。


 外国ならまだしも、現代の日本で電気一つまともに通っていない場所などあるのだろうか……何とも形容しがたい違和感に、彼女は何度もウンウンと首を傾げた。



 ──お姉ちゃん、こっち


「あの村? ずいぶんと変な造りをしているね」


 ──来て、早く、来て


「分かったから、急かさないで」



 けれども、悩んでいる暇はない。


 声は絶えず呼びかけてくるし、このままジッと考え込んでいたところで日が暮れるだけだ。いくら彼女でも、こんな場所で一夜を過ごしたくはない。



 そう、結論を出した彼女は斜面を下る。まあ、下るとは言っても、緩やかに下るだけだ。



 ここまで極端な地形だと、盆地というよりはすり鉢状にしか見えないが、あくまでも自然に出来た代物だ。


 よくよく見やれば緩やかな傾斜になっていて安全に降りられるルートがあるようで、少女の声が、それを教えてくれた。



 ──お姉ちゃん、遅い



 だが、しかし……持たざる者は気付いていなかった。


「す、すまんね……! アタイのようなデカいπを持つ者にとって、傾斜ってのは地獄の滑走路みたいなものだから……!」



 持つ者にとって、下りの傾斜を駆け抜けるのが如何に恐ろしいのかということを。


 どうしてかって、単純に足元が見えないのだ。


 彼女の高校生離れ(それどころか、日本人離れ)したπは、肉体の危険性など知らぬ存ぜぬといった様子で足元をでーんと隠してしまっている。


 加えて、今日の彼女は例のオーダーメイドのスポブラを装着している。



 そう、体育の時に装着している、アレだ。



 非常に動きやすく通気性も抜群で、彼女の身体能力を発揮する為には欠かせないが……ただでさえ形良く張りのあるπが、余計にデデドンと足元を見えなくしてしまう弱点があるのだ。


 これは、中々に厄介で危険なデバフであった。


 土地勘のある場所や、いくらでも足元が想像出来る街中とは違い、ここは自然の領域……平面な場所なんて、ほぼほぼ存在していない。



 ……いちおう言っておくが、普通に歩く分には何の問題もない。いや、走る分だって、ここが町中だったら何の問題もないのだ。



 問題なのは、ここが山奥だから。


 土地勘はおろか、整備すらされていない自然の傾斜を下るからこそ、彼女とて急ぐことが出来なかったのだ。


 なにせ、雨風に晒されて蹴躓けつまずく程度に凸凹だらけな地面は当たり前。雑草に隠れて分かり難いが、滑りやすい場所だっていっぱいある。


 それどころか、その雑草が自然のブービートラップを形成していることだってある。尖った石やら飛び出した根っこも、下手に踏めばそれだけで足を痛めてしまうことだってある。


 足元に気を付けるなんて考えをしなくていいのは、人の世界に暮らしているから。万が一怪我をしても、いくらでも対処する方法があるからだ。


 自然の世界では、そんな甘い考えは通じない。


 足を痛めて動けなくなってしまい、助けも呼べない状況ともなれば、待っているのは容赦のない死。自分の命は自分で守る、それが自然の掟なのである。



(こ、これほど己のπに怒りを覚える日が来ようとは……ええい、傾斜の前ではオーダーメイドブラも無力か……!)



 ゆえに、彼女は少女の声に急かされながらも、その歩調はゆっくりで。


 傾斜自体は緩やかであっても焦らず急がず、この時ばかりはカメラを構えたまま降りるなんてこともしなかった。






 ……。



 ……。



 …………が、それも。



「──傾斜じゃなければこっちのもんじゃい!」



 下り終えて、平地へと進めばもう、彼女を抑え付けるモノは何もなくなった。


 傍からみれば、それは珍妙を通り越して異様な光景に見えただろう。


 なにせ、彼女は綺麗である。年数はともかく、見た目だけはテレビやネットでも早々見掛けないレベルの美貌であり、都会でモデルをやっていても何ら違和感を抱かないぐらいに綺麗だ。


 そして、そんな美少女が、だ。


 山奥にて遠目にも分かるぐらいに大きなパイを揺らすことなく(少なくとも、胸以外は成人女性には見えない)、これまた遠目からでも分かるぐらいの爆速で駆け抜けて行くのだ


 その速さ、もはや常人が出せる速度を超えている。


 陸上競技に携わる者がその光景を見たならば、1人の例外もなく目を剥いてスカウトに走り出す……それほどの速さで持って駆け抜ければ、あっという間に村に到着するのは当然で。



「『隠者インビジブル!!』」



 なにやら、第6感的なアレで直後に訪れる危険を察知した彼女は、素早く魔法を発動させる。


 それは、簡潔にまとめると、姿を消す魔法である。


 ただ、この魔法の凄いところは、単純に姿を消すだけでなく、術者が発した音もある程度消してくれるところだ。


 つまり、光学迷彩の上位互換みたいなものだ。


 よほど目立つことさえしなければ、あるいは、相当に強力な感知能力か、この魔法の効果を事前に把握していないと捕捉がほぼ不可能……そういう魔法なのである。



 ──よいしょ、っと。



 続けて、第6感的なアレに従って、その場を横っ飛び。


 『聖なる陣地』によって安全は確立されているが、『石橋は叩いて慎重にワープ移動しろ』を座右の銘にしている彼女にとって、安全が補強されるのは大歓迎である。


 どすっ、と。


 先ほどまで彼女が居たところに飛んできた矢が、地面に突き刺さる。素早く体勢を直して見やれば、村を囲う壁の上より、困惑した様子で弓を下ろす男が1人。



 ……いや、1人だけではない。



 撃ったのは1人だけだが、1人、2人、3人、4人……何人もの男たちが、矢を放った男と同じく困惑した様子で顔だけを覗かせていた。



 ……男たちが困惑するのも、致し方ない話だ。



 魔法を発動させている彼女には感覚的な違いしか自覚出来ないが、男たちからすれば、何の前触れもなくいきなり姿が消えたのだ。


 隠れたとか、死角に入ったとか、そんなレベルではない。


 瞬きをした瞬間、そこに居たはずの人間が消えているのだ。周囲に人が隠れられる場所は無いうえに、誰も彼女から視線を外していなかった。


 なのに、誰もが完全に彼女の居場所を見失っていて……ざわざわっと困惑を露わにした男たちは互いに顔を見合わせ……ただ、誰も居なくなった村の周囲を見回すしか出来なかった。






 ……。



 ……。



 …………だから、という言い方も変な話だが。



(──えいしゃあ! 練習しておいた五点着地が役に立ったぜ!)



 男たちは知る由もないことだが、彼女は既に村の中へと侵入を果たしていた。


 どうやってって、それはジャンプして、だ。


 気功術という反則技を習得している彼女が本気になれば、数メートルの壁や塀を乗り越えるのは簡単なのだ。


 唯一の問題は、着地の時の音によってバレてしまう事だが……その程度の問題、既に彼女が対策を取っていないわけがない。


 そう、彼女はこういう時のために……事前に練習しておいたのだ。



 何をって、それは……全力ダッシュである。



 五点着地によって衝撃を前側に受け流しつつ、そのまま流れるように立ち上がりながらの全力ダッシュ。


 気功術という反則技によって、生じたエネルギーやら何やらを極力無駄なく前方へと流し、それを燃料にして前方へと駆け抜ける……いわば、ヒット&アウェイの精神だ。



 ──なんだ、今の音は? 


 ──どうした? 


 ──いや、今そこで、なにか物音が……。



 そう、村の中に居た男たちが物音に気付いて近寄って来る時にはもう、彼女はその場から遠く離れ……村の中を爆走していた。


 村の中は、遠くから眺めていた通りの光景……現代とは思えない、まるで100年ぐらい前の農村にタイムスリップしたかのような光景であった。


 おおよそ、現代では当たり前のモノが何一つない。


 男たちの恰好は1人の例外もなく古めかしい農民のソレだし、そもそも、弓矢って何時の時代でどこの未開の地かと……まあ、それはそれとして、だ。



(おい、何処へ向かえばいいんだ?)


 ──こっち、こっちに来て



 道中、声に出さなくても心で念じれば聞こえるという感じらしいことを知って。



(村の奥か……思っていたよりも広いというか、森の向こうまで村が広がっているのか……上からは見えなかったな)


 ──そこに、私たちがいる、助けて


(助けられるなら助けるけど、期待し過ぎるのは止めてくれよな!)



 そんな感じで、少女の声を頼りに移動しているがゆえに(そっちに気を取られていたため)、彼女は、気付いていなかった。


 というよりも、うっかり忘れていた事が一つある。


 それは、『聖なる陣地』に触れた男たちが、1人の例外もなく苦しみだし、そのまま煙となって消えてしまったということ。


 そして、彼女は村の中に入ってからずっと『聖なる陣地』を発動したままなのだが……それゆえに、彼女は知らず知らずのうちに行ってしまっていたのだ。



 ──な、ぐっ、ぐぁあああ!? 


 ──なんだ、痛い! 身体が、痛い! 


 ──消える!? 煙が、これは浄化の!? 


 ──だ、誰だ!? 何かされているぞ! 


 ──退魔の力だ! くそっ、どこだ、どこにいる!? 



 やっていること事態は、例えるなら辻斬りならぬ、辻バリア、あるいは、辻ヒーラーみたいなものである。


 しかし、何が原因かは(彼女にとっては)不明だが、どうしてか……この村にいる男たちは、ダメージを受けてしまうようなのだ。


 しかも、単純に触れたからダメージを受けたというわけではない。


 彼女はすぐさま通り過ぎてしまったので余計に気付いていなかったが、実は『聖なる陣地』に触れて受けたダメージは……消えなかったのだ。


 まるで冷えた身体に熱が伝わって全身に広がるかのように、聖なる力は衰えず男たちの全身へと回る。


 そうして、まるで猛毒を受けて苦しみ悶えるかのように、男たちは成す術もなく倒れて動けなくなり……そのまま、煙となって消えていった。



 しかも……そう、しかも、だ。



 これまた彼女は気付いていなかったが、実はこの村は、ただの村ではない。


 説明するとくっそ長くなるので詳細は省くが、簡潔にまとめると。


 要は、この村そのものが超常的なアレというか、ある種の身体というか、村の男たちは触手みたいなもので。


 つまりは、彼女がただ村の中を動き回るだけで、彼女が常時発動している『聖なる陣地』のダメージを受け続ける状態であり。


 言うなれば、熱く焼けた鉄球を身体の中に押し込まれたばかりか、その鉄球が体内を動き回っている……みたいな感じであった。



(……? あれ、なんか静かになってね?)



 またまたまた彼女は気付いていなかったが、まあ、気付かないのも仕方がない……というか、気付けないのが当たり前だ。


 なにせ、男たちとは違い、この村には声を出す器官なんてない。というか、身体自体にはそういった機能は備わっていない。


 ゆえに、瀕死にも等しいダメージを受けることに気付けたとしても、悲鳴はおろか抵抗らしい抵抗を一つも起こせず……人知れず、瀕死の状態に陥っていたわけで。



(もしかして、みんな村の外へ見に行った? それなら、今が最大のチャンスだな)



 彼女の視点からすればなんか静かになったなといった程度だが、視点を変えれば……触手を出す余力が無くなり、もはや虫の息も同然の状態になっているのであった



 ──お姉ちゃん、何をしたの? 


(何をって、なにが?)


 ──分からないなら、いい


(???)



 ちなみに、唯一村の状態に気付いていた『少女の声』は、率直に原因と思われる彼女に問い質していた。


 だが、返答を聞いて無駄だと察したのか、それ以上詳しく聞いて来る素振りはなかった。




 ……まあ、そんな感じで、村長の家だという大きな建物に入って、だ。





 ──お姉ちゃん、そっちの物だらけの隙間の向こうに地下への入り口が……どうしたの? 


(む、胸が、潰れて……ま、マジで動けねえ……!)


 ──おっぱい、挟まっちゃったの? 


(しゃ、シャレにならん……何も考えずに勢いよく突っ込んだおかげで、マジで息苦しい状況……)


 ──お姉ちゃん、太りすぎ? 


(違う、πがデカいだけだ……と、特注の下着が仇になった……頑丈だから、頑張れば行けると思ったのが……あっ、け、ケツまでも!?)


 ──お姉ちゃん、どうしたの? 


(や、ヤバい! 上にばかり気を取られていたせいで、ケツがガッチリ……い、いかん、腰が引っ掛かっているぞ……!)


 ──お姉ちゃん、お尻小さくして、それなら通れるから


(残念だけど、アタイのケツってばそんな自由に形を変えられないの! でけぇケツは何やってもでけぇケツなの!)




 道中、目的地らしい地下(地下があるのかとちょっと驚いた)へと向かう時。


 唯一の道だというわけで物置部屋(というか、物置スペース?)を通った際、置かれている物と物の間に挟まってしまい、結局気功パワーで強引に突破したり。





 ──お姉ちゃん、ここしか道がないんだけど……大丈夫? 


(……小窓みたいなここしか、ないんだよね?)


 ──ごめんなさい、この道以外知らないの


(……が、頑張る……んぉ!? ちょ、ちょっと待って、躙り口(にじりぐち)よりも明らかに小さい狭さを覚悟していたけど、これは……)


 ──お姉ちゃん、おっぱい小さくすれば行けるよ


(πも自由に小さく出来れば楽なんだけど……あ~、もう! 仕方がない、ブラを外して、腕を入れ……我ながらπがでけぇし邪魔なんだよ!!!!)


 ──頑張って、お姉ちゃん


(頑張ってもπは柔軟性こそあってもそう簡単に小さくはなら──抜けた──げっ!? 腰がまた引っ掛かった!!!!)





 子供の体格なら頑張れば通れそうな狭い通路の際、デデドンと魅力過多に飛び出したπとケツが邪魔をして通れず、気功パワーで壊したり。


 結局、狭い場所はぜ~んぶ『気功パンチ』で粉砕していった彼女は、盛大な物音を立てながら真っ暗な地下通路へと懐中電灯を片手に進み……そうして、到着した。


 せいぜい6,7畳程度の広さしかない、突き当りの部屋には……一言でいえば、祭壇があった。


 だが、一般的にイメージされる祭壇ではない。


 壁一面に埋め込まれた、夥しい数の、ミイラ。


 それも、全て一目で子供だと分かる……それらに囲われた中心に祭壇があって、その祭壇の前に設置された台には……脈打つ心臓が鎮座していた。


 そう、脈打っている。臓器に繋がっていない、人間の頭よりも巨大な心臓が、まるで生きているかのように鼓動を繰り返している。



 ……常識では説明がつかない光景であった。



 その心臓からは、トクトクと血が噴き出し、台の足元を真っ赤に濡らしている。素人目にも明らかに、心臓内部に溜め込める量を越えていた



「これは……」



 さすがの彼女も絶句して視線をさ迷わせ……ふと、壁に埋め込まれたミイラの内の一体に気付き、ギョッと目を見開いた。


 何故なら、そのミイラは……ジャージを着たまま埋め込まれている、そのミイラは。



 ──そう、それが私。ずっと、ずーっと前に……死んじゃったの



 真実を認識してすぐに、少女の声が彼女の頭に届いた。



 ──みんな、そうなの。ここで、ずーっと……死んでからも、嫌な事、酷い事、いっぱいされていたの



 ハッと、我に返った彼女は、慌てて周囲を見回し……一つため息を零すと、懐中電灯の光を心臓へと向けた。



「アレを壊せば良いの?」


 ──ううん、何もしなくていい。もう、放っておいてもソレは死んじゃうから


「え?」


 ──お姉ちゃんのおかげ……お姉ちゃんがこの部屋に入った瞬間、ソイツは、痛い苦しい止めてくれって言ったの


「そうなの?」


 ──うん、ざまあみろってやつ。おかげで、私たちは……やっと、眠れる。もう、痛くて臭くて苦しい事をしなくていいの



 そう、少女の声が聞こえた、直後。




 ブチリ、と。




 絶えず血を吐き出し続ける巨大な心臓が、まるでもう耐えられないと言わんばかりに勝手に破けた──瞬間。




『ぎ、ぎぃぃぃゃやああああああああ────―!!!!』




 心臓から、どうにも表現し難い断末魔が響き渡った──直後、カッと光がほとばしり、思わず彼女も耐えきれず目を瞑った。




 ──ありがとう、お姉ちゃん。本当に、ありがとう




 その声が、彼女の耳元を通り過ぎていた──その時にはもう、あれだけ強烈だった光はおさまっていて。



「……あれ?」



 後には……無事な家が一軒もない、自然の中に呑み込まれてしまった廃村の中でポツンと佇んでいる、彼女だけが残されていた。






 ……。



 ……。



 …………結局、そのまま撮影を続行する気にはならなくなった彼女は、さっさと廃村を出て、森を進み、トンネルを通って……帰路についた。



 なんとも、不思議な体験だった……それが、彼女の正直な感想である。


 前世の記憶があってもなお、初めての体験。


 帰りのタクシーで、電車で、バスで、アレは夢ではなかったのかと思った事は一度ではなく、寝過ごして終点から戻るハメになってもなお、素直には受け入れられなかった。



 いや、だって……ねえ? 



 あえて濁した言い回しだが、それが彼女の正直な気持ちであった。


 たとえ、あの村での出来事を撮影したカメラを持っていても……どうしても、アレが現実に起こった事なのか……どこか、半信半疑なままであった。


 かといって、カメラの映像を見て確認する気持ちにはなれなかった。


 それは、仮にアレが夢だとしたら恐ろしいし、夢じゃなくても恐ろしいし……どうしたものかなあ、というのもまた、彼女の正直な気持ちであった。




「──ねえ、見ていい?」




 だからこそ、だ。


 日が暮れてから、ようやく自宅に戻ってから、すぐ。


 風呂に入ってサッパリしたいなと思い立って浴室に向かう際、たまたまリビングから姿を見せた大介より、そう尋ねられた彼女は。



「見ていいけど、けっこうグロイ映像が入っているから」

「え、なに、虫とか?」

「虫よりもえげつないよ……止めはしないけど、見る時はちゃんと覚悟してから見てね」



 それだけを言い残すと、カメラを渡して浴室へと向かった。



 ……。



 ……。



 …………そうして、だ。



 頭からシャワーを浴びながら、身体中にこびり付いている汗やら疲労やらが流れて行くのを、彼女はじっくり感じていた。


 今回は長風呂するぜと気合を入れて湯船に入り……プカプカ浮かぶπを見下ろしつつ、なんとなくあの村での出来事を思い出していると。



『──姉さん、ちょっといい?』



 曇りガラスの扉の向こうより、声を掛けられた。



「な~に、どったの?」

『いや、動画を見ていたんだけどさ……これ、途中から録画失敗していて撮れてないよ』

「──えっ!?」



 大介からの、にわかには信じ難い言葉にパッと思考を切り替えた彼女は、ザバッと湯船から出ると、取る物も取らずに扉を開けた。



「──ちょ、また!?」

「大介、録画出来ていないってどういうこと!?」

「そんなん俺が知るわけないでしょ! ていうか、前を! 前を隠して!!」

「前なんてどうでもいい! そんなものよりカメラ!」



 顔どころか首筋まで真っ赤にしている大介の手からカメラを……取る前に手の水滴を拭いた彼女は、急いで録画データを確認する。


 すると……大介の言う通り、動画は途中で途切れ、『録画停止』の文字が表示されると共に、録画そのものが停止されていた。


 最後に記録されているのは、『よもつトンネル』に入る直前……つまりは、撮影を始めてからすぐに録画がストップしたということになる。



(──こ、これって……やっぱり、ゴースト的なアレ!?)



 ま、まさか、いや、やはり……己があの場所で遭遇していたのは、ゴースト的なサスペンスホラーだったのだろうか? 


 そんな、思い出すとブルリと背筋に震えが走りそうな事実に目を向けていると……彼女から目を逸らしたままの大介より、こんな事を言われた。



「あのさ、姉さん……つかぬ事を聞くんだけど、メモリーカードって何を使っているの?」

「え?」

「だから、メモリーカード……いくらの買ったの? ちゃんと○○○○で買った?」

「ネット通販で買った」



 そう答えた瞬間、大介は深々とため息を零した。「え? え?」っと困惑する彼女を尻目に、大介は彼女に背を向けたまま……尋ねてきた。



「容量は? それと、値段は?」

「よ、余裕たっぷりがいいなと思って256GBで、値段はセールとかで12000円で買えた」



 ……ちょっと、間が空いた。



「ごめん、もう一回言ってくれる?」



 あれ、なんか大介の反応が……不思議に思いつつ、彼女は再度答えた。



「256GBで、値段は12000円」



 ……。



 ……。



 ………………先ほどよりも、少しばかりの間が空いた後。



「姉さん」

「はい」

「簡潔に言うと、そのメモリーカードは不良品。ていうか粗悪品……詐欺商品ってやつ」

「えっ!?」

「たぶん、実際に記録出来るのは2,30GBとかそれぐらいで、表向きはちゃんと録画出来ているように見せかけているようなやつだと思う」

「……って、ことは?」



 信じられない、信じたくない……そんな思いと願いを込めて、彼女は大介の背中に問い掛けた。



「……姉さん」

「は、はい」



 だが、しかし。



「これからは、安心と安全が担保されている、ちゃんとした量販店で買おうね」



 涙すら出てしまうぐらいに、現実は非情であり。



「──そんなのってないよぉぉぉ!!!!」



 まさか、最初から計画がとん挫しているとなれば……さすがの彼女にとっても、ショックでホラーな話であった。



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