第9話: ホラー作品の導入的な始まり(ただし、チート混入)



 時刻は昼、日差しが頭上より当たるのを感じながら、彼女は己の足元に固まっている影から顔を上げる。


 熊を避ける……というより、悪臭を放っている可能性が高い野生の獣を避ける為に彼女が取った行動は、一つ。



「──と、いうわけで、現在私は××県にある『よもつトンネル』の前に来ています。やっぱ連休だと遠出出来るのは良いよね、時間に余裕があるってのは色々と気が楽でありますなあ」



 カメラにて自撮りをしながら、彼女は『よもつトンネル』を背にピースサインをしつつ状況説明を行っていた。



 ……そう、彼女が取った行動は、目的地の変更であり、ルールの根本的な変更。けして考えるのが面倒臭くなったわけではないが、まあ、アレだ。



 野生の獣が出没する山奥よりも、比較的人の手が入りつつも現在は廃れてしまっているような場所を狙うというものであった。


 具体的に何をするのかって、『ちょいと田舎の方にある心霊スポット巡り』である。


 いったいどうしてそうなったのかと言えば、だ。



『遠いけれども気合を出せばコンビニのある場所まで走って行ける範囲』と。


『前回のアレのような企画は、もう少し色々と慣れてからアタックした方が良い』と。



 この二つを念頭に考えた結果、そうなったわけだ。


 色々と反則技を身に付けている彼女だが、状況によっては周囲を巻き込んでしまう場合があるので中々使い所が限定される事が多く……話を戻そう。



 ──彼女が今日、これから入る『よもつトンネル』とは、昭和末期ぐらいまで実際に使われていたトンネルである。



 トンネルの外観は、今でいうコンクリート製ではない、木で支えた木造のトンネルだ。


 如何ほどの時間と労力を掛けて作ったのは分からないが、ソレが作られるぐらいには行き交いが成されていたというわけだ。


 トンネルの先にある村……いや、今はもう無いのだが、日本では中々手に入らない薬草が自生するとかで、少数ながらも村が形成されていた……らしい。


 らしいというのも、本土空襲の際に広がった戦火によって、村の記録等を管理していた役所までもが燃えたらしく、そこで一度記録が途絶えてしまったらしいのだ。


 いちおう、無事だった物と当時の人達の記憶を頼りにある程度は復元されたらしいが、各自の情報に齟齬が生じたことで信頼性に掛けた記録となり、ほとんどが破棄され。


 終戦を迎えた頃、散り散りになっていた村の者たちが戻って来たが、それでも全員が戻ったわけではなく、身体の弱い年寄りは誰一人戻れなかったらしい。



 結果、記録の完全な復元は不可能になってしまった。



 今とは違い、昔の記録は全て手書きであり、紙に残される。役所の記録を除けば、あとは年寄りたちの頭の中に仕舞われていた。


 その二つが戦争によって失われてしまえばもう、当時より以前を知る方法は無い。


 取引先などに多少なり残されていても、戦後の動乱だ。


 10年、20年、そこまで大事に保管しておくわけがないし、当の村の者たちだって、今日を生きぬくのに精いっぱいで記録がどうとか考えている余裕はない。


 結局、一つ、また一つと月日を経る度に途切れてゆく過去は増え続け……徐々に、『都会に行けば飯が腹いっぱい食える』という話に心惹かれた者たちも増え続け。


 1人、また1人と村を離れて働きに出る者が現れ始めるのは必然であり、出稼ぎがそのまま移住へと変わるのもまた必然で。


 昭和末期にて最後の村民が離れてから最後、それ以降は誰も住んでいない廃村となった……という話らしいのであった。




 ……で、彼女が向かうのは、その『よもつトンネル』の先にある廃村だ。




 元々、村自体は小さい。食っていけるとはいっても贅沢できる程ではなく、加えて、都会のような真新しさも力強さもない。


 そうなれば、移住の際にわざわざ家を更地にしていく者なんていない。軽くて金になりそうな物だけを背負って持って行くぐらいで、それ以外は放置したままだろう。


 昭和末期まで人が居たとはいえ、その人も高齢だ……わざわざ整理なんてしないだろう。


 と、なれば、野晒しのまま放置されている、いわゆる映える光景がいっぱいある可能性が極めて高い。



(よ~し……クマ避けの鈴も持って来たし、これで勝ったも同然だな)



 カメラと懐中電灯の調子を確認しつつ、彼女は……『よもつトンネル』を前に、むふふと笑みを浮かべた。


 ネットにて調べた限り、この『よもつトンネル』の向こうは未知の領域であり、未だにネット配信者たちも足を踏み入れた者はいないのだとか。


 つまり、どいつもこいつも『よもつトンネル』の中には入っても、そこから先へは行っていないらしいのだ。


 そんなこと、あるのだろうか? 


 不思議な話だが、調べた限りでは一つとして動画が見つからなかったので、まあ何かしら理由があるのだろう。



(ふふふ……虫とかならオーラで押し退けられますし、私には『人体羅針盤』という、自分が常にどの位置に居てどの方角を向いているのかが分かる能力がありますからねえ)



 食糧の用意はリュックにバッチリ、枝葉を切り分ける鉈も持って来たし、最悪魔法で切り抜ける準備も済ませてきた。


 なにより、今回はNewジャージ。それも、以前使っていたやつよりもワンランク上のちょい値段高めジャージ。


 具体的には、金額にして1980円増し。だいたいの人が聞いた事がある、ブランドマークまで付いている。


 おかげで、着心地は良過ぎる。もうこれで夜を過ごせるのではと思うぐらいに着心地抜群だ。


 これはもはや勝利は目前だと確信を得ていた彼女は、意気揚々と『よもつトンネル』へと入って行った。






 ……。



 ……。



 …………そうして、約30分後。その間、色々な事が起こった。



 まず、何かあるのではと思っていた『よもつトンネル』だが、何も無かった。


 いや、本当に、拍子抜けしてしまうぐらいに何も無くて、大して長くも無かった通路を通れば、あっという間に外へ出られた。



 かといって、外に出たから何がが有った……というわけでもない。



 期待を胸に視界いっぱいに広がったのは、緑、緑、緑。


 右を見ても左を見ても手付かずの自然が広がっているだけで、物珍しいナニカは全く無い。


 これは……その時、彼女の胸中を過ったのは、『ガセ』の二文字と、少しばかりの不安である。



 いや、まあ、所詮はネットで調べれば出て来るやつだ。



 当たり外れ以前にデタラメがあっても何ら不思議ではないし、むしろデタラメな方が多いのがネットの世界だ。


 だからまあ、不安を覚えはしたが、そこまで引きずらずにさっと気持ちを切り替えた彼女は……片手に構えた鉈をえいやと振り回しながら、村があるらしい方面へと向かって行った。


 その道中は……喜べば良いのか悲しめば良いのか判断に迷うところだが、コレといったナニカは起こらなかった。


 警戒していた熊との遭遇もなく、猪やら何やらとの遭遇もない。景色だって、ずーっと森の中が続いているだけで、変化がない。


 ただひたすら、チリンチリンと鳴り響く鈴の音をBGMに、視界と足元を遮る枝葉をスパンスパンと切り飛ばしながら、前へと進んでいた。




 正直……くっそ退屈だと彼女は思った。




 気功術と魔法のダブル反則によって、体力的な消耗は全く無い。


 気力と精神力は別だが、チートと呼んで差し支えない今の彼女にとって、その程度の消耗は近くのコンビニに足を運ぶ程度の負担でしかない。


 と、なれば……だ。


 延々と繰り返す単調な作業の繰り返し(しかも、疲れない)を前に、退屈してしまうのもまあ、仕方がないことであった。



「う~ん、村があるのは第6勘的なアレで分かるんだけど、どうにも思っていたより距離がありますね~」



 己に向けたカメラに話しかけつつ、彼女はふうっとため息を零した。


 熊の件もあるので、音楽やらラジオやらを聞いて進むわけにはいかない。当然ながら、歩きスマホなんて……さすがの彼女も無理なので、余計に退屈なのだ。



(あ~、何か起こってくれないかなあ……)



 熊とかはお断りだが、景色の一つぐらいは変わってほしいかも……そんな思いで、ぶんぶんと鉈を振り回して──その時であった。



「──あんだぁ? おめえ、どっから来なす──」



 ガサガサッ、と。


 眼前の大きな樹木の陰から、草むらを掻き分けてヒョコッと姿を見せたのは、ほっかむりを被った初老の男。



「え?」


 対して、タイミング悪く振り回した彼女の鉈が……スパン、と豆腐を切るかのような滑らかさで男の首を刎ねた。



「え?」


 心底ビックリした様子で目を見開く……空飛ぶ首と、血飛沫を上げる首なしの身体。



「え?」


 心底ビックリした様子で目を見開く……振り切った姿勢のまま静止している、彼女。



 互いが互いを信じられないと言わんばかりに視線を交わした後……首はそのまま地面を転がり、彼女は……呆然と、首が無くなった身体を見て……ぎゃあああ、と悲鳴を上げた。



 そう、それは、不幸な事故であった。



 首を刎ねられた男には知る由もない事だったが、何気なく彼女が振り回す鉈の範囲に入るのは、自殺するのと同じ。


 何故なら、気功術等で強化された身体能力(実は鉈も強化してある)で振り回しているのだ。


 切っているのは枝葉だが、当たれば岩石も切り落とす。刃が当たらなくとも、その腕に当たれば大型バイクにはねられたぐらいの衝撃を与える。


 おまけに、周囲に誰も居ないと思っていたからこそ、周囲の安全など……そんな状態で繰り出された一撃は、人の首など刎ねるには十分すぎる殺傷力になっていた。



「──ち、治癒! 蘇生! 蘇生の魔法!!」



 普通ならば気が動転してパニックを起こすところだが、反則技のデパートみたいになっている彼女は、辛うじて最善の行動を取れる程度の冷静さを失っていなかった。


 急いで、草むらの中より見つけ出した頭部を胴体の断面図へと密着させるように置く。次いで、大きく深呼吸をしてから……魔法を発動させる。



生命帰還ライフ・リターン!!」



 それは、光である。彼女の身体より放たれた光が、横たわった死体へと吸い込まれてゆく。


『蘇生の魔法』は、文字通り死者を蘇生させる魔法である。首を落とされた遺体であっても、復活させる事が出来る。


 いちおう、蘇生に至るまでには様々な条件(たとえば、死亡直後など)はあるけれども、今回はギリギリセーフ……蘇生する条件は全てクリアしていた。



「──ぐぁああああ!!?!?!?」

「ひえ!?」



 だからこそ、蘇生するはずの男が、首が繋がった直後に苦しみ始め、のたうち回ったことに彼女は心底驚いた。


 何故なら、彼女の魔法によって蘇生された者は、蘇生されている間を含めて、死亡する直前の記憶が消えてしまう。


 どうして無いのかを考え出すと色々と怖くなるので話を終えるが、とにかく、死亡に関する一連の事を忘れてしまう。


 なので彼女は、蘇生魔法を掛けている最中、不思議そうに身体を起こす男を想像していたわけだが……そうならなかったからこそ、驚いたわけである。



 しかも……彼女の驚きは、そこだけでは終わらない。



 首は繋がり、ついでに血痕も全て魔法で消した(つまりは、証拠隠滅)その男は……どういうわけか、身体から煙に似たナニカを立ち昇らせ始めたのだ。


 これは、正しく異常な事態で……どうしてよいか分からず困惑するしかない彼女を尻目に、男はひと際強くケイレンしたかと思えば……次の瞬間、男は完全に消えてしまった。


 残されたのは、白い煙だけ。見れば、鉈に付着していた血痕すらも煙となっていた。


 そして、それらはあっという間に空気の中へ溶け込むように薄くなり……ものの十数秒後には跡形も無く消えてしまい、その場には衣服すらも残ってはいなかった。



 ……。



 ……。



 …………!?!?!?!?!? 



「え、なにこれ……どういうこと?」



 まるでワケが分からない状況に、彼女はキョロキョロと辺りを見回し……ふと、男が出てきた樹木の方へと目を向ける。



(……え? あの人、何をしていたの? 地元民だからって、わざわざココを通るのか?)



 そうして、駆け寄って覗いてみた彼女は、何度目かとなる困惑に首を傾げた。


 というのも、樹木の陰には何も無かったから……あ、いや、なにも無いというのは、人の手が全く入っていないという意味だ。


 伸びっぱなしの枝葉もそうだし、足元の草むらもそう。


 反則技の一部を応用して比較的障害物が少ないルートを選んでいる彼女ですら、絶えず鉈を振り回して視界と足場を確保している。


 それなのに、男が出てきた場所にはソレがない。


 枝葉も、草むらも……よく見れば、真新しい蜘蛛の巣もあったが、それも無傷で……人が通って来た、人が居たという痕跡がまるでない。


 まるで、直前にいきなりこの場に出現したかのような……そんな印象すら覚えて──むむっ! 



 それは、彼女が持つ第6感。



 背後より迫る気配を超常的な直感にて感じ取った彼女は、素早くごろんと前回り。


 頭上というか背後というか、ぶうんと空気が音を立てたと同時に、何かがゴツンと地面を叩いた音がした。



「──なにヤツじゃい!!」



 分けも分からず叫びながら──いや、まさか、熊か!? 


 そう思った瞬間、彼女はそのままパンと地面を蹴って空を舞い、身体を捻って鉈を後ろへ一閃。


 曲芸同然の身のこなしだが、気功術を発動している彼女にとっては大したことではなく……スパン、と、木の棒を振り下ろしたままの男の腕を切断していた。



「──ぎゃぁあああ!!?!!? また!? またやっちゃいました!?!? ひぇぇぇ!!! ごめんなさい!!! 悪気はないんですぅぅぅぅ!!!」



 当然、切った後で、自分が何を切ったのかに気付いた彼女は悲鳴を上げたのだが。



「…………」



 腕を切られた男……ずいぶんと古めかしい恰好をしたその男は、悲鳴一つ上げることなく……ジッと、狼狽している彼女を見つめていた。



 ……いや、彼女だけではない。



 気付けば、その男の背後には他の人間がいた。


 1人、2人、3人……パッと見た限りでも10人を越えていて、全員が古めかしい恰好をしており、全員が男で……なんと言えば良いのか、人相も悪かった。


 しかも……これまた不思議なことに、男たちの手には……棍棒のようなモノの他に、農具と思わしき道具がある。


 たまたま持っていたにしては、数が多過ぎる。加えて、男たちの視線は一様に冷たく、彼女の全身を舐めまわすかのように視線を上下させていた。



(な、なんだこいつらは……どうやって、こんな近くにまで?)



 悪意に満ちた視線を受けて、ようやく我に返った彼女は……改めて、現状の異常さに目を向けた。



 まず、眼前の、たった今腕を切り落とした男。



 普通なら、痛みでのたうち回るか、急激な血圧の変化によってそのまま昏倒、失血死するほどの重症である。


 なのに、男は全く気に留める様子がない。ボタボタと鮮血が滴り落ちているというのに、顔色もそうだし、ふらつきも一切見られない。



 その後ろにいる男たちだって、異常だ。



 恰好とタイミングからして、顔見知りの間柄であるのは一目瞭然。


 それなのに、誰一人大怪我を負っている男を気遣う素振りはなく、それよりもと言わんばかりに、ジリジリと彼女を包囲しようと近づいて来る。


 そして……何よりも彼女が不思議に思ったのは、だ。



(変だ……これだけ集まっているのに、この人たち……なんでここまで気配が薄いんだ?)



 眼前の男たちより感じ取れる気配が、非常に薄かったからだ。


 言うなれば、蜃気楼と対面したかのような感覚……だろうか。


 肉眼ではちゃんと確認出来るのに、『気』で確認するのは難しい。そこに居るはずなのに、居ないとも思えてくる……なんとも、不思議な感覚だ。



「……あんたら、私に何か用? さっきの男……消えちゃったのもおかしかったけど、あんたらも──んにぇ!?」



 ナニカがキラリと光ったのと同時に、彼女はその場を飛び退いた──直後、そこの背後にあった樹木に、ドスンと矢が突き刺さった。


 ……もう一度言おう、『矢』である。



「うぉ、ぉぉう……!!」



 これには──さすがの彼女もビビった。


 いくらチート能力の総合デパートとはいえ、命の奪い合いなど経験したことがない現代人。


 いきなり殺意を突きつけられて、平気な顔が出来るかといえば……そんなわけもない。



「『聖なる陣地ホーリー・サークル』!!!」



 気付けば、彼女は……その魔法を唱えていた。



 『聖なる陣地』とは、自身を中心に一定の範囲に結界を張り、悪しき者や悪意を遠ざける魔法である。



 具体的には、悪意や敵意等を持った者が結界内に入れば弾き飛ばし、陣地の中では如何なる攻撃を無力化し、術者を傷付けない。


 つまり、攻撃しようとすると自動的に結界外へ弾き飛ばすと同時に、如何なる暴力も自動的に防いでくれる……バリア系の聖なる魔法である。


 また、そこまでは行かなくとも、不穏な気持ちになった者が結界に触れると、気を落ち着かせて冷静さを取り戻すといった効果も──っと。




 ──ぐぅあああああ!!??!?!? 




 説明しきる前に、何故か結界に触れた男たちが一斉に苦しみ始めたのを見て、「ひょっ!?」思わず彼女はピョンとその場から飛び退いた。


 断言するが、『聖なる陣地』には他者を苦しめる効能はない。あくまでも、悪しき者を弾き飛ばすだけだ。



「え? え? え?」



 だから、先ほどの男と同じく、眼前の者たちが一斉にその身より煙と立ち昇らせ始めた事に、彼女は目を白黒させて。



「き、消えちゃった……」



 これまた先ほどと同じく、跡形も無く煙となって消えてしまった事に……彼女はもう、どうしたら良いのか分からなく──っと。



 ──がさり、と。傍の草むらが揺れた。



 2度ある事は3度あるとは、何の言葉だったか。


 展開の速さに思考が追い付かないまま、ビクッと肩を震わせた彼女はそちらへ身構え──直後、そこより飛び出してきた者を見て、フッと肩の力を抜いた。


 何故ならば、姿を見せたのは……彼女よりも一回り以上小さな女の子だったからだ。


 古めかしい恰好……いや、これは、みすぼらしいと言った方が正しいのだろうか。


 和服……いや、着物か。


 今時、縁日以外では滅多に見掛けなくなった恰好(しかも、振袖ではない)をしている少女を前に、彼女は──急いで、駆け寄った。


 何故なら、彼女と視線を合わせた少女は途端に、フラッと体勢を崩したからだ。



「──ぶねぇ! マジで危なかったよコレ……!」



 頭が地面に当たる前に、ギリギリのところで滑り込んだ彼女は、顔色の悪い少女を抱え直そうとした。



「助けて」



 けれども、その前に少女の唇から零れたその言葉に……ギクッと、彼女は動きを止めた。


 いや、それだけではない。


 彼女は、愕然としていた。何故なら、抱え直そうとした少女の身体はあまりにも軽く……着物越しに触れる華奢な骨の感触は、涙を誘うぐらいに細かった。


 加えて……少女の身体は、驚くぐらいに冷え切っていた。今の時期では早々に考えられない冷え方だった。


 氷のようなとは言い過ぎだが、直前まで水風呂に浸かっていたかのように冷たく、唇は震え、顔色は青白くなっていた。



(これって……栄養失調ってやつか?)



 この冷え方は危険だと判断した彼女は、急いでリュックやらカメラやらを下ろしてジャージを脱いで、少女に着せてやる。


 ジャージとはいえブランドマーク入り……何もしないよりはマシだろう。


 あとは、何でも良いからとにかく食べてくれれば……そう思って、リュックよりマーブルチョコレートを取り出すが……噛む力が無いのか、ポロポロと唇の端から零れ落ちていった。



「助けて……お願いします、助けてください……」



 どうしたものか……そう思うと同時に、うっすらと、少女の目が開かれる。


 そうして、視線が合った彼女は……ジャージのポケットに入れっぱなしだったスマホを取り出し……舌打ちをした。



 理由は、『圏外』と表示されていたからだ。



 こうなると、警察は呼べない。魔法的な移動手段が無いわけではないが、それは自分以外は移動出来ない。


 いくら助けを呼ぶためとはいえ、こんなに痩せ細った子を放って行くわけには……っと、そこまで考えた時だった。



「──っ!? いない!? なんで!?」



 気付けば、少女の姿は彼女の腕の中から消えていた。


 少女から目を離したのは、スマホを見やり、どこか電波が繋がる場所はないかと頭上に掲げたりした、僅かな一瞬。


 その一瞬の間に、彼女に一切気付かれることなく少女の姿は消え、重さが消え、冷え切った感触は消え……少女に着せていたジャージすらも──その時であった。



 ──助けて。


 声が、した。



 ──助けて


 原理は分からないが、姿も気配もないのに声だけは聞こえる。



 ──お姉ちゃん、助けて


 そう、己へ助けを求める……先ほどの少女の声が。



「……あ~、もう!」



 そして、そんな呼び声を聞いてしまった以上はもう、彼女は無視なんて出来なかった。


 怖いとか、そんな感覚はなかった。第6感的なアレが、このまま行けば危ないよと囁いていたが……彼女はあえて無視して、立ち上がった。



「助けてあげるから、私にどうしてほしいか教えてよ!」


 ──ありがとう



 すると、少女の声は感謝の言葉を伝えると。



 ──こっちだよ



 続けられた言葉と共に、彼女は森の奥より呼ばれている感覚を覚え……そちらに目を向けると。



「……そっちに行けばいいの?」


 ──うん


「よし、分かった。任せなさい。私はこう見えてめちゃんこ強いから!」


 ──ありがとう、おっぱいのお姉ちゃん


「どう致しま──おっぱいは余計だよ」


 ──でも、大きいよ? 


「あれ、もしかしてけっこう余裕あったりする?」



 呼び声を頼りに……森の奥へと進むのであった。




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