第5話: なんだあのでっかいモノ♀
自分のサイズに合わせた、大金を払って用意したオーダーメイドのボテンシャルは、彼女の想定をはるかに上回っていた。
まず、走っても全く弾まない。
これは女……それも、巨乳の領域に入ってから幾度となく思い知ったことなのだが、πがデカいと普通に弾むのだ。
これがまた、日常生活ならともかく、体育などで身体を動かす際には本当に邪魔になる……そのうえ、痛いのだ。
何処が痛いかって、もう色々と。
しかも、普通のブラでもちゃんと合わせたやつなら相応の効果を得られるが、激しい動きを想定していないから、普通にハズれてしまう。
これはよろしくない。
ブラからデデドンと飛び出すπをいちいち元に戻すのは面倒だし、擦れて痛い。そのうえ、周囲の男子たち(女子もだが)の注意を引っ張ってしまってそっちでも危ないから、余計に。
だからこそ、痛みも窮屈さもなくピタッと固定されている感覚に、彼女はとても喜んだ。
……言っておくが、この問題は今みたいなサイズに成る前から、彼女にとっては悩みの種の一つであった事を記載しておく。
小さくてもπは弾むのだが、大きい方が色々と反動がデカい。誇張抜きで、気を抜いて歩くとタプタプ揺れるのだ。
骨や筋肉で固定されているわけではなく、じん帯にて引っ張るように押さえられているだけだから、そりゃあそうだろう。
言うなれば、水風船にゴムを張り付けて位置を固定しているようなものだ。動けば、当然ながら慣性の法則に従って動き回るわけだ。
とはいえ、だ。
男だった時からそうだろうなとは思っていたが、実際に我が身になってみると、そんな考えが甘かった事を思い知るのは記憶に新しい。
なので、ブラだけで五ケタに収まらない金額になってしまったが、彼女はソレを購入した事を一切後悔せず、予備としてもう一着購入しておこうとすら思った。
……で、次に良かったのは、蒸れない事だ。
これはもう、日常的に使用しても良いのではと思うぐらいに快適で……いや、なんか脳内のスイッチが切り替わらないので普段使いはしないが、それぐらいに快適であった。
そう、πは蒸れるのだ。
まあ、言うのもなんだが脂肪だし、常にブラが密着している状態だし、熱がこもるのはもうどうしようもないので諦めているが、とりあえず蒸れる。
特に、下乳や谷間。
ブラを付けると谷間がIの字に見えるようになってからは、嫌でも蒸れを意識させられた。夏場は汗疹との戦いであると、何度思い知らされただろうか。
気功術による免疫能力向上からの汗疹等の自動防止がなかったら、『デケーんじゃワレぇ!』と己のπに張り手をかましていたぐらいには、悩みの種である。
シャツを挟んだり薄いハンカチ挟んだりでカバー出来るが、基本的に面倒臭がりな性格である彼女にとって、いちいち汗を拭く手間が減るのは非常にありがたかった。
「──とまあ、高い金を出しただけの事はあるわけなんだ」
「へえ、そうなんだ」
といった感じの話を、体育の時間にて茶子と黒子に語った彼女は、何とも晴れやかな笑みを浮かべていた。
実際、気持ちは本当に晴れやかである。
中学から使っているスポブラ(これもオーダーメイド)はさすがに色々とサイズが合わなくて苦しく、体育の時間はおおよそ30%ぐらいの力でしか動けなかった。
それが、今の体形に合わせた結果……劇的なんて言葉ではない。
拘束具を解かれたも同然の彼女は、動きやすさを心から体感していた。呼吸する度に感じる息苦しさから開放されただけでも、本当にブラ様々である。
おかげで、先日から体育の時の彼女は絶好調だ。
飛んだり跳ねたりしても、重心が動かない。走る時に上下しないだけでも嬉しいのに、通気性抜群なおかげで蒸れとも無縁……もはや、向かうところ敵なしである。
実際、何をやらせても容易く女子の記録を塗り替えていくわけだから、誇張は無い。
途中から体育教師の目が変わり始め、『……全国、狙ってみないか?』と遠回しに部活動への勧誘を勧められるぐらいなのだから、如何に以前はデバフが掛かっていたかが想像出来るだろう。
……。
……。
…………だが、しかし。
そうして浮かれている彼女は、いや、浮かれているからこそ、とある問題に全く気付いて……率直に言い直そう。
『我、くっそ高いブラ使って快適やねんぞ』
そんなマウント精神を発揮しているからこそ、彼女は、ある重大な問題に気付いていなかった。
「……ねえ、黒子。アレって、麻弥ちゃん気付いていないよね?」
「たぶん……ほら、麻弥ちゃんって変な所で抜けているから」
「でも、普通は気付かん?」
「たぶん、締め付けで苦しまないうえに揺れないまま自由に走り回れるのが嬉しいんじゃないかな……気持ちは分かるけど」
わっはっは、と。
本日は体力測定なので、元気に柔軟をしながら順番待ちをしている彼女を尻目に、茶子と黒子の姉妹は……彼女に聞こえないよう、こそっと話し合っていた
いや、話し合っているのはギャル姉妹だけではない。
少し離れたところで同じように測定を行っている男子たちもそうだが、待機している女子たちも彼女を見ては、思わずといった様子で近くの人にコソコソっと囁き合っていた。
いったいどうして……それは、現在の彼女自身の姿。すなわち、他の人達と同じく体操着を身にまとっているわけなのだが。
「……私、体操着があんなにパンパンに膨らんでいるの、初めて見たんだけど」
「マジそれ。ボール入れてんのかってぐらいにパンパンじゃん」
「揺れないのは揺れないけど、位置がズレないせいで余計に目立っていることに気付いていないのは麻弥ちゃんらしいけどさ……」
「しかも、盛り上がった分を合わせているから、余った裾とかズボンの中……なにアレ、二等辺三角形じゃん」
「締め付けて押さえないやつだと、あんだけ大きくなるんだね……私たちも平均よりはデカいけど……ねえ?」
「うん、麻弥ちゃんを見ていると、なんかあたしらが貧乳になったような気がするよね」
コソコソと、姉妹で囁き合うその内容に誇張は一切含まれていなかった。
実際、浮かれている彼女を尻目に、ババーンと前に突き出している体操服の胸元は、この場において誰よりも、何よりも目立っていた。
背丈が有ったならばともかく、平均より少し低め。なのに、グラビアでも早々見掛けないレベルの大ボリュームπである。
そのうえ、デカいのはπだけではない。ケツだって一目で分かるぐらいに大きいのに、半ズボンから伸びる足は細い。
というか、細さという一点で何よりも周囲の視線を引いたのは……腰である。
──うぉぉぉぉ!!! っしゃあ! 6m越えじゃい!
──細間ぁ! 陸上で世界を目指してみないか!?
──目指さないよ! アタイはビッグな女になるからね!
──細間ぁ!? お前なら日本、いや世界を狙えるんだぞ!
──興味ないから他を当たればいいよ!
──ほ、細間ぁ!!!
やべー記録をサラッと生み出しているのも大概だが、ギャル姉妹のみならず、『せ、世界なんだぞ(涙)』と項垂れている体育教師以外の目は……ペラリとめくられた彼女のソコを見ていた。
彼女は、何事にも本気である。
授業の体力測定に誰よりも全力で挑んでいるがゆえに、他の生徒たちよりも息が乱れ、圧倒的に汗だくになっている。
だから、噴き出した汗を無造作に、それでいて無頓着に体操服の袖やら裾で拭っているのだが……当然ながら、丸見えである。
同性ですら見惚れてしまうような、くびれた腰や腹回りが。
無駄毛はおろか、日焼けの痕すら全く見られない、キュッとしまった腰に、ツルツルな腹。
そして、特注ブラの下乳部分……どころか、全体の6割ぐらいが見えている。
服越しにも分かっていたが、ブラ越しのそれは……誰もが二度見してしまうぐらいにデカかった。
「…………」
「…………」
男子も女子も、思わず言葉を失くす。
男子の中には臆せず女子に声を掛ける者もいるが、場の空気があまりに違い過ぎて、どうしたら良いか分からないまま。
女子もギュンッと目を向けた後で視線を下ろし、足元が普通に見える現実に目を細め。
ギャル姉妹を始めとして何人かが、声を掛けるべきかと考えたが、あまりにあっけらかんとした様子なので迷ってしまい。
そんな、誰も彼もがどうしたら良いか分からないまま……体力測定は続いてゆく。
そわそわ、そわそわ、と。
年頃の男子(一部女子)にとっては目に毒過ぎる姿を露わにしながらも、当人だけは気にするどころか一向に気付いた様子もなく。
(──っ!? ぱ、πが邪魔で、ゆ、指が届かないだと……!?)
(うっ、おぅ、いかんぞ、このブラは駄目だ、仰け反れない! 盲点だ、仰け反るようには出来て、く、苦しい!!)
今度は逆に、そのπの為に用意した特注ブラが逆に邪魔になってしまい、地面からπを離すことが出来ず、逆にその大きさが強調されてしまったり。
「──しゃあ! おらぁぁああ!!! (握力60kg)」
「細間ぁ! 行こう、世界へ! おまえなら
「すまねえ、先生! アタイってばそういうの間に合っているから!」
「ふぉああああ──!!!! (涙)」
小学中学と特に専門的なトレーニングをしたわけでもないナチュラルスペックで、既に日本トップクラスへと到達している逸材を前に、体育教師が両手を突いて咽び泣いていたり。
そんな、傍から見れば『え、何やってんの?』といった感じで引かれそうな光景も、いずれは終わりが来て。
「ふぃぃ……あっつぃ……」
「ま、麻弥ちゃん、ブラが透けているんだけど……」
「え、ああ、大丈夫、着替えるから」
「そ、そういう問題で終わらせて良いのかな……」
パタパタと、体操服の裾をパタパタとはらって体温を逃がしている彼女を尻目に、周囲は実に困った有様であった。
萎びたホウレン草のように気落ちしている体育教師に、吸い込まれてしまう視線を何度も何度も戻している男子。
そして、色々と別格過ぎてもう何が何だか、嫉妬する気力も無く呆然とするしかない女子たち。
そんな、例年通りに行われた体力測定は、例年通りとは言い難いグダグダな終わり方をしたのであった。
……。
……。
…………ちなみに、授業後の更衣室にて。
「ふぃぃ……疲れた……」
気の抜けた溜め息とは裏腹に、着替えるスピードは滅茶苦茶速かった。まあ、時間の猶予が無いのもあるが、それでも速かった。
わざわざビニール袋に入れて直前に用意した濡れタオルでパパッと全身の汗を拭った後、シャツもブラも全部替えてしまう。
乱れた髪もパパッと整え、衣服の交換完了。他の女子たちの大半は、まだシャツに着替えたところであった。
その際、コロンを太腿の内側に1プッシュ。
この間、わずか1分強という早業であり、ギャル姉妹たちは、相変わらずの早着替えを感心した目で見ていた。
「麻弥ちゃん、本当に着替えるの早いね……手の動きが見えなくて笑えてくるんだけど」
「そう? 慣れれば誰でも出来ると思うけど」
「いや、無理っしょ。ものすっごい勢いでおっぱいバルンバルンさせているのに、なんでそんな素早いんすか……?」
「黒子くぅん……人を化け物か何かみたいな目で見てくるの、止めてもらえます?」
ギャル姉妹から向けられる称賛の皮を被った畏怖の言葉に、彼女は顔をしかめて否定した。
けれども、当然ながら、彼女がやっていることはだいたい一般人には無理な事であり、この早着替えも無理な範疇である。
いや、まあ、練習すれば出来るのは本当だ。
ただ、それは、一連の着替えだけに特化した場合という前提での話に過ぎない。
とてもではないが、彼女のように直前まで体力測定で全力を注いだ後で出来ることではない。
それが出来たとしたら、もうその時点で『誰でも』の範疇から外れた存在であり……まあ、どちらにしろ、現状では彼女以外には出来ないことであった。
「……ところでさあ、麻弥ちゃんは断って良かったの?」
「ん? なにが?」
さっさと着替えを終えた彼女が待っていると、茶子よりそう尋ねられた。
「ほら、特待がどうとかってやつ。あんだけ運動神経良かったら、それこそスポーツ推薦で早稲田とか行けたりとか……って思って」
「はっ? 麻弥ちゃん、早稲田行くの? 超高学歴じゃん」
「いや、行かねえよ」
テンションを上げる黒子に、彼女は手を振って否定し……グッと、片手でガッツポーズをした。
「なにせ、私はビッグな女になるからね。今は、それよりも先にしたいことがあるんだよ」
「したいこと? 例えば?」
「例えば……金持ちになる! 金持ちになって、こう、セレブみたいなことをするのだ!」
「…………」
「…………」
「あ、その時は安心するといい、セレブになった私は心が広いからな、ちゃんと二人もセレブな豪邸に招待してやるぞ、カニカマじゃなくてカニを食うぞ!」
「…………」
「…………」
「……二人とも、どうしたんだ?」
自信満々に胸を張ってそう宣言した彼女に、ギャル姉妹は揃って目を見開き……唖然とした様子で、彼女を見やった。
「な、なんだ、急に黙って……何か反応してくれないと、ちょっと困るぞ」
そんな二人の反応に、何か二人の気に障るようなことを言ってしまったのかとちょっと背筋を伸ばす彼女……を、尻目に。
「黒子……前から思っていたけど、マジで麻弥ちゃんって可愛い子だよね」
「マジそれだよお姉ちゃん。半端ねえ能力持ってんのにコレって、前世でどんだけ得を積んだらこんなに可愛いのになれるん?」
「それは私が聞きたいよ、黒子……」
しみじみと、二人で肩を寄せ合って囁き合っていて。
「…………?」
ワケが分からず、彼女は困惑して首を傾げるばかりであった。
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