第6話: 難題『「アタイ、You〇〇〇〇で稼ぐから」と言われた家族の心境』



 ──ビッグな女になる。



 そんな思いと共に迎えたGWだが……ぶっちゃけ何をしていたかって、大して何もしていなかったというのが実情であった。


 それはまあ色々な理由があるわけだが、一番大きな理由は『お休みだから』だろう。


 そう、彼女……普段から色々と考えているくせに、学校生活から解き放たれている連休中は、なんとダラダラゴロゴロと過ごしていたわけである。



 もちろん、一歩も家を出なかったとかいう出不精というわけではない。



 連休を利用して競馬で荒稼ぎはしたし、ギャル姉妹に誘われて遊びにも行ったり、映画をハシゴしたり、遊びに来ていた弟の友達たちの性癖を壊したりとか、色々やっていた。


 それって四六時中遊んでいただけでは……そう疑う者はいるだろう。だが、安心してほしい。



 実際にそれが正解で、それだけだから。


 とはいえ、それを責めるのは酷というものだ。



 何故ならば、だ。



 そもそも、男だった前世の記憶を持つとはいえ、その前世の記憶は平々凡々な一般市民だった男の記憶だ。


 つまり、誰かに雇われて働き、給料を得てささやかな幸せを楽しんでいた男の記憶であり……ぶっちゃけてしまうと、金稼ぎという一点においてはそこまで役に立たないのだ。



 とはいえ(その2)、完全に役に立たないのかと言えば、そういうわけではない。



 これまたもちろんの話だが、それ以外の部分ではまあまあ役に立っているし、実際にそれのおかげで得した経験はいっぱいある。


 なにせ、元男だった精神があるわけだから、女として生きているだけでは、ほぼ理解出来ない男の情緒というものが理解出来る。


 これはまあ、彼女にしか分からない部分であるが……これを理解しているか、していないかで、色々と変わるわけで……っと、話を戻そう。


 とにかく、前世というアドバンテージを持っているとはいえ、金稼ぎという一点においては大して役に立っていないのが現状だ。


 実際、彼女がこれまで行ってきた金稼ぎだが、色々考えたとはいえ競馬しか選択肢が残っていない辺り、察せられるというものだ。


 株やらネット通貨やら先物取引やら、パッと考えただけでも幾つか思いつく。



 しかし、そのどれもが彼女が持つ能力では関与出来ない。



 シャツを捲ってπを出せば銘柄が跳ね上がったりナイアガラしたりするならともかく、電子の海を前に、彼女の類稀なπは役立たずでしかなかった。


 というか、仮にそんな事が出来る能力が得られていたとしても、彼女はそんな手段は取らなかっただろう。



 何故なら、彼女の精神性は凡人。



 己の行い一つで何百人何千人という者たちが首をくくってしまうような事を出来るほどには非情には成りきれなかった。


 後は、今生の己は両親から愛情を注がれて育てられていると自覚出来るぐらいには恵まれていると……思っているからこそ、そういう性売買に手を出す気持ちは皆無であった。


 かといって、儲けを出せる程の実力(知識含め)があるわけもなく、実力をカバー出来る悪魔染みた度胸があるわけでもない。



 そもそも、能力で色々と反則が出来るだけで、彼女自身の地頭はそこまで良いわけではないのだ。



 いちおう小学校中学校高校入試とほぼほぼトップの成績を叩き出してはいるものの、そんなのは前世の知識……そういえばこんな解き方だったなという予習が出来ているおかげである。


 言い換えれば、予習範囲から外れてしまえば、人知れず履いている彼女の下駄が脱げてしまうも同じであり、肉体年齢相応の実力が出てしまうというわけで。



「……転売は止めよう、赤字になって終わる未来しか出てこない」



 6月に入り、徐々に陽気な日中から蒸し暑い日中へと変わり始めている最中……自室にて、彼女はそう呟いて項垂れていた。


 彼女の眼前……そこに置かれたテーブルの上には、×印が記された紙切れが数十枚ほど置かれていた。


 『株』、『先物取引』、『ネット通貨』、『不動産』、『競馬』、『転売』、『闇バイト』……等々など、思いつく限りの金稼ぎ方法が記されていた。


 一部に○印が見られるものの、ほとんどに×印が記されたソレは、今後出来そうな金稼ぎに対して彼女が出した……いわゆる、合否判定というやつであった。



 合否の基準は、そんなに難しいことではない。



 単純に、己の良心をクリアしたうえで、リスクとリターンが見合っているかどうか、だ。


 リスクは低いがリターンが少ないのは論外。かといって、ハイリスクではあるがハイリターンというのも論外だ。


 前者はリスクこそ無視出来るがアルバイトと同等の賃金しか得られないし、後者は実入りこそデカくとも、下手に露呈してしまうと人生が破滅しかねないリスクがある。


 さすがに、人生切羽詰まった状況ならばともかく、だ。


 まだまだ体力気力に満ち溢れ、活力精力が一晩でフルチャージする16歳の今、それらを選ぶ理由は何一つない。



 ……ちなみに、『転売』を選ばなかった理由も、単純に儲けを出せられるような要領の良さが己にはないと思ったからだ。



 そう、最初の一人になるならともかく、ちょっとネットで調べれば幾らでも転売(正確には、転売ヤーと呼ばれる人たち)への悪口が書き込まれているのが現状だ。


 そんな中で、今さら何の策も知識もコネもなく転売に手を染めて、はたして儲けが出せるだろうか。


 何がどう売れるのかなんて分からないし、そもそも、飽きっぽい今生の己が毎日ネットに目を凝らして商品を物色し続けるなんて出来るだろうか。


 正直、無理だな……と思ったからこそ、彼女は素直に首を横に振ったのである。



「ん~……競輪や競艇まではさすがに物理的に手が足りないし、宝くじとかは……いちおう他の人よりも当てられる可能性は高いけど……的中率は低いしなあ」



 しかしながら、う~ん、と。



 彼女は、唸りながら考える……そこで諦めてしまったら、そもそもセレブへの道は途絶えてしまうからだ。


 いちおう、競馬にて毎週(平日を含めれば、もっと)ある程度の資金を稼ぐことが出来てはいるが……正直、彼女はこれを成功とは思っていない。



 何故なら、競馬はあくまでもギャンブルだからだ。



 気功術を用(もち)いて馬たちの状態を馬以上に把握しているおかげで高い的中率を維持しているが、ハズレる時は普通にハズレる。


 収入という面では安定性に掛けるし、デカく掛けるのは緊張で心臓がもたないし、だいたい、持続性が無いからやめてしまうとそこで収入が途絶えてしまう。



 それは、駄目だ。



 やはり、セレブな暮らしに大事なのは不労所得……寝ていてもお金が入ってくる素敵なシステムを構築することだ。


 けれども、その第一歩となり得るかもしれない株やらネット通貨やら不動産やらは、初手から頓挫してしまった。


 これはまあ当人のセンスとか色々あるが、理由として一番大きいのは……ごめん、やはりセンスが無いせいだ。


 株は、どの銘柄が上がって下がるのかサッパリ分からない。シミュレーターでは満点取れたが、それが逆にヤバいと判断して手を引いた。


 ネット通貨も同様に、どれを保持しておけば良いのか分からない。これもアプリのシミュレーターを試してみたら全部倍になったので警戒心を発揮し、手を引く。



 不動産に至っては、もうアレだ。



 手続きやら知識やらを理解するまで時間が掛かりすぎるし、そもそも戦後間もなくならともかく、現在の美味しい土地なんて99.9%ぐらいは抑えられているといっても過言ではない。


 あとは、鉄道開通やら都市開発やらが所有土地にて行われるといった偶発的な幸運に賭けるぐらいだが……そんなの宝くじと変わらないので、却下である。



「はあ~……永続的とまではいかなくとも、一回何かしたら一年ぐらいお金が入ってくるおいしい仕事ってないもんかなぁ……」



 結局、何時ものように起死回生な一手を思いつけないまま、彼女はカチカチとネットの動画サイトにて金稼ぎ系動画を見回るぐらいしか出来なかった。



 ……。



 ……。



 …………ん? 



「待てよ……動画配信、か」



 そうして、ふと……動画を見ていた彼女は、脳裏を過る閃きに軽く目を見開いた。


 そう、そうだった。


 動画配信……そうだ、そういうのがあるのだ。前世でも、そういう分野でスポンサーを付けたプロが大勢いたじゃないか。



(そうだよ……今生の私は美人として生まれているのだから……アレだ、画面映えするんじゃないのか?)



 どうして、今の今まで選択肢にすら入っていなかったのか。


 それは前世の記憶がだいたい悪い。


 具体的には、そういう事をするのは基本的に陽キャであり、陰キャの己がやるのはむなしい結果に終わるだけだという先入観があったせいだ。


 しかし、それはあくまでも先入観でしかない。


 だいたいはちょっとしたキッカケで解けてしまう程度のモノで……実際、『そういえばアタイってば美人じゃん!』と思い出した程度で解けた。



(ふむ……行けるんじゃないのか? 映える? バエる? よく分からんが、美人なだけでとりあえず動画をクリックしてくれる層は一定数いるし……)



 と、なれば、彼女の頭にはもう動画配信をしないという選択肢は……とはいえ、それでもいきなりフルスロットルかといえば、そんなわけもない。



(一度でもエロで釣り始めたら、もうエロ以外で動画が開かれる可能性はまず無い……心情的にも嫌だから、そういう路線は止めよう)



 男だった前世の記憶があるからこそ、分かる。


 一度でもエロ目的で見るようになった配信動画からエロを抜いたら最期、その後も継続して動画を見ようとする者は激減する。


 エロ目当てに見ているのにエロを消してしまったら、『あ~、そっちに行くのね』と判断して離れてしまうのだ。



 逆もまた、しかり。



 一度でもエロに走れば最後、そういうのを求めていない層は、その人の動画を再び見ようとは思わないからだ。


 前述した通り、彼女は金の為なら股を開く女ではない。同様に、金の為にπを開放する女でもない。



 なので、彼女は調べる。



 そういうエロで釣らずに配信者として成功している者たちの事を……そうして、調べていて……彼女は知った。




 ──ガチで成功しているやつら、エロなんてほぼ出してないじゃん……と。




 偶発的にそういった部分が見えてしまったのならばともかく、トップ50まで遡っても、それを全面的に推し出している配信者は1人もいない。



 つまり……内容次第によっては、狙える? 



 トップ100とまではいかなくとも、トップ1000のどこかに入り、そのまま上へ行けるのでは……そんな考えが、彼女の脳裏を過った。



「──イケる」



 直後、彼女はパンと膝を叩いて意気揚々と立ち上がり──その場に腰を下ろした。



「……何をやったら良いのだろうか?」



 取らぬ狸の皮算用というやつで……どうしてか既に勝ちを確信している彼女だが、まずはそこを決めねばならんと先に気付いただけでも良しとしておこう。


 で、早速考えるわけだが……参考のために再生回数の多い動画を視聴していく最中……ふと、思った。




 ──あれ? なんかレベル高くね? と。




 気功術とか魔法とか反則技が使える彼女だが、万能ではない。


 地頭はどう頑張っても秀才の域を越えない彼女は、マグレでも天才の領域を踏み越える事は出来ない。


 つまりは、再生回数何千万とかいうレベルの動画に多い、超絶技巧や超絶能力を用いた超絶な諸々なんて出来そうにないのだ。



 ……いや、まあ、気功と魔法を使えば似たような事は出来る。



 しかし、現状彼女が習得出来ている能力では、そこまで精密な真似は出来ない。精密ってのは具体的に言うと、楽器の演奏とかそういうのだ。


 つまりは、テクニックの真似は出来ないのだ。


 じゃあ何が出来るかって、それはパワー&スピードだ。


 拳で鉄柱に凹みを作ることが出来るし、重量挙げの世界記録なんて即日塗り替えられるし、100mだって8秒台も楽勝である。


 しかし……仮に、その方面で頑張ったとして……その先に、彼女が思い描くセレブ生活があるだろうか。



(野球選手とか、サッカー選手とか、トップ層になると年棒何億とか何十億とかって聞くけど……今の私、女だしなあ)



 加えて、コレだ。


 前世もそうだったが、今世ですら、女子プロで何億何十億貰っている選手の話を聞いた覚えがあまりなかった。



 まあ、仕方がないのだ。



 プロスポーツの収入源は、兎にも角にもスポンサーだ。


 はっきり言うと、スポーツも客商売なのだ。そして、スポンサーに付いて貰うためには、客に来て貰う必要がある。


 そして、スポーツというのはだいたいの場合、女プロよりも男プロの方が、規模が大きく報酬も多い。


 理由は単純、そっちの方が客入りも人気もあるからだ。


 もちろん、逆の方が人気なスポーツはあるし、人気が無いから両方とも実入りが少ないスポーツだっていっぱいある。


 なので、見方を変えれば女プロの世界はある意味ではブルーオーシャンなのかもしれないが……それがそのまま収入に直結するかといえば、そんなわけもない。



(ん~……しかし、気功術の最大のアピールポイントである力と速さが使えないとなると、魔法……いや、どうせCGとか疑われて終わるのがオチだな)



 かといって、魔法に関しては下手に露見してしまうとヤベー状況を引き起こすから迂闊に出せない。


 腕の立つマジシャン、あるいはCGクリエイター扱いされたら御の字だが……それはそれで、ずっと騙し続けるのも大変だなと……ん? 



「これは……廃墟探索?」



 それは、何か手頃なモノはないかなとカチカチとページをスクロールしていた時に、ふと目に留まった動画だ。


 内容は至ってシンプル、『廃墟となった建物や、今は使われていない場所を探索する』というものだ。


 動画の時刻は夜で、場所は……伏せられているが、山奥の廃村だろうか。


 どうやら、そこを夜中の内に見て回るという、ある種のホラー系動画らしいが……彼女の注意を引いたのは、動画内容よりも……動画の再生回数である。



「ほう……50万ですと?」



 それは、トップ層に比べたら蟻のような回数だが……それでも、今の己が出来る中では最良の……それはもう、打って付けといっても過言ではないナニカに見えた。



「──決めた!」



 パチン、と太ももを叩いて立ち上がった彼女は……たぷんと胸を揺らしながら宣言した。



「アタイ、ここでトップに立ち、億万長者になる! そんで、セレブっぽく……デパ地下で値段を気にしない強者になるぞ!」



 そうと決まれば、さっさと動くに限る。



「もうすぐ夏が来る……暑い夏にホラーはピッタリだと相場は決まっているらしいからな、勝ったなコレ!」



 パパパッと、そういった場所へ向かう際に持っておくと便利な道具を片っ端から調べて保存しながら……彼女は、ぬふふふ……と、ほくそ笑むのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る