第3話: 格の違いってやつを思い知りました(byギャル)
──人間、何時になっても初体験というやつは胸がドキドキするものである。
それは、二度目となる高校1年生の入学式であっても、社会の荒波に比べたらそよ風程度の……いや、止めよう。
学校というのは、言うなれば社会の縮図である。
そう簡単には避けられないコミュニティ、金銭的な理由からおいそれと動くことも出来ない環境、そして、ある意味では法律が働かない場所。
負けた者はどこまでも我慢を強いられ、勝った者はどこまでも晴れやかな日常を送れる……それを前世で知っていた彼女は、そんなにおちゃらけた気持ちにはなれなかった。
なにせ、彼女は知っているのだ。
一度でもそうなってしまったら最後、そこから這い上がる手段は皆無。集団心理によって、『アイツには何をしてもよい』と思われてしまえばもう、転校以外に逃げる方法が無い。
それを防ぐには、『力』だ。教師など、当てにするのが間違いなのだ。
ナメた態度を取ったら、ヤバい。対等に接しなければ駄目だと思わせる必要がある。
悲しいかな、上に立つ者ほど、そういう暗黙の了解を無意識に理解している。理解しているから、それが出来ないヤツを雑に扱うし、その事を当然だと認識しているのだ。
(まあ、いざとなれば気功でも魔法でも何でも使えば良いのだ……我最強、やられる前にやるというのは、世界のスタンダードである!)
ゆえに、彼女は……少なくとも、己が誰かに対して能力を使う事には一切躊躇するつもりはなかった。
真面目が美徳なんてのは、強いから美徳になるだけなのだ。
弱者の美徳なんていうのは、強者から都合よく搾取出来るように大人しくしておけという話を表面だけすり替えたに過ぎない。
彼女は、前世でその実例を嫌というほど見ていた。
だから、彼女は……ナメられたら証拠を残さず徹底的にボコボコだぞと覚悟を固めつつ、意気揚々と……今日から毎日通う事になる『1―A』教室の扉を開けたわけであった。
──とはいえ、だ。
初めて見る教室だが、前世の記憶ゆえに覚える淡いデジャヴュ。真新しい制服と若々しさ溢れるフレッシュな顔立ちばかりで、ちょっと元気を貰ったわけなのだが。
一つだけ、想定外の事が起こった。
(……なんかめっちゃ見られているような?)
同じ中学から来ているならともかく、だいたいは互いに初対面……なので、教室に入ってくる同級生に対して、いちいち視線を向けるのは想定していた。
しかし、それを抜きにしても……あまりに注目され過ぎじゃね、と彼女は思った。
男子も女子も、区別無い。
チラチラ、チラチラ、こそこそ、こそこそ、っと。
大なり小なり己を見て来るし、顔見知りと囁き合っている。
それらから感じ取れる雰囲気に悪意はないのでスルーするが、彼女が並みのメンタル(つまり、前世の記憶無し)だったら、思わず肩を丸めてしまうぐらいの重圧だ。
で、とりあえず……指定された席に座る。
けれども、視線の量は変わらない。いや、むしろ、対象が動かなくなったことで余計にジロジロと視線が集まり……う~む、と彼女は内心にて溜息を零した。
……言っておくが、気のせいではないし、自意識過剰でもない。
何故なら、彼女は己が美少女だという自覚をしているからだ。
これは実際に女(それも、美形の)になったからこそ強く実感していることなのだが、女というのは本当に周囲から注目される。
良いか悪いかはともかく、それが原因で、女というのはそういった感覚が非常に敏感である。
逆に、男の場合は良くも悪くも注目されなさ過ぎる(当然、一部を除く)ので、女のそういった感覚に疎いのだが……話を戻そう。
とにかく、彼女は実際に中学生になった辺りから、それはもう身を持って『見られる』という行為を体感し続けてきた。
何故なら、彼女は美人だからだ。
そのうえスタイル抜群で、顔立ちも、どう贔屓に見ても周りに威圧感を感じさせるモノではなく、むしろ、可愛らしいと思われてしまう温和な方向だ。
なので、見られる。
そりゃあもう、膨らんだπもそうだし、膨らんだケツもそうだし、あちこちチラチラと見られまくってきたし、今も現在進行形で見られまくっている。
そこに、男女の区別は無い。
これもまあ、女になって初めて分かったことだが、女だって同性の目立つπはめっちゃ見てくるし、何なら同性だからと、男なら一発セクハラレベルでめっちゃ見てくる人もいる。
(う~む……見てしまうのは仕方がないとはいえ、さすがにコレが毎日続くとなるとちょっと嫌だな……)
正直、不快と聞かれたら不快と答えるが……これも、美人に生まれた宿命かと思い、彼女は内心にて苦笑するだけに留めておくことにした。
むしろ、初対面の相手に馴れ馴れしく接して来るヤツがいなくて良かったとすら思ったのは……いや、まあ、それはそれとして、だ。
……。
……。
…………何事も無く指定の時刻になった頃には、用意された席が全部埋まる。後は、1年間担当してくれる教師が来るまで待機……といった感じだが。
(う~む……あいうえお順というやつか……よし、なんかモテなさそうなヲタクが来てくれて一安心だ)
両隣があまり異性とは縁がなさそうな女子になっていることに、彼女は内心にて安堵のため息を零した。
いったいどうして……これはひとえに、彼女の容姿が原因である。
具体的には、駆け引きと
いわゆる、恋の駆け引きと諍いである。
これがまた、彼女にとって非常に面倒臭いのだ。
頼んだわけでもないし、求めたわけでもないのに、周りが勝手に彼女の一番になろうとバチバチやり合うわけだ。
親しくなりたいわけじゃないのに、いちいち馴れ馴れしくスキンシップを図ろうとしてくる男子(トップカースト勢)。
明らかに彼女自身が拒否しているのに、何故か『上から見ている』とかいう謎の嫉妬(笑)をぶつけてくる女子。
もう、面倒臭いなんてレベルじゃない。
誇張抜きで彼女自身は何一つ動いていないのに、どうしてか彼女の方から迫っているとかいう話になっているのを知った時は、思わず笑ったぐらいだ。
有ること無いこと噂は立てられるし、男子に見つからないような嫌がらせは当たり前だし、陰口は言われ過ぎて感覚がマヒした。
その中でも一番厄介事を招くのは男子からのアプローチで……それ以上に厄介なのが、男子たちの大半が無自覚だという点だ。
これがまあ、考え出すとけっこう複雑なのだ。
まず、男が関わってきて良かった事は一度としてない。しかしそれは、けして男だけの責任というわけでは……っと。
「──全員いるね、それじゃあ最初の出席を取るから、呼ばれたら返事をするように」
ツラツラと考え事をしていると、担任がやってきた。
事前に話を聞いてはいたが、初日
(……ヨシッ! まずは一安心!)
その姿を見た瞬間、彼女は内心にて安堵のため息を零した。
担任は30代ぐらいの男性であった。
あまり特徴らしい特徴はないが、強いて挙げるならば、理由さえ有れば状況に応じて受け入れる柔軟性を持っている……的な性質を、彼女は彼の気質から感じ取っていた。
そう、実は、彼女は気功術の応用で相手が自覚すらしていない性質や精神の揺れを、感じ取る事が出来る能力を有している。
コレのおかげで、彼女は初対面の相手であろうとも、己に害を成す可能性のある相手をシャットアウト出来るのだ。
まあ、これはこれで色々と気苦労はするものの、危うきに近付く(近づいて来られても)前に気付くことが出来るので、彼女は結構重宝していた……っと。
「──細間麻弥」
「はい」
名前を呼ばれた彼女は、サッと返事をする。
戦いはもう、始まっている。
ここで変にまごついたりアピールしたりすると、ランクを一つ下げかねない。出来る限り簡潔に流すのが基本で──。
「……細間、おまえ、その制服はどうしたんだ?」
──と、思っていたのだが、そうならなかった。
言われて、彼女は首を傾げる。
周囲から向けられる視線を鉄壁のメンタルにて堪えつつ、彼女は……率直にどういう意味かと理由を尋ねた。
「いや、遠目にも分かるぐらいにサイズが合っていないからな。1サイズぐらい大きめなのを買うやつはいるが、そこまでブカブカナサイズを着てくるやつは初めて見た」
「……もしかして、駄目なんですか、これ?」
「駄目ではない。だが、高校は義務教育の場ではない。半日だけとはいえ、集団生活というものを学び、TPOの感覚を養う場でもある」
「あ~……」
「だから、体形に合わない制服が原因で不利益を被っても学校側は配慮しないし、ファッション目的でサイズを大きくしているなら、悪い事は言わん……買い直すことを勧める」
言われて、彼女は素直に『1から10まで正論……!』と、納得した。
実際、現在の彼女の格好だが……一言でいえば、二回りも三回りもブカブカな制服を身にまとっている状態だ。
当然ながら、余った袖口は小さな指先までも覆い隠し、肩周りはまるでパットを入れているかの如く浮いている。
裾もその分だけ長いから、スカートの半分近くを……いや、よく見るとスカートも一回り以上大きい。
新入生等は成長を見越して1サイズ大きめの制服を用意してくるとはいえ、これでは子供が大人用を着ているかのような……担任が首を傾げるのも当然であった。
……けれども、彼女にはこのサイズでないとならない理由があったから、買い直すという選択は取れなかった。
「いや、先生……これにはちゃんとした理由があるので、このサイズじゃないと駄目なんです」
どんな国、どんな場所でも出る杭は打たれるものだが、こういう目立ち方はマズイ。杭を打とうとする側なんて、理由は何でもよいのだ。
事実、気功術によって彼女だけは感知していたが……既に、1人の女子が『こいつ調子にのっているな』といった感じの不快感を抱いている。
ここで下手な対応を取るのは駄目……後でやり返せるとはいえ、出来るならそうならないのが一番なのだ。
「そのサイズじゃないと……? もしかして、姉のお古を仕立て直したとかか?」
「あ、いえ、そういうのじゃなくて、純粋に、アレなんです」
「アレ、とは?」
とにかく、特注の制服ではなく、あくまでも体形に合わないサイズを着る必要性さえ担任に理解して貰えれば。
それを受け入れられる柔軟な頭をしているのは、既に分かっていた彼女は……特に隠す事もなく、キッパリと答えた。
「私、純粋にπがデカいんです」
……。
……。
…………直後、彼女へ返されたのは……沈黙であった。
まあ、そうなるのも仕方がない。
ここが病院等の診察室だったならばともかく、学校の……それも、だいたいが同い年の子ばかりが集っている場所だ。
つまり、人生2周目である彼女ならばともかく、この場に居るのは思春期真っ只中な多感な時期の少年少女しかいない(担任除く)。
そんな場所で、いきなり……当人にとっては取るに足らない事実を話しただけだとしても、この場においては中々にぶっ飛んだ発言ではあった。
「──なので、普通サイズだとボタンが留まりません。ボタンが弾け飛ぶどころか留められないので、ガチで駄目なんです」
もちろん、彼女もそれを口走った瞬間、やっちまったと自覚はした。
とはいえ、ここで変に黙ってしまうのもな……と思った彼女は、そのまま言葉を続けたのであった。
「……そ、そうか。それなら仕方がない……か」
すると、たっぷり5秒程沈黙が続いた後で、担任はしばし視線をさ迷わせた後で了解し。
「その……だ、いじょうぶなのか、その……色々と……」
直後、言葉を濁しつつもそんな事を口走り……瞬間、スーッと担任の顔色が青ざめてゆくのを彼女は見た。
その気持ちを……彼女は、痛い程よく分かった。
同じ男だった時があるからこそ、分かる。本当に、何の下心もなく、思わず純粋に心配したのだろう。
なにせ、彼女は成人した女性ではない。まだ年齢16歳(または15歳?)の未成年であり、これから大きくなる少女だ。
いくら近年の子は栄養状態の改善から発育が良くなったとはいえ、限度というモノがある。
6歳7歳で初潮が来たらホルモン異常等の病気を疑うのと同じく、担任の脳裏を過ったのは『まさか、病気じゃないよな?』という疑問であった。
「あ、病気とかは大丈夫です。医者に診てもらいましたけど、純粋に大きいだけだから何の問題もないらしいです」
「そ、そうか……分かった、ありがとう」
そして、そんな担任の言葉にしていない部分を能力にて把握していた彼女は、あえて言葉に……担任が省略していた部分を声に出したのであった。
……。
……。
…………そうして、だ。
入学式がある初日は授業も無く、翌日から始まる授業やその他諸々の設備に関する注意事項の説明を終えた後、この日は解散となった。
もちろん、彼女は即座に帰宅一択である。
中学時代にも友人はいたが、その友人が惚れた相手が、彼女に惚れている事が発覚してから疎遠になったきり、ボッチであるからだ。
まあ、それが無くとも、基本的に人付き合いというやつが下手くそな方であると自覚している彼女は、もっぱら誰かと遊ぶという習慣がない。
もう、下手に誰かと遊んで『恋の駆け引き(騙し合いもあるよ!)』みたいな事が起きるのは真っ平御免なのだ。
そんな事よりも、己の身に備わった様々な能力の練習を行い、それをどのように用いてビッグな女になるのか……そういう事を考えている方が楽しかった。
「──細間さん、ちょっといい?」
なので、この時も同じようにさっさと帰ろうとしたわけだが……その前に待ったが掛かってしまった。
声を掛けて来たのは……何だろう、いわゆるギャル系と呼ばれる風貌の女子だった。
しかも、二人。薄ら茶髪のギャルと、真っ黒なギャルだ。
どちらも、クラスにいたら男子たちのテンションが密かにちょっと上がるぐらいには整った容姿(スタイルも良い)であった。
いや、まあ、人数は関係ないが、とにかく声を掛けられた彼女は、見るからに『はよ帰りたいのだぞ』といった様子を一切隠さずに振り返った。
「さっきのさ、ほら……おっぱいの話なんだけどさ」
そこまで話した辺りで、ギャル……面倒なので、茶髪の方をギャル1号、黒髪をギャル2号……の、ギャル1号は、キョロキョロと教室内を見回した後……顔を寄せて来た。
『そのサイズじゃないと収まらないって、ガチなの?』
耳を寄せれば、両手で作られたメガホンの向こうからコショコショと、そんな質問をされたので。
「全部ガチだよ」
普通に、答えた。
その瞬間、一瞬ばかり教室内が静かになった……ような気がしたが、彼女がそっちに注意を向けるよりも前に。
『……その、どれぐらいデカいの?』
そう、尋ねられた。
見やれば、二人とも興味津々といった様子で……説明するのも拒否するのも色々と面倒臭くなった彼女は、二人の手を引いて他の人に見えないように背を向けると、制服のボタンを外して前を開いた。
「デッ……かくない?」
直後、二人は思わずといった様子で目を見開き……面食らった様子で互いに顔を見合わせていたが……行動は早かった。
ギャル2号(黒髪)が覗かれないよう彼女の背後を見やり、ギャル1号(茶髪)が「じゃ、じゃあ……触るね」と、恐る恐る手を伸ばし……シャツのボタンを一つ外し、手を突っ込んだ。
「…………」
「……ど、どう?」
無言のままで手を止めているギャル1号に焦れたのか、ギャル2号が感想を尋ねてきた。
「……デカい」
「ど、どれぐらい?」
「マジでデカい。ズシッと重い、めっちゃ柔らかいのに弾力もヤバいしスベスベ……え、これ、マジ? 腰細くない? ものすっごい感じでクビレてない?」
その感想を受けて、ギャル2号へと交代し……同じように、開かれた隙間へと手を突っ込めば。
「──デッ、カッ!? え、マジでこれ!? え、これでウエスト細いのにコレ!? 麻弥ちゃん、スタイルやばくね!?」
1号と同じく、信じられないといった様子で目を見開いたのであった。
……。
……。
…………ちなみに、二人は周囲に聞こえないよう声を潜めてはいたのだが。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
教室にまだ残っていた男子のおおよそ全員の動きがちょっとばかりぎこちなくなったのは……まあ、仕方がない事であった。
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