第2話: A,B,C,D……E!?(中学一年の夏)



 ──違和感というか、予感というか、予兆というやつは確かにあった。




 細間麻弥という名を与えられた彼女が、ソレに気付いたのは小学5年の終わり……具体的には、小学6年生へと進級を果たしてすぐの頃だった。


 いったい何がって、それは……胸の膨らみだ。


 太って胸も膨らむとか、男だった時の感覚とはまるで違う。要所に肉(意味深)が付き始めていたが、それとは別格……というより、明らかに局所的に膨らみ始めた事に気付いた。



 いわゆる、第二次性徴期というやつで……これに合わせて、生理というやつも始まった。



 知識として知っていた(賢い彼女は自分でも調べた)が、実際に自分の身体に起こった時は、何とも言い表し難い感慨深さを覚えていた。


 最初の頃は、それだけだった。言うなれば、変則的な追体験みたいなものだ。


 これが前世の記憶とかも無く、初めて尽くしの体験だったら、彼女も動揺してしばらくナーバスになっていただろうが……まあ、アレだ。



 前世込みなら、体感的には半世紀以上は生きているのだ。



 それだけ生きれば色々と経験(前世の話)しているわけだし、そういう女特有のアレが起こり始めても、『あ~、そっか、そろそろだよなあ』という程度の驚きでしかなかった。


 記憶が戻った当初ならばともかく、もうその時点で物心ついてから10年に届くか届かないかの女の子生活……さすがに、『お、おっぱいが!?』みたいな驚きも全くなかった。


 それは、世の女性の大半が悩まされる月経に関して、ほとんど悩まなかったおかげでもあるだろう。



 と、いうのも、だ。



 体質も関係しているだろうが、それ以上に、この時期に合わせて開花した能力……『気功術』のおかげで、生理に伴う諸々の問題を軽減させることが出来たのだ。



 ──特に、出血した部位の修復、副次的な効果として、痛みを始めとした体調不良に関しては効果覿面こうかてきめんだった。



 生理に伴う物理的な問題に関してはどうにもならなかったが、それでも、『ちょっと今日は腹痛いかな?』といった程度で済み、平均で見たら滅茶苦茶軽い部類にランクイン。


 ホルモンバランスの乱れや体調不良、貧血などとは無縁であり、朝に始まってもその日の夕方には終わるぐらいには……生理の苦しみとは無縁であった。



 ……それよりも、だ。



 困ったのは……膨らみ始めた胸(つまり、乳房)への対応だ。


 これはSNS等で事前に情報を仕入れていたので覚悟は出来ていたが、成長段階の乳房というのは色々と敏感で不用意に触るとけっこう痛い。


 特に、シコリというか芯みたいなものが奥にあるのだが、それを押すと息が止まってしまうぐらいに痛く、夜はチクチクと痛くて寝つけない時もあった。


 なので、当初はそれも気功術で和らげようと思ったわけだが……上手くいかなかった。



 原因は不明だが、生理にてきめんだった気功が、ほとんど効果が無かったのだ。



 いや、おそらく効果は出ているのだろうが、肝心の『痛み』に関しては実感出来るほどの効果はなく、一時は起きている間、ずっと胸へ重点的に気功を掛けていたぐらいに辛かった。


 結局、他の人達と同じくブラ等で守り、ある程度成長して治まるまで対症療法的に耐えるしかなかった。



 ……。



 ……。



 …………で、まあ、もしかしたら、この気功が原因の一端を担ったのかもしれないが。



 彼女が明確な変化に気付いたのは、中学に上がって最初の夏。



 実質人生2周目であるせいか、一部のクラスメイトより目の仇にされているせいか、ぼっちな夏をどう過ごすべきかと悩んでいた……そんな頃。


 何時ものように風呂に入り、エアコンが付いているとはいえ蒸し暑さを誤魔化せないことにちょっと辟易していた彼女は……何気なく鏡を見た瞬間、ふと、思った。



 ──あれ? なんかデカくね? っと。



 薄々気付いて無視していたのかもしれないが、違和感は、両手で己の胸を掴んだ瞬間……確信へと変わった。


 はっきり言おう……掴みきれないぐらいのサイズだった。


 ちょっと指先が届かないとか、自分の手が小さいかもとか、そんなレベルじゃない。


 指と指の間から、もにゅっと乳がはみ出る。パッと手を離せばプルンと揺れて、両手で皿を作って掬えば……しっかりと重さが掌に伝わってきた。



『え、おま……違くない!? 前と違くない!? 君ィ!?』



 思わず、鏡の中に居る自分へと怒鳴った彼女は……とりあえず、パパッと汗を拭って着替えを済ませ、部屋へと直行。


 その際、なにやら弟がバッと顔を背けたのが視界の端に映ったが、構う事無く戻り……それから、姿見の前で改めて確認した彼女は……理解した。



 やっぱり……デカくなっている、と。



 成長期だし、背も伸びているし、自分のおっぱいなんぞ見慣れ過ぎてスルーしていたが、デカい。ケツも相応にデカくなっているような気がするが、それ以上にπがデカい。


 まだ中学1年生だというのに……正直、我が事ながら彼女はドン引きした。



 しかし、それは突然の話ではなかった。 


 思い返してみれば、兆候はあったのだ。



 これまで着ていたシャツが小さくて着れなくなったり、ブラが合わなくなって何度か買い替えたりなど、身体はしっかりアピールを続けていた。


 その事から目を背け続けたのは、彼女自身。


 目を逸らし続けたところで、ドドンと張り出したおっぱいを消すことなんて出来るわけもなく……彼女は、堪らず姿見の前で頭を抱え──そして、閃いた。



 ──そのうち、身長がデカくなって釣り合うだろう、と。



 幸いにも、小学生の時に比べて乳房の痛みは軽くなっている。後は、気功のアシストを得てホルモンバランス等を整えれば……もはや、向かうところ敵無し。


 大きくなってしまうのを避けられないのであれば、他が育つまで待てば良いだけなのだ。


 そう、結論を出した彼女は、何時ものように気功術にて全身を整えた後……とりあえず、自分用に取って置いたアイスを取りに向かう事にした






 ……。



 ……。



 …………そうして、気付けば中学を卒業して高校1年生の、春。



「はあ……メンズ用XLサイズとか、男だった時だって一度として着たことがないというのに……」



 いそいそと、苛立ちを込めて投げ付けたワイシャツを畳んでベッドに置いた彼女は、箪笥より新しいシャツを取り出した。


 念の為にと用意しておいたのだが、やはり、必要になった。


 袋より取り出した新品のソレをさっさと着ると、制服を着る。そのまま着ると両手とも袖口の中に納まってしまうが、学生服も3ランクぐらい大きいやつなので、今更だ。


 そうして……前後左右、変なところが無いことを確認した彼女は、ヨシッと気合を入れて部屋を出る。



「あ、おはよう」

「──お、おはよう」



 すると、たまたま同じタイミングで部屋から出てきた弟と目が合って……そっと外された視線に、彼女は内心にて苦笑した。



(中学生の時なんて、思春期大爆発だからなあ……家族とはいえ、異性が気恥ずかしくなる時期か……)



 前世の時には兄こそ居たが姉妹が居なかったので、いまいち感覚が分かり辛い……が、それでも、一度は経験しているから、弟の内心が手に取るように分かる。


 これはまあ、アレだ。


 反抗期の一歩手前……見方を変えれば、『部屋に入ってくんな糞ババア!』の亜種みたいなもので、誰もが一度は通る道だ。



「大介、今日は朝練あるの?」

「いや、まあ……朝練じゃなくて、友達と……」

「……? ふ~ん、それじゃあ、私はもう行くね」

「あ、ああ……行ってらっしゃい」

「行ってきます」



 なので、特に気分を害することもなく、彼女はそう言って弟に手を振って横を通り過ぎると、さっさと外に出て……今日から通う事になる学校へと向かった。



 ……。



 ……。



 …………ちなみになんだが、弟の紹介を済ませておこう。



 弟の名は、大介だいすけ。彼女より2歳年下の中学2年生であり、現在はサッカー部に所属している。


 ルックスは……女子の基準などサッパリなので分からんが、家族目線としては整っている方では……といった感じである。


 性格は、まあ己が知る限りは思春期特有のぶっきらぼうな面はあるが、総合的に優しいといった感じだろうか。


 少なくとも、まだクソ生意気な反抗期に差し掛かってはいない、可愛い時期の弟だ。


 中学生にもになった弟を可愛いと称するのは、当人が知れば些か気分を害するだろうが……それも仕方がないのだ。



 だって彼女は、前世において弟か妹(次点で姉)が欲しかったからだ。



 なにせ、前世では人をこき使う事しか考えていないゴミ屑みたいな兄しかいなかったうえに、その兄とは確執があった。


 前世の己よりも要領が良かった兄は、他人の印象を操るのが上手いうえに、事あるごとに弟(つまり、彼女の前世)を利用して人気を集めていた。



 それは、前世の両親とて例外ではない。



 口ではどちらの味方に付かないような事を話していたが、『あんたが素直に話さないから、みんな迷惑するんだよ』と言われた時からずっと……と、話を戻そう。


 とにかく、弟or妹が欲しかった彼女にとって、念願のソレは……色々あるが、とにかく可愛くて仕方がないという想いしかなかった。


 で、その大介だが……中学生とはいえ、幼い頃から走り回っているうえに部活動に励んでいるからなのか、背は高い。



 言っておくが、彼女が低いわけではない。



 とにかく、背が高いということは、彼女よりも少し目線が高いわけだ。


 まあ、それが何なのかと言われたらそれまでだが、具体的に言い直すと、だ。


 視線を下げると、制服やワイシャツの隙間というか……こう、ドーンと前に突き出たおっぱいの存在感を目視するわけで。



(ふ~む……やっぱり、コレに視線を吸い寄せてしまうか……まあ、アイツもそういう時期に差し掛かって来ているし、これからは気を付けよう)



 家族とはいえ、一番多感な時期……駅へと小走りで向かう最中、たゆんたゆんと揺れる胸をチラリと見やり……苦笑するしかなかった。






 ……。



 ……。



 …………一方、その頃。



 出遅れたわけではないが、結果的に姉を見送る形になった大介は……誰も居なくなった廊下にて一人、難しい顔をしていた。


 いったいどうして……それはまあ、はっきり言うと、だ。



「……姉さん、マジやべぇ……前から思っていたけど、やっぱりデケェ……」



 思春期特有の、ちょっとしたドギマギ……つまりは、綺麗な姉の姿を見て胸を高鳴らせてしまった、というわけだ。


 これはまあ、ちょっとした事でも反応してしまう思春期特有なので責めるのは可哀想な話だが、別の意味でも、そうなってしまうのに仕方がない面があった。



 それは何かって……具体的には姉の、もはや暴力的と言っても過言ではないぐらいに整った容姿である。



 大介自身、自分の容姿に関しては、高くは無いけど低くはないだろうという程度に自信は持っていた。


 しかし、そんな自信も……姉を見ていると、粉々に砕け散ってしまう。


 なんというか、嫉妬する以前に、格の違いというやつを認識させられるせいだろう。



 まず、顔が良い。純粋に、顔が整っている。



 可愛いとか綺麗とか、そういう話じゃない。とにかく、美人なのだ。


 見ていて飽きないというか、眺めていれば眺めているほど新しい発見を見つけてしまいそうな……そんな美貌なのだ。



 次に、スタイルが良い。これはもう、姉弟の贔屓目抜きに、凄い。



 目立つのはとにかく胸だが、それ以外もヤバい。


 ネットとかで時折こそっと流れてくるグラビアアイドルを比べて、『姉と比べてスタイル悪いなあ』と思うぐらいには、ヤバい。


 それに、当人の気質がそうさせるのか、妙に庇護欲を誘う。


 なんと言えば良いのか、意外とヌケた部分があるからだろうが……自分より年上だとは分かっているのに、俺が傍に居ないと駄目だなと思わせてしまうのだ。


 家の中(正確には、自室にて)ではけっこう油断するおかげで、余計に強く思わされている大介は、如何に姉が色々な意味で規格外なのかをよく知っていた。



 そして、何よりもヤバいのが……匂いだ。



 アレはもう、言葉で説明出来る事ではない。


 とにかく、良い匂いがする。甘い匂い、女の子特有の匂い、というやつだろうか。


 姉曰く、『化粧とかそういうのは使っていない』という話らしいが……それならそれで、余計にヤバいのだ。



 なんて言えば良いのか、傍に居るとクラクラしてくるのだ。



 血の繋がった姉弟であるうえに、物心付いた頃からの慣れがあるからこそ、大介は耐えられているが……ぶっちゃけ、平気ではない。


 だからこそ、大介は不安で堪らなかった。


 中学の先輩もそうだが、『高校生になったら彼女作る!』と意気込んでいる友人たちがけっこういる。


 もちろん、それは大介とて例外ではない。しかし、だからこそ、考えてしまうのだ。


 実際に、自分たちと同じ気持ちで高校生になった男子たちが、姉を見て平気な顔をしていられるだろうか? 



(……だ、大丈夫、だよな?)



 ぶっちゃけ、姉は見た目通りの人物ではないので、万が一は起こらないだろうが……それでも、心配してしまうのを、弟である大介は抑えられなかった。








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