第1話: アタイ、ビッグな女になる!
──どうして彼ではなく、彼女として転生したのか。
その原因を簡潔に語るならば……それは、神様の配分ミスというか、神様の価値観が原因であった。
具体的には、神様には雄雌の違いなんて取るに足らない違いであり、言うなれば、どっちでも同じ人間では……というのが基本的な考えであった。
そんな神様に、あれやこれやと要望を出せば、どんな結果が生まれるのか……結果は、ごらんの通りだ。
おそらく、神様は男と女の区別が付いていない。
だが、それを責めるのは神様に対して失礼というか、そもそも、お門違いというやつだ。
そもそも、異種婚姻とか同性婚姻とか神様関連の逸話でけっこう聞く話だし、男も女も構わず食っちまううえに、ポコポコ産み落とすような神様だっているわけだし。
……これに関しては、どうしようもない感覚の違いが原因だろう……と、彼女は諦めた。
(ふおぉ……まさか、365日毎日違う女とニャンニャンするハーレム計画が、初手でとん挫する事になろうとは……!)
しかし、諦めたにしても、名残惜しさというか、後悔にも似た悔しさが滲み出て来るのを彼女は抑えられなかった。
いや、だって、ハーレムである。
ヤルかヤラないかは別として、男でも女でも一度ぐらいは妄想する話を、とりあえずは望んだところで罰は当たらないだろう。
と、思っていたのに、まさかのコレである。
これから叶うぞと期待した直後に、コレである。
上げて落とされる、この辛さ。とてもではないが言葉では言い表せられず、小学校へと通っている間……彼女は、ずーっと転がりたくなるような悔しさを堪え続けていた。
ちなみに……だ。
記憶が戻ったからといって、彼女はヘマをしたりはしない。あくまでも、記憶は記憶、後から貼り付けたパッチのようなものだ。
ある意味、神様へ出した要望が予期せぬ形で作用しているのかは分からないが、とりあえず、トイレする時にドキドキして緊張する……なんてことはなかった。
まあ、少し考えれば当たり前だろう。
いくら男だった記憶があるとはいえ、女として物心ついてから6年近い記憶もしっかり根付いているのだ。
いまさら、自分の股を見たところで思うところなどない。
せいぜい『あ~……男の目で見ると、こんな感じか』という程度であり、感覚の違いにちょっと戸惑っただけで、それも1,2時間ぐらいで慣れた。
ソレは、ソレ。
コレは、コレ。
そんな感覚を当たり前のように身に付けていた彼女は、そつなく見た目通りの女児を演じ切り……今日は用事があるという友達に言い残し、急いで帰路に付いた。
「……や、やはり、無い。何度見ても、やっぱり無い……!」
そうして、彼女はベッドへと入り、スカートをめくって……鏡を片手に、己の股間をじっくりと観察した。
──そこに、ブツが無いのは既に分かっていた。
排泄する時もそうだし、日常的な動作を含めた、ちょっとした違いは常々認識させられていた。
けれども、もしかしたら……生えてくるかもしれないと、そう、考えてしまう。
実に大雑把な神様ではあったが、懐の深い神様なのは変わらない。午後には伸びて来るかも……そんな淡い期待を捨てきれなかったのだ。
「うっわ、キモッ……」
なので、藁にも縋る(藁など見えてすらいないのに)思いで確認したわけだが……結果は、己の股に鎮座する亀裂を見た感想が全てであった。
いや、まあ、だって、仕方ないだろう。
男だった時は、たかが粘膜に胸を高鳴らせて血眼になりそうなぐらいに興奮したものだが、いざ、女としての感覚で見れば……ふ~ん(白けた眼差し)でしかなかった。
というか、むしろ、キモいとすら……あ、いや、キモいというのは内部の部分の話だ。
見たまま、感じたままを語るのであれば、瞬間的な感想は、『思ったより柔からい』であり『なんか湿っている』であって、それ以上でもそれ以下でもない。
だって、皮膚だもの。
知識として内蔵に触れる事が出来るのは知っているが、見た目はピタッと閉じた皮膚である。デリケートな部分ではあるけれども、皮膚の延長でしかなかった。
それに、だ。
これは男だった時も同じなのだが、そういった感覚に目覚めていない限り、いちいち自分の股間を触ったりとか弄るなんてことはしない。
だって、汚いし。
いや、本当に、性欲が無かったら小便臭いソコをわざわざ弄ったりなんてしないし、実際、今世において彼女は排泄時以外で触るようなことはほとんどしなかった。
……で、それらを踏まえたうえでの感想が、『うっわ、キモッ……』であった。
「の、伸びたりは……しないよね?」
何処からどう見ても女性器とセットで付いてくるアレにしか見えないソレを、指で「──っ!!??」突いた瞬間、彼女は目の前で火花が散ったかと思った。
──気持ちいい?
──そんなわけがない。
激痛、そう、激痛だ。ズッキーン、と背筋が凍るような悪寒の直後、脳天までビリビリと痛みが走った。
男ならどこかで経験する(と、思われる)通過儀礼……初めて剥けたシモの棒を、覚悟も何もせずに触ってしまった時が近しいだろうか。
いや、感覚だけなら、男だった時よりも数倍強いと思った。
多少なり痛みを想像していたが、実際は想定よりもはるかにヤバかった。具体的には、誇張抜きで跳ねた手がベッドに当たり、色々な意味でパニックになったぐらいであった。
「そ、そうだよな……初めて剥けた時だって、時間を掛けてちょっとずつ慣らしたよなあ……!」
ズキズキと、手首と股間の痛みが去るのを堪えながら、彼女は己に言い聞かせる。
不幸中の幸いというべきか、弟は学校帰りに友達と公園に遊びに行くのがここ最近の日課であり、母親はパートに出てて居なかった。
これでもし、どちらかが在宅していたら、不審に思って顔を覗かせに(特に、弟は走って来る)来るところだった……で、だ。
(と、とりあえず、ここは迂闊に触らない方がいいか……でも、女が掛かり易い病気って多いらしいから、避けては通れん……)
ひとまず、そうやって己を納得させた彼女は居住まいを正して……改めて、姿見の前に立つ。
……。
……。
…………何度見ても、惚れ惚れするぐらいの美形だ。
今度は服だけを脱いでパンツ一枚になり、改めて姿勢を正して見やれば、それが更によく分かった。
何がどう美形なのかを上手く説明出来ないが、とにかく、整っているのだ。
各種パーツの大きさに、位置。骨格のバランスや長さ等、とにかく、ケチを付ける場所が思いつかないぐらいに、全部が綺麗で。
仮に己が男で要望通りにハーレムマンになっていたら、真っ先に声を掛けてお近づきになっておこうと考えるぐらいに将来有望な美少女が、そこに立っていた。
しかし……残念なことに、そこに立っている美少女は他人ではない。
どれだけ美形であろうと、どれだけ将来有望であろうと、どれだけ特定の性癖の人に突き刺さったとしても。
それが、自分自身であるならば、何の意味も無い。
ぶっちゃけ、自分の顔を見て興奮するような性質を備えていない彼女にとって、それら全ては宝の持ち腐れでしかなかった。
(……これ、どこまで要望が通っているんだ?)
加えて、気になるのは……この世界に転生する前に神様が話していた内容だ。
『全部を叶えられるわけではない』
『叶えられる願いは叶えるが、調整する』
『その世界のバランスを崩すようなのは無理』
だいたい、この三つ。
正直、思いつく限りを片っ端から口に出していたから、自分がどんな要望を出したのかまでは覚えていない。
とりあえず、容姿端麗で身体能力抜群で地頭が良く、東大とかそういう難関大学をスラスラっと通れるぐらいに賢い頭を希望したのは覚えている。
後は、切った張ったのない平和な日常に、前世と同レベルぐらいに文明が発達して生活水準が整っている環境……の他に、似たような願い。
後は、これが出来たら格好良いよなという感じのやつがちらほらで、覚えているのはそれぐらい……言い換えれば、ほとんど覚えていないに等しいわけだ。
なにせ、パッと思い出す限りでも50個以上は要望を出したわけで……正直、ハイテンションのままに要望を出してしまったことに、彼女は後悔した。
いや、もう、本当に彼女はその場に両手を突いて後悔した。
だって、こうして冷静になって考えれば……うっすらと思い出せる限りの要望ですら、この平和な世界では使い道のない要望がけっこう多いのだ。
たとえば、オーラ的なアレの、
たとえば、呪文的なアレが心をくすぐる、魔法と呼ばれる能力。
たとえば、サイコキネシスとか、超能力と呼ばれる能力。
出典は当然ながら漫画だったりアニメだったりで、拳でいけ好かないやつワンパンで倒せたら格好いいじゃんっていう軽いノリで要望を出した……わけなのだが。
──今だから、はっきり言おう。
そんなの、有っても使い道が無い。ていうか、下手に露見してからの異端扱い→見世物コースの流れに乗ると、ガチで人生詰む。
だって、お約束じゃないか。
能力を制御出来ず、うっかり露見してしまうって話……ストーリーにおける鉄板みたいなものじゃ──いや
、待て。
「──まだだ、まだ放り出す段階ではない」
その瞬間──彼女は、己の脳裏を走る閃きに身震いした。
「それこそ、お約束じゃないか……制御出来ない力を制御させ、人生を豊かにするなんて話は……!!!!!」
そう、そうなのだ。
持って生まれた能力を制御出来ずに不幸な幼少期を送るなんてのは、漫画やアニメなどではありふれた話だ。
しかし、見方を変えれば、だ。
そういう作品はだいたい、物語後半へ行くに従って制御出来るようになるのがお約束。
それどころか、別の能力が開花して、序盤は雑魚でも後半は頼れるキャラクターなんてのも定番中の定番だ。
そう、まだ諦めるには早いのだ。
現時点では不明でどうなるか分からないにしても、前世と似た感じしかしないこの世界において、そこまで大それた能力が開花するとは思えない。
だって、テレビとかネット(今時、小学生でもネットに触れるのだ)とかでは、そういう話を一切聞かない。
そういうのが話題に出ても、一言目には『え、本当なの?』、二言目には『胡散臭い』……こりゃあもう、前世とほぼ同じような世界と思った方が良いぐらいなのだ。
「体質だって成長に伴って改善するぐらいだ……そのうち、何かしら良い感じの能力でも目覚めたら、もうこっちのモノだ!」
ゆえに、彼女は……将来に向かって勝利宣言をした。
ハーレムの道は途絶えたが、何も人の欲望は一つではない。金持ちになって色々やるとか、その、ほら……色々とやりようがあるわけだ。
もちろん、彼女とて馬鹿ではない。勝算だって、ちゃんとある。
あくまでも感覚的な話だが、分かるのだ。
それは、言うなれば今は選択取得出来ない、灰色文字状態のスキル(つまり、使用出来ない)といった感じだろうか。
今の己は、言うなれば卵から
いずれ大きく成長して鶏になるのと同じく、己もまた成長に合わせて、様々な能力が目覚め、扱えるようになるということに彼女は気付いていた。
「──やるぞ! アタイ、ビッグな女になって金持ちになって……その、色々とセレブな事をするぞ!」
ゆえに、彼女は……何の疑いもせず、己の未来に向かって誓ったのであった。
……。
……。
…………そうして、時は流れ……中学を卒業し、高校生となった彼女……
神様に願った要望の一つなのかどうかはさておき。
大病に罹ることもなくスクスクと成長を続け、勉学にも励み、運動にも励み、健康優良児として、評判の美少女として。
当初の目論み通り、様々な能力に目覚めた彼女は、その大半の能力を自由自在に制御出来るようになっていた……のだが。
時刻は、朝。
かつて住んでいた家より引っ越し、1人部屋が与えられてから、早2年……入学式を前に、彼女はまずワイシャツ姿の具合を確認していた……わけなのだが。
──ぱん、と。
四苦八苦しながら止めたボタンが一瞬にして弾け飛び、中のブラがシャツから飛び出して露わになったのを見やった彼女は……堪らず、叫んだ。
「ビッグな女になるって、そういう意味じゃないから!」
それは、おおよそ6年以上にも渡って溜められた渾身のセルフツッコミでありながら、己のビッグに育った二つの膨らみに対する怒りでもあり。
「ていうか、我ながらデカすぎでしょ! 何食ったらこんなにデカくなるんだよ!!!」
思わず──消音魔法が無かったら家中に響いていたぐらいに大きなセルフツッコミを行いながら……今しがた着ていたワイシャツを、鏡に向かって投げつけたのであった。
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