第11話 彼は毒入りだとわかっていて食べた

 私達はナーゼの案内のもと、急ぎ騎士団の宿舎に向かった。

 真っ直ぐ医務室に向かえば、ベッドに横になっている青年の姿が目に飛び込んでくる。

 彼がファルなのだろう。

 ファルの傍には軍医の姿もあるんだけど、彼は不安そうな表情をしたままファルの様子を窺っていた。


「ファル!」

 シュレムが半泣きになりながら、彼の傍に行き声をかける。

 だが、彼はそれに反応することなく目を閉じ苦痛の表情を浮かべていた。


「陛下、姫様」

 私達に気づいた軍医が深々と頭を下げた。


「良かった。姫様が来てくれて……正直、私は毒物に関しては専門外なので不安だったんです」

「状態はどう?」

「大分落ち着きました。ここに運ばれて来た時は、のたうち回っていましたから。こちらが患者の症状と投与した薬です」

「ありがとう。見させて貰うわ」

 私は渡されたカルテを眺めていく。


 症状はめまいに頭痛、それから嘔吐など……

 症状や投与された薬などを確認しながら、毒物が何かを推測した。

 ある程度まで絞れるけど、クッキーを見た方がはっきり特定できるだろう。

 その方が解毒剤も作れるし。


「治療は適切だと思います。このまま様子を見ていてくれますか? 私は毒が入ったクッキーを分析し、毒と犯人について調べます」

 私はカルテを軍医に渡しながら言う。

 すると、彼は「承知いたしました」と受け取りながら頭を下げる。


「ねぇ、ナーゼ。クッキーはどこにあるの?」

 私がそう尋ねると、副騎士団長のナーゼは二階を指さした。


「彼の部屋に。今、ご案内を」

「お願いするわ」

 私はナーゼに案内され医務室から廊下に出て突き当たりの階段を上った。

 上は騎士達の部屋になっているらしく、複数の扉が廊下に沿って窺える。


 ファルの部屋は案内されなくてもすぐにわかった。

 なぜなら、部屋の前には規制のためにロープが張られ、部屋の前には見張りの騎士が二名ほどいたからだ。

 騎士達は私達に気づくと、深々と頭を下げると紐を取って中にいれてくれた。


「おじゃまします」

 私はそう言いながら室内に入って辺りを見回す。

 室内はベッドや本棚、机が置かれているんだけど、本棚にはシュレムに聞いたとおり花言葉の本が窺えた。


「これか……」

 机上には布が敷かれているんだけどその上にはクッキー、それからリボンがある。

 どうやらこのクッキーに毒が入っているらしい。

 床に食べかけのクッキーが落ちている。

 クッキーの傍には、封筒が置かれていた。


(封筒の封は切ってあるから、一度開けたのね。差出人は……)


 私は手袋をはめると、封筒を手に取って差出人を確認する。

 封筒は真っ白。つまりは無記名だ。

 仕方が無いので封筒の中を確認すれば、便箋が入っているのが窺えた。


「何が書いてあるのかしら?」

 手がかりになるかもしれないと便箋を取り出して確認すれば、「結婚おめでとうございます」と書かれていた。

 文字が柔らかいのでもしかしたら女性が書いたのかも。


(ん? 封筒の中に他にも何か入っているわね)


 封筒の中に細長い紙が入っているようで、私はそれを取り出した。

 どうやらそれは栞らしい。

 シロツメクサとシレネの花で作った押し花の栞。


(かわいらしいわね。シロツメクサとシレネの花なんて。たしか、花言葉は――)


 私はふと気づいてしまう。

 これに込められているメッセージに。


(私の推測が当っているかはクッキーを食べればわかるんだけど、絶対にリヴァイス様怒るようなぁ。私も「もう食べません」って言っちゃったし)


 私はちらっ扉付近を見た。

 そこには捜査の邪魔にならないようにリヴァイス様やミリア達が待機している。


「リヴァイス様」

「ん?」

「ちょっとだけいいですか?」

「何を? ……って、まさか椿っ!」

 私は返事を待たずにクッキーを一枚手に取り口に放り込んだ。

 当然のことだが、「椿!」というリヴァイス様の怒号と、「またですか!?」というミリアの半泣きな声が聞こえたんだけどそれは予想済み。


 口の中で咀嚼すれば、広がるのは炭のような苦み。

 クッキーって普通は甘い。この苦みなら普通は違和感に気づき飲み込まずに吐き出すはず。

 でも、彼は食べた。ということは、つまりは――




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