第7話 私に毒はまったく効きません
どうするか迷った結果、私は紅茶を一気飲みすることにした。
勿論、貴族達が眉を顰め出したのは言うまでもない。
一国の姫が紅茶を一気飲み。
端から見れば下品な行為。
だけど、私はとある事をたしかめたくてその行動を取ったのだ。
さりげなく貴族達とメイド達などの様子を確認すれば、やっぱり違和感を覚える人物を見つけることができた。
(これまた意外な人物ね)
私はティーカップをゆっくりソーサーに置くと、前を見てにっこりと微笑む。
「美味しかったですわ。熱烈歓迎の毒入り紅茶」
「……は」
私の毒入り紅茶発言を聞き、全員が紅茶を飲んでいる手を止めると目を大きく見開いた。
ほんの2・3秒間が空いたかと思えば、そこから阿鼻叫喚。
飲んでいた紅茶を投げ捨てる者、口元に手を当て青ざめる者……
「ど、毒っ……!?」
リヴァイス様は私の頬を押さえると、顔を覗き込んだ。
顔色などを見るためだと思うけど、その仕草にドキッと胸が高鳴ってしまう。
真っ直ぐ見られ、私は頬が熱くなっていった。
「医者を呼べ!」
怒号のように侍女に叫んだリヴァイス様の声にやっと我に返り、私は慌てて首を左右に振る。
異変に気づいた時に飲むのを辞めることも出来たけど、毒殺犯人の様子を探るためにわざと飲んだのは私の選択。
でも、それがリヴァイス様に心配をかけることになるとは微塵も考えなかったのは私の落ち度だ。
「リヴァイス様。申し訳ありません。私、毒に気づいて全て飲みました。まさか、こんなに心配をかけるなんて。私にとってはただの刺激的な紅茶でしたので……」
「「毒入り紅茶が刺激的な紅茶って正気ですかっ!?」」
突然、私の言葉を遮るかのように二つの声が重なって聞こえた。
なので、私は反射的にそちらを見てしまった。
どうやらそれは一人の騎士と一人の少女の声だったみたい。
赤毛色の三つ編みのメイドと灰色の短めの髪をした騎士が前のめりになっている。
「「つ、つい常識外れな台詞を聞き、職務を忘れて突っ込んでしまった……」」
二人はそう言いながら、がくりと大きくうな垂れた。
それを見て、私は吹き出してしまう。
「あなた達、面白いわ。この緊迫した空気なのに」
私がクスクスと笑えば、二人は「この状況でよく笑えますよね!? メンタル鋼ですか?」とまた叫ぶように言う。
「椿、気持ち悪くないか?」
「ご安心下さい。私でしたら大丈夫です。私は毒姫です。無の毒姫」
「それはみんな知っている。全ての毒を無毒化できる解毒剤を作れる無の毒姫だろ。今はそんなこと関係ない」
「関係ありますわ。私にはもう一つ能力があるんです」
私は震えているリヴァイス様の手を握りしめながら、彼の瞳を真っ直ぐ見て言った。
「もう一つの能力……?」
「えぇ。私に毒は効かない。私のもう一つの能力は自分の体内に入れる毒を無毒化できることです。ですから、無の毒姫」
「本当に大丈夫なのか?」
「勿論ですわ。せっかくリヴァイス様と会えたのに、死ぬわけにはいきませんもの」
私はリヴァイス様を安心させるために微笑めば、彼は体の力が抜けたのか、私の方にもたれ掛ってしまったため急いで抱きしめる。
ずしっと体にのしかかる重さ。リヴァイス様の体は小刻みに震えていた。
それにはさすがに自分で自分を殴りたくなった。
こんなに心配かけるなんて。
「申し訳ありません! もっと早く言うべきでしたわ」
「……椿が毒入り紅茶を飲んだと聞いて、心臓止まるかと思った」
「本当に申し訳ありません。犯人を捜すために飲んでしまいました。おかげで犯人がわかりましたわ」
「え?」
リヴァイス様が体を起こして私を見たので、小さく頷いた。
(さて、そろそろ犯人にはお茶会を退場して貰いましょう)
私は立ち上がると、窓際に向かった。
窓から外を眺めれば、外に植えられている木々が風に揺れているのが目にはいる。
ゆっくりと振り返って、部屋にいる人々を見回しながら口を開く。
「今まで内緒にしていましたが、ご覧のように私に毒はまったく効きません。一つ言っておきます。毒殺するなら無味無臭にした方がいいですよ。ほんの少し苦みがありました。桜乃国の者だから紅茶に慣れていないから、紅茶の苦みだと思うだろうって思ったのかもしれませんが」
「まさか、ここにいるっていうのか? 犯人が」
やたら顔色の悪いブロンセ公爵が聞いて来たので、私は「はい」と元気に返事をした。
すると室内が静寂に包まれてしまう。
無理もない。同じ部屋に毒殺未遂の犯人がいるのだから。
「どうやら空気がかなり悪いですね。少し換気をしましょう。そこの貴女、部屋の扉を開けてくれますか?」
私は出入り口の扉付近にいた侍女に声を掛ければ、彼女は「え、はいっ!」と声を震わせ返事をして扉を開けてくれた。
それを見て私も窓をほんの少しだけ開ければ、ひんやりとした新鮮な空気が入ってくる。
――風も問題ないわね。
心地よい風が頬を撫でる中、私は着物の帯部分から小さな紙を取り出すと、体で隠すようにして気づかれぬように紙を広げて粉を風に流した。
「さて、そろそろこのお茶会をお開きにしたいと思います。ですので、犯人に退場して貰いましょう」
私がそう言ってにっこりと微笑めば、室内が一瞬で張り詰める。
皆、左右の人物を見始めたり、「お前か?」と相手を責めたり、疑心暗鬼になっているようだ。
そんな中。彼だけは違った。
「そもそも、本当に紅茶に毒が入っていたのか? いくらなんでも毒を無毒化できる人間なんていない!」
ブロンセ公爵だ。
彼は真っ直ぐ私の方を見ながら言えば、それを皮切りにどんどん他の貴族達の声があがる。
「ノーザン国に濡れ衣を着せるつもりじゃないか」
「桜乃国の策略だ」
次から次に罵声が飛ぶ中、ロンペル様だけは違った。
猫背気味の背中をもっと丸め、視線を揺らしながら震える手を上げて立ち上がり声を上げる。
「皆さん、落ち着いて下さい。ここは一旦みんな帰ーー」
ロンペル様が場を宥める言葉を言いかけると、いきなり崩れ落ちてしまう。
操り人形が急に挟みで糸を切られたように倒れたので、メイド達から悲鳴があがった。
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