第6話 熱烈歓迎の毒入り紅茶
リヴァイス様は彼を見ると、深いため息を吐き出した。
「……オリクト。お前か」
オリクト。お父様から聞いたことがある。
たしか、ブロンセ公爵。
なんでも自分の娘を国王妃にしたいという野望があり、今回の桜乃国との婚姻にも強く反対していたそうだ。
もしかして、ここにいる貴族達は桜乃国との縁談には反対なのかもしれない。
「今回のこの騒ぎの発起人はオリクトか」
リヴァイス様が眉間に深い皺を刻みながら、苦々しく呟いた。
「桜乃国との婚姻は、議会でも決まったことだ。問題は何一つないはず」
「私どもは認めておりません。桜乃国だなんて! しかも、あの毒姫との結婚だとは。せめてあの美姫として名高い妹姫ならまだしも。そもそもなぜ桜乃国はよりにもよって毒姫を嫁に出すような真似を。きっと我が国のことを格下に思っているに違いません」
ブロンセ公爵の言うように、普通なら美姫と名高い妹姫が婚姻相手だと思うだろう。
でも、来たのは毒姫として違う意味で世界でも名高い姫の方。
なんとなく気持ちはわかる。え、お前が来たの? って。
「申し訳ありません。私で。ですが、桜乃国の名誉のために申し上げるとノーザンの事を格下になんて決して思っておりません」
「椿が謝ることなんてない。俺は椿に縁談を申し込んだんだ」
「「「え?」」」
リヴァイス様を抜いたこの場にいた全員の声が綺麗に重なった。
おそらくこんな奇跡はもう二度と起こらないだろう。
「ちょっと待ってくれ。もしかして、聞いていないのか?」
リヴァイス様がおろおろとしながら私に聞いてきたので、私は大きく頷いた。
そんな話まったく聞いていない。
お父様すら知らないと思う。
だって、あんなに思い悩んで私に話をしたくらいだし。
「おそらく、お父様も存じ上げないと思いますわ」
「どこで話が行き違ったんだ……?」
リヴァイス様が背中を丸めて両手で顔を覆ってしまった。
(リヴァイス様が私のことを指名してくれたなんてびっくり。もしかして、以前会った事を覚えてくれているのかな?)
私がリヴァイス様に聞こうと唇を開きかければ、ブロンセ公爵が先に言葉を発してしまう。
「聞いたぞ、桜乃国の毒姫。そもそも、従者の一人もつけずにノーザンに来たそうだな。従者を付けずに輿入れなんて聞いたことがない。もしかして、毒姫はていよくノーザンに捨てられただけじゃないのか?」
ブロンセ公爵は鼻で笑いながら私に言った。
けれども、私は何も言えなかった。
だって、ここで正直に「暗殺の可能性があるから従者を一人もつけていません」なんて言えるわけがない。
ここでそんなことを言おうものなら、「我が国を侮辱するのか」とでも更に激高しそうだし。
黙った私の傍らで、リヴァイス様がどんどん無表情になっていく。
そのリヴァイス様の様子に、場にいた全員がまるで薄い氷の上に立たされたような表情を浮かべだした。
これ以上何かを言えば氷を割られて冷たい水の中に落とされそうな感じがする。
それくらいにリヴァイス様は怒っていた。
「オリクト」
地を這うようなリヴァイス様の声にほとんどの人が動けずにいる中、とある貴族が「あの……」と、震える手を上げて椅子から立ち上がった。
その人は眼鏡を掛けた猫背気味の貴族なんだけど、「慌てて来たのか?」というくらいに髪がボサボサだし、服装も乱れている。
(誰かしら? まだ、ノーザンの貴族について覚えていないからわからないわ)
首を傾げていると、リヴァイス様が彼の方を見た。
「ロンペルか。もしかして、また今回も無理矢理連れて来られたのか?」
リヴァイス様が手を上げた貴族に向かって言えば、彼は「ヒッ」と小さい悲鳴を上げ、体をびくつかせながら口を開いた。
「えっと、その……」
ロンペルと呼ばれた人は口ごもってしまう。
たぶん、リヴァイス様の言ったことが当たりなんだろう。
だって、隣の人をちらっと見たから。
「皆さん、一旦落ち着いてお茶にしませんか? 桜乃国の姫様も長旅でお疲れだと思いますし……」
疲れてはいないけど、彼の案に賛成したい。
このまま悪い空気のままより、お茶でも飲んでみんなの空気を少しでも変えたいのだ。
「リヴァイス様。私もお茶がしたいですわ」
「すまない。疲れているよな。立たせっぱなしになってしまっていた」
私はリヴァイス様にエスコートされ、席についた。
勿論、隣はリヴァイス様だ。
私を守るかのように、ぴったり寄り添ってくれている。
お茶会開催にメイドや侍女達も準備を始め、それぞれの席に紅茶とお菓子を用意していく。
リンゴタルトは私とリヴァイス様のみで、他の人は焼き菓子のようだ。
桜乃国のお菓子は米粉を主に使う。でも、ここは小麦を使ったものなので、あまり食べたことがないから楽しみ。
飲み物は紅茶。桜乃国は緑茶なのでお茶も違う。
「では、さっそくいただきます」
喉も渇いていたし、私はティーカップを手に取り唇を付けた。
ゆっくりと喉に流し込んで潤わせていく。
違和感と共に――
突き刺すような喉の痛みと苦さ。
これは明らかに紅茶に何か盛られている。
(早かったな。まさか、初日で熱烈歓迎の毒入り紅茶なんて。お父様が知ったら卒倒しそう。おそらく犯人、この中にいるわね。さて、どうやって犯人あぶりだそうかな?)
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