第12話 アークの戦い、ジルの戦い
アークとラシェルは、斜面を駆け下る
パイロンが放つ三本の矢が、その二人の頭を越えてオークに降る
そのうち一本は皮鎧を固定する金属部分にあたったらしくカチッという硬い音を響かせただけだったが、二本は命中したらしい
前の方にいた一体のオークが、その場にしゃがみこみ、そして前に倒れた
列の中ほどにいた一体のオークが立ち止まり、頬をおさえて叫び声を上げる
二体のオークが止まったことでオークの隊列は崩れ、棍棒や剣、ナタや斧など各々の武器を構えてアークたちに向けて歩みを早める
グォォーーッ!
一体のオークが、近くの岩の上に登り、剣を持った右手を高々と突き上げて雄叫びを上げた
オーク達がその声に応えるように雄叫びを上げながら、アークとラシェルに襲いかかる
ラシェルは、ヒラリとオークの一撃をかわしながら、杖でオークの腹部を叩く
エルフの打撃である
非力なはずだが、オークはそのまま叩かれた部分を抑えてうずくまった
さらにラシェルは、その低くなったオークの後頭部を杖で叩きつけた
その打撃でオークは、杖で打たれた以上の音を立てながら顔から地面に叩きつけられる
すぐ後ろから棍棒を振り上げたオークが迫る
ラシェルは、チラと視線をやっただけで後ろ向きのまま杖の先でオークを突く
オークは、吹き飛ばされるように後ろへ倒れ込んだ
ラシェルは、後ろのオークがどうなったのか視線をやることもせずに前に立つオークに杖を向けて牽制した
その全ての攻撃がラシェルの魔法によるものは明らかだった
アークは、剣を振り下ろしてくるオークの攻撃を軽く受け流し、その後ろから続けて斬りかかってきたもう一体のオークの刃を受け止めた
その一撃はゴブリンよりも重く、受け止めて踏みとどまっていても、ジリジリと押される
「アークさん」
パイロンの声が聞こえると、オークの頬と上腕、腹にと三本の矢が立つ
射たれたオークが怯み力が抜けた瞬間、アークは、一気に力を込めて押し返した
オークが離れ、改めて武器を振り上げる
アークは、一歩踏み出してオークに近づくと、オークよりも早く剣を振り下ろした
オークは、そのまま倒れ込んだ
アークは、振り返った
そこには、パイロンの矢を受けたオークに対して大剣を真上から叩きつけるように振り下ろすオウスンがいた
とりあえず二人は大丈夫だろう、安心したアークは、視線を前に戻すと剣を握り直した
少し前の方でラシェルは、オーク二体を牽制しながら一体を叩き伏せている
並ではないことだと思う
同時に負けていられないと自身を奮い立たせた
他のものよりも一回り大きなオークが、棍棒を振り上げて来る
アークは、振り下ろされる棍棒の動きに合わせて後ろに飛び退く
そして、棍棒を再び振り上げられるより早く、オークの横を駆け抜けざまに剣を横へ振り抜き、オークの胸を腕を真っ二つにしていた
その一振りは、普通に振った剣ではあったが、アークにはまるで空気さえ斬り裂いたかのような感覚に襲われた
「油断するな。右だ」
後ろから、ジルの鋭い声が響く
その声に反応してアークが右を見た瞬間、トリーヒの棍棒のような巨大な腕が真横から飛んできた
アークは、防ぐことも出来ずに真横に飛ばされて、近くの岩まで転がった
握った剣を放さなかったのが不思議なほどだ
トリーヒに殴られたアークを激しい衝撃が襲ったはずだが、その鎧の防御力によるものか痛みは殆どなく、飛ばされて転がった影響かフラフラと目が回っただけだった
アークは頭を振りながら上体を起こす
そこへトリーヒがアークを叩き潰すために巨岩の様な拳を高く上げてきた
這うようにトリーヒの横をすり抜けると、そのまま後ろへ回り込んで飛び上がった
トリーヒは、アークがいなくなった場所に拳を振り下ろす
拳は、岩を叩き割り地を揺らした
その後ろでアークは跳んでいた
自身は、勢いをつけるぐらいのつもりでジャンプしたつもりだったが、トリーヒをはるかに越える高さまで舞い上がったのである
しかも、体は自由に動き、しっかりと両手で剣を構えることが出来た
この瞬間、アークは自分以外のもの全てが止まっているように見えた
「いける」
そんな言葉が無意識に口からこぼれる
アークは、自身がどうしてここまで飛び上がることが出きたのかという疑問を感じることもなく、剣を構えてトリーヒに向かって落下する
トリーヒは、ノロノロと反対を向いてアークを探すような気配を見せた
アークは剣を振り下ろし、トリーヒを真っ二つにした
トリーヒは、血を流すこともなくその場に崩れた。土や石で出来た魔物だったのだ
その手応えにアークの気分は高揚し、一瞬、状況把握が遅れた
「油断するなって言っただろ」
その声と共にジルが、アークに近づいてきていたオーク二体を切り倒していた
「すまない」
ジルの叱咤にアークは怒鳴り返しながら、近くのオーク一体を倒して、ジルの近くに立った
「どうして前に出てきた。後ろに下がってていい」
「そうは、いかないさ」
ジルは、竜の牙を抜き空へ突き上げた
竜の牙の刀身が炎に包まれる
「そうはさせん」
頭上から響いてくる声にアークとジルが顔を上げる
そこには、ワイバーンから飛び降り、空中で剣を腰から抜いて構えるイースの姿があった
イースは、落下しながらジルに向かって剣を振り下ろす
ジルは、刀を横に構えてイースの刃を受け止めた
その衝撃で竜の牙を覆った炎が消し飛び、ジルは後ろへ飛ばされた
イースは、そのまま着地するとジルの方は見向きもせずにためらうことなくアークに剣を振り下ろした
アークは、驚きながらもイースの剣を受け止める
しかし、イースは、続けて剣を振ってくる
アークは、それを防ぎながらも叫んだ
「イース、何をしに来た!」
「知れたこと。竜の宝珠を手にするためだ」
二人が切り結ぶたびにカキーンと、金属同士がぶつかり合うのとは少し違う高い音が鳴り響く
「渡さない」
「なぜだ。渡せない理由とは何だ」
イースは、そう言ったが、答えないアークに対して違うことを言った
「ならばアークよ、竜の宝珠が何なのか知っているのか?」
「竜を封印する力」
アークは、答えるのとは違う雰囲気でポツリと漏らした
イースは、一旦後ろに飛び退くと、笑い始めた
「やはりそうか、全てを知っているわけではないのか」
アークは、ジルは何かを隠しているのか?そう思ってジルをチラと見たが、ジルはトリーヒの攻撃を受け流しながら、例のワイバーンの謎の息をひらりとかわしていて、それどころではなかった
イースは、アークの意識がジルの方へ向いたのを見逃さずに斬りかかる
「アークよ、お前達が先程戦ったゴブリンが一体何なのか知っているか?」
アークは、イースが何を言っているのか理解できずに黙ったまま剣を受け流した
「あれは、本来は大地の妖精なのだ。それが、この大地の汚れをその身に取り込んで大地を浄化した為に魔物に成り果てた。それがゴブリンだ」
それは、アークにとっては初めて聞くことだった
アークにとってゴブリンは、ただの魔物であり敵でしかなかった
「ならば、もう一つ聞こう。本来、光を忌み嫌うオークやトリーヒは、なぜ太陽の下に這い出ている?」
確かにアークにはわからない話だった
アークには、オークのような魔物は洞窟の中にいて暗闇を這い回っているイメージで、太陽の下を歩き回るという話を知らない
しかし、そんな理由など考えたこともなかった
「見上げればそこに太陽があったとしても、世界の本質は既に闇のほうが強く、魔物達は、光を恐れなくなったのだ」
「それがどうした」
アークは、そう叫びながらイースの剣を払うのが精一杯だった
「だから私は、竜の宝珠が必要なのだ」
アークは、なんとかイースを止めると、距離をとって睨み合う
「竜の宝珠は、確かにドラゴンを封印する力を持っている。しかし、宝珠が持つその力を逆に開放させることでドラゴンを復活させることができる。それほどの魔法力を持つのが竜の宝珠であり、それさえあれば復活さえできるのがドラゴンなのだ。そして、そのドラゴンの力で世界を浄化し光を取り戻す」
その言葉は、気迫となってアークを圧倒する
「私は、お前の前に立つ理由を語ったぞ。お前はなぜジルに従い、割れ山を目指す。私を否定できるだけのものがあるのか?答えてみろ」
アークは、何も答えられずに黙った
そして、何も考えずに無心で剣を振る
「どうした。やはり答えられんか」
アークは、黙っていた
しかし、その心のなかでは自身が今までジルに思っていたことに対する確信があった
「俺が、ジルに従って北に行く理由なんて簡単なことなんだ」
振り絞るように言葉を発した
「俺は、初めてジルに会ってゴブリンと戦った翌日から、毎日ジルと剣の練習をしてきた。正直、強いよ。百年経ってもジルを超えられる気がしない」
「しかし、いまのジルを見てみろ。俺でもなんとかなるオークを相手に五分の戦いをして、俺が倒せたトリーヒには遅れを取ってるように見える。イース、あんたには押されっぱなしだった。どうしてだか分かるか?」
「ジルは、本当は戦いたくないんだよ。自分の前に立ちはだかる相手であっても斬りたくないんだ。だから、ためらって力を抑えている。それに気づいたとき、決めたんだ。ジルがためらうのなら、ジルの前に立つ敵は、俺が斬ると」
そこまで言い切って、アークは苦笑した
「済まないイース。あんたほどの立派な理由じゃない。でも、俺にとっては十分すぎる理由なんだ」
アークは、自嘲気味に言うと剣を握り直した
「そうか、たしかに大した理由じゃないが、十分な理由だよ。認めるわけにはいかんがな」
イースは剣を握り直した
そして二人は、合わせたかのように剣を振り合う
その二人の様子は、五分と言えるものではなかった
イースの攻撃にアークが防戦に回る
「やはり、力の差は大きいのか」
アークは認めざるを得ない
ファセルでイースを退けることができたのも、単にイースにとって挨拶程度の余興に過ぎず、アークがその実力で出来たことではなかった
そんなことを考えた一瞬が、アークの行動を遅らせた
それを見逃すイースではなかった
イースの振り下ろした一撃は、アークを捉えたはずだった
しかし、その刃は杖によって止められ、逆に弾かれた
イースは、バランスを崩しかけた体勢を整えるために後ろに飛び退くと、忌々しげに吐き捨てた
「また、あのエルフか」
「アークさんは大切な友人です。見捨てられません」
ラシェルは、アークとイースの間に入ると、悠然と杖を地に突いた
「アークさん、あなたの思いと覚悟を聞かせてもらいました。行きましょう」
その言葉と共にアークとラシェルは並び、武器を構えた
ドワーフと魔法使いと…… 井上基一 @motoi1186
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