第10話 森から来た二人
次々と登ってくるゴブリンを抑えているジルではあるが、彼女一人で戦うには限界がある
少しジルから離れた場所に登った数体のゴブリンが、そのまま正面に立つアークに向かってきた
アークは、ゴブリンの持つ棍棒を避けながら、小枝でも振るかの様に楽々と真横に゙剣を振った
ゴブリンは、真っ二つになって倒れ、転がって行く
あまりの手応えのなさにアークは、チラと視線を送ってゴブリンを完全に斬ったのを確認すると、剣を振って血糊を払い、次のゴブリンを睨みつける
睨まれたゴブリンは一瞬躊躇したが、すぐに持っている刃の小さな鎌のような武器を構えて襲いかかる
アークは、剣でそれを受けた
それに合わせるように短剣を持ったもう一体のゴブリンがアークの左から斬りかかる
眼の前のゴブリンを体格差を活かして力任せに向こうへと弾いたが、左側に来たゴブリンへの対応が遅れた
アークが「まずい」と思った時にはゴブリンの短剣が、アークの左腕を捉えていた
その時、キーンという硬い音が響き、アークの左腕の手甲部分が光る
アークの左腕に軽い衝撃が伝わった時、ゴブリンは、逆に弾き飛ばされた
アークは、何が起きたのか分からなかった
ジルは、近くの敵を斬ると、すぐに刀を戻して離れたゴブリンを睨み、刀を振り下ろした
刀が振り下ろされるのに合わせて刀身が炎に包まれる
炎はそのまま離れたゴブリンに飛んでいった
「弾けろ!」
ジルが気合を込めて叫ぶと、炎は弾けて三つの火の玉になってそれぞれがゴブリンを炎に包んだ
ギャアギャアというゴブリンの叫び声が響く中、その叫びが聞こえる炎の間からまた三体のゴブリンがジルの方へと飛びかかった
炎を操ることに気を集中していたのか、一手動きが遅れたが、それでも三体のゴブリンを斬り伏せた
その瞬間、新たに二体のゴブリンが、前後から挟むようにジルへと斬り掛かってきた
「ジル!」
アークは叫びながらジルの後ろからナイフを持って飛び掛ったゴブリンを斬り落とし、そのままジルに背中を合わせた
ジルの方は、アークが背中に回って後ろが安全になったのが分かると、あえてゴブリンの短剣と鍔を合わせていったん息を整えてからゴブリンを倒した
そうしている間にも、続々とゴブリンが斜面を上がって二人を取り囲む
「ラシェルはまだかい?まどろっこしいねぇ」
ジルがそう言った瞬間だった
三体のゴブリンが倒れ込んだ
その背中には矢が突き刺さっていた
「ジル様」
叫び声が響く
二人の男が岩陰から飛び出していた
一人は、動物の皮で出来たフード付きのマントを羽織った男で、走りながら三本の矢を背中の矢筒から引き抜いて一度に放った
三本の矢は、それぞれ別のゴブリンを射抜いていた
もう一人は、対象的に大男で、持っていた大剣で近くのゴブリンを叩き切り、あるいは薙ぎ払っていた
「ジルさん、アークさん、伏せて」
ジルとアークが突然乱入してきた二人にあっけにとられた時だった
ラシェルの声が響いてきた
その言葉に二人が反射的に伏せたのと同時に、ラシェルは、杖を高く掲げて前へ向かって振り下ろした
空気が圧縮され、ラシェルの周辺がグニャリと歪んだように見えた
高く掲げた杖を振り下ろした瞬間、ラシェルの周辺がフワリと揺れると、次の瞬間には空気を震わせながら目に見えない塊が、ゴブリン達に襲い掛かる
ラシェルの放った空気の塊は、ジルやアークと対峙していたゴブリンと、坂を上がって飛び出してきた合計十体あまりのゴブリン達を彼方へと弾き飛ばす
ジルやアークから少し離れた場所にいたゴブリン達は、一瞬何が起きたか分からない様子だったが他のゴブリンたちが一度に消えたのを理解すると危険を理解したのか、ギャアギャアと声を上げて逃げ始めた
しかし、アーク達は彼らを追う気はなかった
少し先には、もっと強い敵となるオークがいる筈だからだ
三人は武器を収めると深呼吸をした
アークは、荷物のある場所に行くと、革袋を取り出して水を飲む
ジルは、全く何事もなかったように表情が変わっていない
「あんた達、さっき私の名前を呼んだね」
ジルは、改めて二人を見た
一人は、背が低く、毛皮のベストに毛皮の篭手、毛皮のフード付きのマントと全身を毛皮に身を包み、片手には弓を持ち背中には矢筒を背負っていた。まるで山の中の猟師に見える
もう一人は、逆に背は高く、簡易な皮の鎧に身を包み、帽子のようにも見える毛皮のヘルメットを被り、長い剣を腰からさげていた
どう贔屓目に見ても山賊以下にしか見えない
「どうして私の名前を知っている?」
近くにいた小柄な猟師に聞いた
「当然です。私と両親がアスルエールにいた今から二十年以上も前のことになりますが、その時にジル様に助けていただいたのです」
ジルは、返事をせず小男を見た
「私達の家族が戦乱でアスルエールから離れた後、私達は、バラットの群れに襲われました。そこでジル様に助けていただいたのです。覚えておられないでしょうか」
バラットとは、10頭前後の群れで行動する四足の肉食獣である
体高は人間の胸部まではあろうかという高さで、全身を長い体毛で覆われている
額には角が生えているものもいて、一本、もしくは二本、極稀に三本角の個体もいるが、体毛で角は殆ど目立たない
狼は勿論、熊とも違う種族である
バラットは、獲物を群れで狩り、またその大きさから人間であっても狙われれば危険な存在である
ジルは、体をピクリとさせて思い出したという反応をした
「私は、パイレルの息子パイロンと言います」
「じゃあ、あんたはあのときの子供か?」
パイロンは、フードを取って深々とお辞儀をした
「大きくなったねぇ」
喜ぶというより懐かしむような声でそう言いながら、自分とほぼ同じぐらいの背の高さのパイロンのボサボサの頭を乱暴になでた
「知り合いのようですね」
ラシェルは、二人のやり取りを見せられてポツリと言った
「知らない」
いつの間にかラシェルのすぐ後ろに立っていた大男が、二人を見ながら無表情に言った
「ここへは何をしに来たのですか?」
ラシェルが口を開く
「はい、私達はこの北にある村に住んでいるのですが、ここ最近、割れ山の方からドワーフとゴブリンが、私達の村へやって来るようになりました。ドワーフはともかくゴブリンは、家畜を襲い畑を荒らし、我々の蓄えを盗もうとします。そこで、ゴブリンと戦って追い散らし、そして、もう村へ来ないのか確認するためにここまで来ました。ここまで来ればゴブリンは村へ来ないだろうと思ってきた時に、皆さんに出会ったのです」
アークは、二人の様子を見て「そんなこともあるのか」ぐらいに思って聞いていた
「村からゴブリンを追ってきたのは、あなた達二人ですか?他にいないのですか」
「はい、もう一人いましたが、村へ帰りました」
ラシェルは、質問をやめた
「ジルさん、どうしましょうか?」
「別にどうもしやしないさ。ただ、オークも近づいているから、早く逃げな」
ジルのその言葉には、なんとなく冷たさがあった
しかし、二人は、そんなニュアンスを感じていないのか、表向きの言葉だけを受けた
「ありがとう、それより、皆さんはどこへ向かっているのですか?」
「私達は、このまま北へ向かいます」
ラシェルは短く答えた
「私達は、ゴブリンがほとんどいなくなったことが分かったので、北へ戻ります。皆さんが北へ向かうのであれば、途中まで一緒に行ってはいけませんか。特に村まで来ていただければ、病に伏せていますが、私の父も喜ぶことでしょう」
パイロンの言葉にジルとラシェルは口を閉ざした
過去にジルが助けた人物として見知っているとはいえ、北の古森に住んでいる人間と言えば、南で罪を犯して逃亡した者が少なくない
彼等が、三人の荷物を狙っている野党の類でないと言い切れず、北の森に住む人間を知っていれば、ジルやラシェルの対応が友好的ではないのも仕方がなかった
ましてや、この後、オークが襲ってくるのが分かっているのだ
人間がオークの仲間とは考えられないが、二人がどれだけの力を持っているか分からない以上、妙な連中を巻き込みたくないし、巻き込まれたくないというのが本音だった
「いいんじゃないか」
一瞬、周囲の音が山を駆け抜ける風と揺れる灌木の音だけになった時、アークが口を開いた
それに対してジルは言った
「私はあまり賛成できないけどね」
「ゴブリンとオークじゃ相手は違うが、ゴブリンを退けるのならそれなりに力はあるだろう。危なくなったら、俺達を置いて逃げれば良い」
アークは、傭兵として国の中部各地を巡ってきた
その狭い地域でも傭兵として食うに困ることはなかった
それぐらいこの国は長い戦乱が続き、各地で小競り合いをして、稀に大規模な戦いを繰り返している
ファセルに滞在した少しの間は街の裏通りなどに入ることもあったが、戦乱で逃げてきた難民を数多く見てきた
一見、人々が日常を過ごしているように見えても、影では戦乱に苦しんでいる人々が数多く存在しているのをアークは知っていた
では、なぜ彼等が森まで逃げて、そこで落ち着いたのか?
様々な獣を狩猟できるし、季節によって木の実を採れる、薪にも困らない、森というのは豊かなのである
パイロンは、ラシェルの後ろに立つ山賊の方に手を向けた
「彼は、オウスン。剣を持っていますが、日頃は村で畑を耕しています。私は、パイロン、猟師をしております」
オウスンは、何か言いたそうに口をモゴモゴさせていた
アークは、頷いた
「俺達は、もうすぐオークと戦わないといけない。大丈夫か?」
「はい、私は、弓を使えばエルフにも負けません。一矢放てば百発百中。ニ矢放てば二匹を同時に射抜き、三矢放てば大きな獲物も一撃で倒します。オウスンも、日頃は農夫ですが、剣を持てば恐れるものはありません」
パイロンは、スラスラと話を続けた
エルフであるラシェルは、苦笑するだけだった
ジルは、何も言わなかった
「俺はアーク、傭兵だ。こっちはエルフの司祭ラシェル。ジルのことは知っていたな、俺の雇い主だ」
アークは、久し振りに人間の仲間を得た思いがした
育ての親とも言える傭兵隊長を失って、一人になって以降、戦場に向かえば同じ部隊に見知った相手がいることもあったが、今は仲間でも次に雇い主が変われば敵になるのである
そんな相手に仲間意識は芽生えなかった
それから数年
次に会う時には敵でない人物、しかも金銭的な関係がないということであれば、アークにとっては多少なりとも仲間意識を持ってしまうのであった
「いいのかい?本当に」
「ああ、いいさ」
ジルの質問にアークは、気軽に答えた
ジルは、アークの返事に首をすくめてラシェルの方を見るのだった
ラシェルは、ジルに苦笑してみせただけだった
「ま、アークが良いならそれでいいさ」
ジルは、誰へともなくそう言った
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