第8話 アークの新しい剣
翌朝、三人はやや遅く起きてきた
「新しい剣と、鎧も新調しようか。心配しなくていいさ、私の払いだよ」
ジルは、そう言って二人を誘って町に出た
行き先は、町の中にあるドワーフ街
交通の要所であるこの町は、様々な人と物が行き交っている
そのため人間に限らず、様々な種族がこの町にはいる
そういった種族が町の各所にコミュニティを作るのは自然なことだろう
三人は、ドワーフの住む地域の更に裏通りにある鍛冶屋に来た
店と言っても、屋根があるだけでそのまま金属を鍛えているだけの場所である。気の利いた展示や値札などはなく、剣や刀、槍などはまとめて大きな筒に刺してあるだけで、鎧なども綺麗に飾られることもなく適当に棚の上に積まれていた
その奥に小さな建物があり、住居となっているのだろう
槌打つ硬い音が、周辺まで響き渡る
トン、トン、トンと、ドアの代わりに柱を三度叩くが、大した音は出ない
「久し振りだねぇ」
その声に反応したドワーフの主人が、手を止めて立ち上がった
「ジルか、久し振りだな。何年ぶりだ」
ジルの声の方が余程聞こえたようだ
鍛冶屋のドワーフは、頭は禿げ上がって頭髪はなく、ドワーフの特徴と言えるヒゲも口の周りにわずかに残すのみで、短く切りそろえていた
ただの小柄でガッチリとした中年にしか見えない
主人は、頭に浮かぶ汗を拭きつつ、店先に立つジルと二人を迎えた
「この人間に合う剣と鎧を探しているんだ」
ジルが親指を立てて後ろのアークを指差すと、主人は禿げ上がった頭をペチペチと叩きながらアークを値踏みしていた
「人間に合う剣なんて、ワザワザ探すまでもない。この辺にあるのを適当に持っていけ」
結局、主人は、人間の技量では自分が鍛えた武器を使いこなせないと思っているのだ
「それが、そうもいかないのさ。アーク、剣を見せてやんな」
アークは、さっきの言葉で自分が馬鹿にされているのがわかったので多少不満だったが、ジルの言葉なので剣を抜いてそのなくなった部分を見せた
主人は、取り上げるように剣を受け取ると、なくなった部分をじっと見つめた
「なんだこりゃ?折れたようにも見えないし、表面の黒いのは、汚れのようにも見えない」
「それはワイバーンの吐く息にやられたんだ。真っ黒になって腐ちてしまった」
「ワイバーンだと?ワイバーンが吐く息に呪いなんてあるのか?炎や冷気なら聞いたことはあるが、呪いなんて聞いたことがない」
「そうなんだよ。だから分からない」
「腐食は進んでいるのか?」
「いや、見た感じでは変化はないね」
主人は、それを聞くと黒くなった部分を皮の手袋の上から擦ってみたり、鼻を近づけて匂いを嗅いだりした
「こんな事をするやつとやりあう武器と鎧か」
剣を鞘に戻して考え始める主人に、ジルは懐から袋を投げた
剣を落として慌てて両手で袋を取るが、かなりの重さだった
金が入っているのだろう
「代金は、それで足りるかい?」
ジルの言葉を聞くと、主人は中身を確認しないままにジルの前まで行ってジルに袋を突き返した
「これじゃあ、足りねえなぁ」
「なんだって?」
ジルは、そういう主人を睨みつけた
主人は、ジルに負けない勢いで睨み返すと、腕を組んで言った
急に空気が険悪になり、積んである武具を見て回っていたラシェルは、二人を見比べてオロオロする
アークは、自分の剣を腰に戻すと、主人の様子に「そこまでしてここに来る価値はあるのだろうか?」と疑問を感じずにはいられなかった
少しの沈黙と睨み合いの後、主人は、驚くようなことを言った
「腰のものを見せてくれ。それが代金だ」
「なんだって」
ジルは、声を上げた
「ジル、もういい。帰ろう」
主人が竜の牙を見たいという真意が分かったが、あまりにも馬鹿にされているような気がして、アークは、ジルの肩を叩いて促したがジルは微動だにしない
二人は、しばらく黙って睨み合っていたが、主人のほうが大きくゆっくりと肩で息をすると、顎で鎧が置いてある棚の奥を指した
「あれを見てくれ」
ジルは、黙って指された奥に行く
そこには、何本かの刀と剣が無造作に棚に立てかけてあった
ジルはその一振りの剣を抜き、戻すと別の刀を抜き、そこにある全部の武器を見た
どれもがかなりの出来で逸品と呼んでも差し支えないものだった
「俺は、ジルに限らず多くの奴らにこの国一番の鍛冶屋だと言われた。そして、実際にそう思ってる。でも、この世界では俺が鍛えていない武器が最強と呼ばれている。それが竜の爪、竜の角、そして竜の牙だ」
主人はゆっくりとジルの方を向いた
「なんとかその竜の武器を超えて、世界最強の武器を作ってみたい。しかし、何かが違う。やはり見たこともない武器では、どうしょうもない。だが、ある時誰かから聞いた。ジル、お前が竜の牙を持っていると」
主人は、ジルの方へ行くと、その両肩を掴んだ
「代金なんていらない。俺の最強の武器のために、一目でいい。竜の牙を見せてくれ」
主人は、さっきまでの睨みつけるような様子はなく、懇願をするような表情になっていた
ジルは、しばらく黙っていたが、吹き出すように大笑いを始めた。そして、主人の手を払って一歩後ろに下がると、竜の牙を鞘ごと腰から取って主人の目の前に出した
「なんだ、そんな事かい。いいさ、しっかりとその目に焼き付けるんだよ」
主人は、少し震えながらも両手で恭しく受け取り、勢い良く竜の牙を引き抜いた
ジルは、刀を差し出すとアークを見た
「アーク、あんたはこの中から好きなのを一つ選びな。鎧は、建物の中にあるから見に行って、好きなのを着てみるんだ」
アークは、二人が落ち着いたのを見ると、二人で話し始めたジルを気にせずに品定めを始めた
まず、それを手にして驚く
柄の部分は、アークの手に合わせて作られたわけでもないのに吸い付くようにピッタリなのだ
さらに鞘から抜いてその刀身を見て息を呑んだ
武器一つ一つに凄みがあるのである
アークは、今までこんな武器を見たことがなかった
そこにある武器を見た中で、一番手に馴染むように感じた銀色の刀身の剣を握って、奥の建物の部分に入る
中はあまり広くなく、昼でも薄暗かった
入口の左右にそれぞれ二領の鎧と奥に粗末なベッドとテーブルがある
アークは、その四つの鎧すべてを見たが、多少デザインの違いがあるだけで、どれもそこまで大きな違いがあるようには見えなかった
その中ですぐ右にある濃紺の鎧が、特に気になった
「どうです?アークさん、ありましたか?」
ラシェルが、入ってきた
「うん、これがどうも気になるんだ」
ラシェルは、全ての鎧を見てから、改めて濃紺の鎧を上から下までマジマジと見つめた
「私は、武器や鎧のことは分かりませんが、もしかしたら、いいものに目をつけたかもしれませんね。この鎧には、他にはない魔力を感じます。どんな魔力が宿っているかは、分かりませんけどね」
「ありがとう、着てみよう」
そう言ってアークは、自身が身に着けていた鎧一式を外し、濃紺の鎧を手にした
そして驚く
鎧と言いながら非常に軽いのだ。今まで身に着けていた鎧にしても、部位も限定的なもので重量も軽めではあった
この群青色の鎧は、それよりも軽いのだ
「この鎧、すごく軽いんだけど、何で出来ているか分かるかい」
奥の椅子に腰を掛けてアークを見ていたラシェルに聞いてみる
「さぁ、何でしょう。一見、ドラゴンメタルのようにも見えますが、もしかしたら模造品かも」
この世界では、貴金属は非常に価値が高い
それならば、それを自分たちで作り出そうとして錬金術の研究が進んだ
ラシェルは、採掘されたものではなく、錬金術で作られた模造のドラゴンメタルだと言いたいのだ
もっとも、その錬金術で生み出されたドラゴンメタルでさえ現代ではその技術は失われ、新しく作れるものではないのだが……
アークは、新しい鎧に感動していた
首の部分は、襟が立って刃が首に入らないようにしてあり、首から肩にかけてはやや厚みのある板が入れてあり、切り込まれないようになっている
肩は、動きの邪魔にならないように三段になって重なりが計算されている
腹部は魚鱗のようになっていて、動きを邪魔しないようになっている
腰から下は太ももを守るために膝近くまでスカートのように長く伸びている
左腕は下腕の部分が広がって小さな盾としても機能する。更に特徴的なのは、その中心部分に紫色の石がはめ込まれている
右腕は、左腕と違ってシンプルに作られている
兜は、兜と言うには程遠いイメージで冠と呼んだほうが正確な様に思える
中央から真っ直ぐ鼻梁を覆うように下に伸び、額の部分は左腕と同じような紫色の石が嵌め込んである
左右からは板が下に伸びて耳のガードと頬当になっている
同じ様に左右に羽根にも翼にも見える様な飾りが着いている
「カッコいいじゃないですか」
ラシェルは、喜ぶようにアークに一言だけ感想を言ってみせた
二人が外に出た時、ジルと主人はまだ話をしていた
ジルは、アークが出てきたのに気づくと、アークから選んだ剣を受け取り、鞘から引き抜いてどの剣を選んだか刀身の色を見て鞘に戻す
「これを、言ったように鍛え直しておくれ」
ジルは、剣を主人に渡した
「10日待ってくれ」
「えらくかかるじゃないか」
「最初だから、感覚を探さなきゃいけないのさ。だから、大目に見てくれ」
ジルは、頷くと、近くにあった一本の剣に手を伸ばし、アークに渡した
「今日から少しの間は、それを使って訓練だよ」
そこから十日間、アークは、朝からジルと共に鍛冶屋に赴くと昼から夜近くまでは宿の裏庭で剣の訓練を続けた
空いた時間には、街へ出てファセルの街を見て回った
ジルは、そしてノルブロウデンの町から逃げてきたドワーフ達のところへ行き、街の様子を聞くことになった
ノルブロウデン宮では、ドラゴンが吠える声が鳴り響くという
また、時折ドラゴンが暴れ、宮殿が破壊されるような音が鳴り響き、舞い上がればかなり高いノルブロウデンの天井に激突して落下するということもあるという
ドワーフ達は、もはやノルブロウデンの北の鉱山区に近づくことも出来なくなり、南へと逃れてきたのだという
ドワーフ達から聞かれるのは、こういったノルブロウデンの町が危険な状態になっているという話だった
また、ラシェルは、エルフのコミュニティで、別の情報を集めるということだった
そして、約束の十日が過ぎた
三人は、新たに鍛えられた剣を受け取りに行った
そこでアークが受け取ったのは、前に見たときとは全く別物にも感じられる剣だった
鞘からゆっくりと引き抜いた時、前は凄みを感じた剣だったが、今では落ち着いた気品のようなものさえ感じられる
「ほぅ、流石だねぇ」
ジルは、満足そうに呟いた
「当然だ、今のところ俺の最高傑作だ」
そんな主人にジルは、黙って袋を取り出すと、主人の胸に押しやった
「代金だよ。これで次の武器と鎧の材料でも買いな」
主人は、袋を受けとった
「さぁ、行こうか」
「ありがとう。この剣を見れば、少しは生き延びられそうだ」
「俺はお前を認めたわけじゃない。ただ、忘れるな。お前は、この剣を持つだけの人物にならなきゃいけない。それがこの剣を手にしたお前の努めだ」
その言葉は、アークにとって真実だと思う
「その言葉、心に刻みます」
「生きてここまで帰ってこい。そして、その剣がどれだけ役に立ったかを聞かせてくれ」
主人は、見上げる高さにあるアークの顔を見つめて右手を出した
アークは、黙って頷きながら右手を出す
二人は、初めて握手した
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