第7話 ジルと二人の竜の騎士
深夜、三人は、準備を整えて宿を出る
この世界には二つの月がある
かなり大きさが違う二つなので、人々が一般的に「月」といえば、大きな方を指している
その大きな月は、もうすぐ最も高い位置に来ようとしていた
昼間は市場が開かれる西の広場は、その中央に人影が一つある以外は、文字通りただの広場だった
「よくぞ来られました。一度お目にかかりたいと思っていました。竜の牙ジル」
少し離れたところから、よく通る声が響く
「あんたが、私の邪魔をしようという黒鎧の戦士か」
ジルは、いつもの調子だったが、既に左手は刀の鞘を握っていた
「黒鎧の戦士とは、酷いな。自己紹介しよう。私は、竜に仕える竜騎士、イース」
竜騎士を名乗ったイースは、ゆっくりと剣を抜く
ジルは、右手を剣の柄にやる
「残念だったね。私は、あんたを竜騎士とは認めない。竜の騎士はここにいる。アークさ」
三人は、イースと距離をおいた所に立ち止まった
「私を認めないなら、認めさせるまで」
そう言って、イースは、三人に向けて走り出した
「下がってな」
ジルは、一言だけ言うと、右手を刀の柄に当ててイースに向けて走り出した
「この力で」
そう叫ぶのと同時にジルに剣を振り下ろすイースに対し、ジルの右手が動いた
金属がぶつかり合う高い音が響く
イースが斬り込んでいるのをジルの瞬速の刃が完全に止めていた
「竜の巫女と呼ばれているあなたにそう言われるとは、残念だ」
イースのその言葉に合わせて、二人はそれぞれ後ろに飛び退く
「竜の巫女?誰がそう呼ぶんだい?私はそんなもの知らないねぇ」
ジルは、刀を鞘に収めずに真っ直ぐ構える
「知りたいのか?」
「知りたいねぇ」
二人は、再び激突する
そして鍔迫り合いとなった時にイースは、ボソリと言った
「青銅の竜ヴォロー」
ジルは、イースの顔を見上げた
イースの表情は明らかに余裕があり、見上げるジルは動揺しているようだった
イースは鍔迫り合いの体勢からジルのお腹を蹴り飛ばした
ジルは、飛ばされた勢いのまま転がって、イースと距離をとって立ち上がる
その横をアークが駆け抜ける
「させない」
アークが斬りかかる刃をイースは楽々と剣で払う
「お前が、ジルに認められたという竜騎士か」
「ただの傭兵さ」
アークは、もう一度斬りかかるが、これも楽々と払われた
「傭兵などに用はない、下がれ」
しかし、怯むことなく次々と斬りかかる
その中でアークは、簡単に剣を払われていたにも関わらず、不思議な感覚にとらわれていた
この数日、ジルと剣の練習をしている際に見ているジルの刀の動きに似ている気がしたのだ
「もう一度」
そう言いながら、さっきと同じように斬りかかる
イースは、アークの剣を下側に受け流すように払った
アークは、右下に流れた剣を右手を手放して左手だけでそのまま真横に切り払う
「なんだと」
アークの剣の動きはイースの予想外だったらしく、イースは、剣を戻すことも出来ずに後ろへと飛び退いてアークの刃を躱した
その瞬間
イースの真横に回り込んでいたジルが刀を振り下ろす
イースは、もう一度後ろへと飛び退いてジルの刀から逃れた
「まだまだ」
その飛び退いた場所へ、アークは剣先を突き立ててイースへと突っ込む
「ええぃ」
イースは、苛立ちながらアークの剣を払うと、ようやく体制を立て直して剣を構えてみせた
「ジル、私の剣を見れば認めなければならないのでは?」
イースが剣を構え、三人はにらみ合いの膠着状態になる
「それでも、認めないよ。それに、さっきは未熟なアークの剣に動揺していたね」
その言葉にイースは笑った
「ならば今日は、もう一人の竜騎士の顔に免じてここまでにしておこう」
イースは、身構えた大勢を解くと剣を頭上に掲げる
すると、辺りに独特な声が響き、一頭の竜に似た影が空から降りて来た
亜竜種ワイバーンだった
ワイバーンは、その巨大な両翼で風を起こしつつ、アーク達とイースの間に舞い降りる
と、二人に攻撃しようとして頭を左右に動かす
イースは、人間には不可能な跳躍力で舞い上がると、そのワイバーンの背に乗って手綱を握った
アークは、ワイバーンの動きを止めるために斬りかかった
その瞬間、ワイバーンがアークに向かって黒い煙のような息を吐いた
「いけません、アークさん」
少し離れていた所に控えていたはずのラシェルが、危機を感じていたのかアークに飛びかかってワイバーンの黒い息をかわす
アークは、剣を落としたが、気にしていられなかった
二人は転がって伏せた状態のまま、ワイバーンを見上げることしかできなかった
ワイバーンは、三人に興味を見せることもなく翼を羽ばたかせて上空へと舞い上がると、サッと彼方へと飛び去ってしまった
一瞬のことだった
三人は、飛び去るワイバーンを黙って見送ることしかできなかった
アークは、落とした剣を拾おうと手を伸ばして驚愕した
ワイバーンの息を受けた剣の半分が真っ黒くなっていたのだが、アークが持ち上げると黒い部分が砂のように崩れ落ちたのである
「ありがとう、アーク、助かったよ」
ジルの声は、いつものぶっきらぼうな感じではなく、明らかに力がなかった
アークは、それを感じて何か言おうと思ったのだが何も思い浮かばず、同時に聞きたいことを聞かずに自分の中に飲み込んで、ただ微笑んでみせた
「さぁ、宿に帰ろう。朝になってからだ。それに剣も買わなきゃ」
なんとか冗談で言葉を繋げた
ジルは、何も言わずに目を伏せた
「みんな無事で良かった」
ラシェルは、二人に近づいた
「何もしなかったくせによく言うよ」
その声は、多少、無理しているようにも聞こえた
「酷いなあ。最後にアークさんを助けましたよ。それに私は、非力なエルフの司祭なのですよ」
「ありがとう、ラシェル」
アークは、ラシェルの顔を見て頷いた
「アークさん、よくもまあ。あの相手は普通じゃありませんでした」
「聞きたいのだけど、イースが何者か知っているのですか?」
「いえ、知りませんが、司祭なので感じるのです。あれは、生者のそれではありません。まるで死者のようだ。死者が鎧を着ている。そういった得体のしれない存在です」
ラシェルは真顔だった
「帰ろう。話は後でするよ」
ジルは、アークの腰をポンと叩いて歩き出した
普通に喋っているように見えたが、その後ろ姿はやはり肩を落としていた
二人は、顔を見合わせた
イースを退けたが、重い空気のまま三人は宿に戻った
三人は、宿に戻ると黙って部屋で水で割ったワインを注いだ
「さて、どこから話そうかねぇ」
ジルは、カップに揺れるワインの表面を眺めてようやくそう言った
「まず、私は、あいつが言ったような竜の巫女じゃない。ただ、確かにドラゴンとの関わりはあるからそう呼ばれている。まぁ、どっちでもいいさ」
ジルはそう言うと、マントの間から腰の刀の柄をチラと見せた
「これは、竜の牙。そして私が着ている鎖帷子こそ最硬の鎧。この二つがあるから皆が私を竜の巫女と呼ぶ」
そこでジルは、目の前にあるカップに手を伸ばして水で薄められたワインを一口飲んだ
「アーク、竜の宝珠について詳しい話をしていなかったね」
アークは、眉をピクリと動かした
「竜の宝珠」
ジルは頷いた
「ああ、あれは何だと思う?そして、なぜそれを直接持たずにわざわざ預けたのか?不思議に思わなかったかい?」
「ああ、少しはね。でも、竜の宝珠には強い魔力があってドワーフやエルフ達に影響があるって言ってたけど、それならば名前の通り、竜に関係があるものには、もっと強い影響があるんじゃないかと思うんだが」
それは、アークが漠然と考えていたことだった
そして、それがジルが持つ刀や鎧に影響があるのなら、直接持たないようにするのが正解だろう、これがアークの結論だった
「割れ山には今、銅の色の鱗を持った竜がいる。それが私との関わりがある竜さ。そしてそれが、黒の竜が現れるのをなんとか阻止している。それを助けて黒の竜を完全に封印する。その為には竜の宝珠が必要なのさ。しかし、銅の竜は割れ山を動けない。そこで私が、竜の宝珠を探していた。つまり、竜の武器と鎧の力を持つ私が竜の力を封印できる竜の宝珠を持つと、自分の力に制約がかかる」
「そこで、俺が運搬係として雇われたのか」
「そういうことさ。アーク、あんたの予想はほぼ正解さ。そして、その竜が復活する場所が、私達が目指す割れ山なのさ」
ラシェルは、ジルが何をしているかだいたい知っていたので特別な反応はなかった
しかし、アークは、話が大きくて今一つ理解できていないようだった。で、自分の分かる範囲の話を聞く
「ところで、割れ山にいるという銅の竜と復活しそうな黒の竜とは何者なんだ」
「銅の竜こそが、この世界に何頭か生き残っているドラゴンの一頭。そして私と行動を共にする存在だよ。だからこそ私は竜の巫女なんて呼ばれるんだろうねぇ。黒の竜というのが分からないのさ。かつて、割れ山では青銅色と白と銀のドラゴンメタルが採れたらしいが、あいつが口にした名前が青銅の竜ヴォローだった。その名前が本当なら、青銅の竜が復活するというのだから黒い竜と言うよりは、ドラゴンゾンビとかに近いのかもしれないね」
「では、あのイースという黒鎧は何なのでしょうか?」
ずっと話を聞いていたラシェルが加わる
「さあね、正直分からないさ。ただ、銅の竜の代わりに私が動いているように、黒の竜の代わりにイースがいるのだと思うよ」
話が長く続いた
ジルは、喉の乾きを潤すために一気にワインを飲んで一息ついた
「にしても、アークはよくイースに対してよくやったね」
「いや、アレは考えていたのさ。イースの剣の動きが、ジルの刀の動きに似ているように思えたのさ。だから、今度ジルにやってみようと思ってのを試したのさ」
「それだけ相手が見えていれば上等だよ」
ジルは、その一点に関してはアークの力を認めていた
伊達に戦場で生きていないということだろう
アークは、この数日で確実に強くなっていた
これといった師を持っこともなく、我流だけで剣を覚えて生きてきた。それがジルという師によって持っていた才能が芽吹いているということだろう
ただ、最初だから伸びているのか、今後も伸び続けてゆくのかはジルには分からなかった
それは、雇うという名目で巻き込んだというジルの自責に対するせめてもの救いだった
「アーク、イースはただ者じゃない。今から降りても構わない。約束の金貨は支払う」
ジルは、力なく言った
「どうして?」
「私が巻き込んだということで死んで欲しくないからさ」
「でも気にしないでくれ。死んでも悲しんでくれる人はいないし、仮に誰も悲しまなくても死ぬ気はない」
イースは笑ってみせた
「ありがとう。割れ山まで行って、必ず生きて帰ってこよう」
ジルは、笑った
「にしても、イースは強かったなぁ。一体何者なんだ?」
「イースに関しては、本当に分からないことばかりだよ」
ジルは、ポツリと言うだけだった
「もう、夜も遅いです。休みましょう」
何も言わずに聞いていたラシェルは、あくびをしながら言った
取り敢えず、今のところ聞きたいことは聞いたということだろう
アークも、今のジルにあまり色々と聞くのは可哀想だと思ったし、必要があれば情報は出してくれるだろうと思っていた
それぐらいの信頼と期待はしていた
「もう寝よう」
長い時間ではなかったが、戦いはそれだけの消耗を強いた
まずは生き延びられた
アークにはそれで十分だった
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