第6話 北の町と忍び寄る黒い影

 この後四日は、起伏のある荒れ地の中を特に何もなく北へ向かうだけだった

 その中で少しずつ景色が変わっていく

 所々に顔を出していた岩はその姿を消し、やがて草に覆われ、小さな木々の集まりが、少しずつ大きな森になる

 そして、いくつかの大きな森を超えてきた時、今度は、麦畑が広がってきた

 彼方には、小さな家も見える

 ここはファセル地方

 この地域の中央を東西にフラウ川が流れている

 このフラウ川は、大河で南北の対岸はようやく見えるぐらいに遠い。この川の北東からはブロニー川がフラウ川へ流れ込んでいる

 フラウ川とブロニー川の合流地点を見下ろすようにファセルの町があり、この地域の穀倉地帯と東西水運を抑える要衝として発展している町である

 この豊かな穀倉地帯はファセル地方の南へ着いた証となる

「ファセルに入ったみたいだね」

 ジルは、森を抜けた麦畑を見て口を開いた

「もうすぐ町か」

「ああ、今日中にはファセルに入れそうだね。どうした?声が明るいね」

 アークは、数日振りに野宿ではなくゆっくりと眠れることと食事を楽しみにそう思うのだった

「ああ、干し肉じゃなくパンとスープが欲しい。あと、寝ずの番をせずにゆっくりと眠れるのも楽しみだ」

「そうだねぇ」

 ジルは、アークの言葉に笑うしかなかった

 それでも、目的の場所がすぐ近くなのである。二人の足は軽くなった

 ファセルに入るためには、フラウ川を渡らなければならないが、そのために川の渡し場へ回らなければならなかった

 渡し場は、多くの人々で賑わっていた

 桟橋にはファセルの町へ行く船があるのだが、その船が既に巨大である

 小さな川船のようなものではなく、二つの層に別れていた。下層は荷物が入る貨物室、上層は客が入るフロアになっている。もっとも、薄暗くてなにもない部屋に申し訳程度に椅子が置いてあるだけのただのフロアになっている

 長時間の船旅というわけでもないので客室部に降りることなく甲板で過ごす客がほとんどだ

 その為、客が入るフロアというのも形だけで、殆どの場所には荷物が置かれていた

 二人は、船代を払うと、そのまま甲板の船縁にいた

 アークは、そこから見えるファセルの町の大きさに驚く

 町の中央に見えるファセル公の城が大きく、城の周りは、何で出来ているかは分からないが黒い城壁で囲まれている

 アークは、ここまで大きな城は、何度か行ったことがある王都の王城しか知らない

 また、町そのものの外周も壁で囲まれているのだが、これは逆に真っ白な壁なのだ

 南の岸からはフラウ川の途中まで橋が伸び、その先には小さいながらも砦のようないかつい建物が建てられていた

 この川の水軍の拠点であるのと同時に通行船の税を徴収するために建てられたものだ

 建物の外では、兵士たちが何人か外に立って監視をしていた

 この建物と町を通り過ぎた所に船着き場があった

 ここから、町に荷物などを運び入れる場合は改めて手続きを行うのである

 二人は、真っ白な町の城門を潜ろうとしていたが、声をかけられた

「ジルさん、お待ち下さい」

 見ると、右手に背の高さ以上ある杖を手に深い草色の修道服にローブを着たエルフが立っていた

「あんた、何者だい?」

 ジルは、自分に声をかけた者が知らないエルフだったので、声を固くした

「これは失礼しました。私は、北の古森のエルフ、司祭ラシェル。司教様の指示でお二人を迎えに上がりました」

 エルフは恭しくお辞儀をした

「古森の司教なんて久し振りだね」

「今、二人だと旅のシロカラスから聞いたのですが、バルエイン様はおられないようですが」

 ラシェルは、大げさに顔を左右に振ってみせた 

「ああ、バルエインは、角笛谷に帰ったよ。今は、この人間のアークが一緒さ」

 ジルは、アークのお尻を叩いた

 ラシェルは、顔を突き出してアークの様子を窺うと、杖を持ち直して右手を差し出した

 オルスロレーナの件もある。アークは、また心を読まれるのではないかと、右手を出すのを躊躇われた

 ラシェルは、そんなアークの様子を見て怪訝な表情を浮かべるだけだった

「アークは、私やオルスロレーナから心を読まれたから気にしているんだよ。アーク、心配はいらないよ。心を読むなんて芸当は、そんなに誰でも出来るわけじゃない」

 ラシェルは、ジルの言葉を聞いて納得したように改めて右手を出した

「ご安心下さい、私には心を読むなどという魔法は使えません。北の古森の司祭ラシェルです」

「アークです」

 アークは、恐る恐る手を握り返した

「では、町へ入りましょう。そこで落ち着いて話をしましょう」

 そのラシェルの言葉に三人は、町に入るのだった


 ファセルの町は賑やかだった

 整備された町の道路は左右に広く、馬車が二列で通ってもまだまだ余裕がある

 その通りに品物を並べる店では、既に夕方ではあるが、威勢のいい大きな声で通りを歩く客の気を引こうとしていた

 三人は、呼び込みが言うこの町一番という通りに面した大きな酒場に入ると、店の隅の方のテーブルの一つを占めた

 そして、注文が一通り揃うと、ラシェルがようやく口を開く のだった

「古森の主も司教様も、あなたの果たされる役目は大切なものと考えておられます。それにそのままにしておけない情報を司祭様より託されました」

「なんだい?その情報ってのは」

 ジルは、少し声を低くして身を乗り出した

「実は、あなた達を邪魔しようと光り輝く黒鎧を着た戦士が動き始めたようなのです」

「光り輝く黒鎧」

「誰か知ってるのか」

 パンをスープにひたして食べていたアークが、手を止めた

「いや、知らないさ。ただ、光り輝く黒鎧ってのが気になってね」

 ジルはなにか考えている様子だったが、ラシェルは、そのまま話を続けた

「しかも彼は、恐ろしいことにオークを集めようとしています。しかし、これには時間がかかります。そこで少し前から斥候代わりにゴブリンを解き放ったそうです」

 アークは、ジルに視線を向けた

「うん、間違いないだろうね」

 アークとジルの様子にラシェルは戸惑うのだった

「いや、実は少し前にオルスロレーナに会ってね。そこでゴブリンと戦った話を聞いたのさ。その直後に私達も、ゴブリン達と戦ったんだよ。あれがその斥候代わりかもしれないね」

「それと、割れ山のノルブロウデン宮の様子がおかしいという話も来たそうです」

「ノルブロウデンの町に何かあったのかい」

「旅のシロカラスもノルブロウデンの町に入ったわけではありませんから、詳細は分かりません。ですが、ノルブロウデンの辺りからかなりの数のドワーフ達が南に向かったようです」

 ラシェルは首を横に振るだけだった

「なんだか、せわしなくなってきたねぇ」

「とりあえず、町の方はどうにもならないけど、黒鎧の戦士というのはどこにいるのかわからないのかい?」

 アークは、二人に割って入った

「割れ山の辺りにいたのまでは分かっているのですが、ゴブリンを放って以降は、残念ですが分からないのです」

「そのゴブリンが私達と戦ったのだと考えると、話が古いね」

 ジルは、ため息をつくしかなかった

「大体、その黒鎧は、どういう目的で私の邪魔をしようとしているんだろうね。全く理解できないよ」

 二人が黙ってしまったので、ジルは、一人で話を繋げてみたが、二人にはそれに応えることは出来なかった

「考えても仕方がないさ。まずは、食べよう」

 アークは、空気が暗くなったのを察して、持っていたスプーンを振ってみせた

 その言葉に、ジルとラシェルはテーブルの上のパンとスープに目をやるのだった

「斧を持たないジル姉さんですかにゃ」

「知らない人は分からないですにゃ」

「間違うこと、もう三人目ですにゃ」

三人が、一旦落ち着いてテーブルの食べ物に手を伸ばしたと思ったら、すぐにテーブルの下から声が聞こえてきた

 アークは、テーブルの下へと目を向けると、そこには三匹の猫がちょこんと立ってジルの方を向いていた

 それぞれ、黒、白い長毛、茶色、と違う毛色の猫が、派手な服を着ていた。ケット・シーである

「なんだい、ケット・シーかい。こんなところで珍しいねぇ」

 ジルは、いつもの調子だった

「答えるですにゃ」

「礼儀もないですにゃ」

「このままじゃ、報酬も絶望的ですにゃ」

 ジルは、なにか一つ喋ると三匹がそれぞれ喋るのに閉口したらしく、アークとラシェルに対して肩をすくめてみせると、椅子を立って床にドッカと座り込んだ

「失礼したね。私がジルだよ。誇り高きケット・シーよ。どうされましたかな」

 ジルは、如何にもといった感じで形式張って言ってみせた

「分かればいいにゃ」

「では言いますにゃ」

「今日の夜、月が一番高くなる頃に西の市場が立つ広場で待つにゃ」

 自信満々に言い切るが、ただの伝言程度の内容にジルは呆れた

「それだけかい」

「そうですにゃ」

「任務完了ですにゃ」

「お宝はいただきですにゃ」

「それは、誰から頼まれたんだい」

「ケット・シーじゃないですにゃ」

「エルフでもないですにゃ」

「黒い人間ですにゃ」

 最後の一言で、三人の中に緊張が走った

「黒鎧の戦士か」

 アークはつぶやいた

「もう、ここまで来ているとは」

 ラシェルは、相手がすぐ近くまで来ていることに驚くことしか出来なかった

 ジルは、懐に手をやるとケット・シー達の前で広げてみせた

 銅貨の中でも大きくて一番高価なものが三枚あった

「ありがとう、お礼だよ」

 ケット・シー達は、ジルの手を覗き込んでお互いに顔お見合わせた

「買収はされませんにゃ」

「こんなものは無用ですにゃ」

「お宝をいただきますにゃ」

 一匹が素早く手を伸ばすと、それを見て二匹もそれぞれ一枚ずつ硬貨を手に取った

 三匹が逃げるように酒場を走り去るのを見送ると、ジルはテーブルに戻った

「アーク、残念だったね。ゆっくり眠れそうもないよ」

「いや、仕方ないさ。さっさと終わらせて、ゆっくり寝よう」

「おっ、言うねぇ」

 ジルの意地悪い物言いにアークは涼しい顔で答えた

「ラシェル、あんたは、どうする」

「何も出来ませんが、いれば何かのお役に立てることもあるでしょう。それに私は、古森までは御一緒するよう言われていますので」

 ラシェルは、全てを悟ったように穏やかにして微笑むのだった

 三人は、部屋に戻って少し仮眠を取ることにした

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