第5話 剣と刀とアークの過去

 朝、バルエインは、西に向かう為に二人と別れることになった

「アーク、お前さんの剣の腕前はなかなかだったぞ。感心した。あの腕なら二人でも安心だ。これから先は頼んだぞ。私も、西での用が済めば、改めてお前さん達を追う。また会おう」

「ありがとう。また会おう」

 二人は、ガッチリと手を握りあった

「ジル、旅の成功を祈る」

「ああ、世話になったね。あんたも無事でね」

 バルエインは、軽く頷くと斧を肩に担ぎ、昇る太陽を背中に歩き出した

「私達も行こうかね」

 ジルは、視線を北へ向けて歩き始めた

 アークは、返事をすることもせずにジルの後を追った


 しばらく歩き続けていたが、昼過ぎにジルは、急に歩みを止めた

「今日はここまでにしよう」

 ジルは、アークの返事を聞こうともせずに背負っている荷物をおろし始めた

 アークは、反論したかったが、自分が竜の宝珠を運ぶだけの荷物係の同行者であることを思うと、何も言わずに荷物をおろし、そのまま座り込んだ

「近いうちに試すつもりだったけど、昨日のこともあったしね。立ちな、少し揉んでやるよ」

 ジルは、マントの間から刀の柄をのぞかせると、少し足を開いて腰を落とした

 マントの内側で見えないが、右手が刀の柄にあるのは間違いない

 ジルの本心がここにあったのが、アークに分かった

 ジルの雰囲気にアークは立ち上がらざるを得ない

「いいのかい」

 アークは、剣をゆっくり抜いて構えた

「アーク、あんたは私より圧倒的に弱い。だから、これからの旅の中で鍛えてやるよ」

 アークは、苦笑するしかなかった

 確かに、炎を吹く刀を使うドワーフにはかなわないかも知れない

 しかし、アークも何度となく戦場を潜り抜けてきたのである

 自身がそこまで言われるほど弱いとは思っていないし、こうもあっさり言われると逆に力が抜ける程だった

「そっちのタイミングで全力でおいで」

 その言葉を聞いた瞬間、アークは、剣を両手で持って斬りかかった

 そして、アークがジルをその間合いに捉えたと思った瞬間、ジルのマントがふわりと揺れて、アークは、吹き飛ばされていた

 アークが上体を起こした時、ジルは、表情を変えることなく立っていた

 左腕が痺れる

 両手で持った剣を右側に引いて、左腕の盾を前にかざしながら斬りかかったのだが、ジルの刀が、その盾を打ちアークをそのまま吹き飛ばしたのだ

 アークは、その左腕の衝撃で何が起きたのか想像できたが、ジルが刀を抜いたのが全く

見えなかった

「どうした、終わりかい」

 アークは立ち上がると、もう一度両手で剣を構えて盾をかざして斬りかかった

 今度こそ、ジルの刀を見切る

 そんな思いでいたが、同じ様に吹き飛ばされるだけだった

「同じ失敗を繰り返すなんてザマないね。構えな。今度は、こっちから行くよ」

 ジルは、刀を抜きなが悠然と言い放った

 アークは立ち上がって構える

「来い」

 アークの力強く絞り出すようなその言葉にジルは動き始めた

 ジルは、アークに向かって走ると、ドワーフとは思えない身軽さで跳躍した

 瞬間、アークは、痺れる腕を構わずに盾でジルの手の甲を叩きにかかる

 昨日、ゴブリンを相手に見せたアークの得意技だ

 しかし、ジルは、肘を引いて斬りかかった両手を体に引き寄せる

 完璧なタイミンだだったはずだがアークの盾は空を切り、予想外の事態に剣を振り下ろすのが遅れた

 そのままジルは、体当たりをしてアークを押し倒した

「得意技もダメだったねぇ」

 アークが気がついた時には、馬乗りになったジルが、刀をアークの首に突きつけていた

 アークの体の力が抜ける

 ジルは、アークに抵抗の意思がなくなったのを感じると、アークから離れて刀を鞘に戻した

「基本の稽古から始めよう。斬りかかってきな」

 そう言うと、ゆっくりとアークから距離を取った

 アークは、改めて構えると斬りかかる

 ジルは、竜の牙を抜くと簡単にアークの剣を弾く

 アークは、すぐに構えて斬りかかる

 刃を合わせながら、ジルは諭すように言う

「筋は良いんだ、あとはキチンと学ぶことだ。アーク、あんたの剣は守りに寄り過ぎている。盾なんか使わなくても、剣は身を守ることも出来る。剣だけで攻防一体の形を覚えるんだ」

 ジルが探していたのは、荷物係であって用心棒ではないのだ

 それに気がついていた段階で、力に差があるだろうことは想像がついていた。しかし、ここまで圧倒的な差を見せつけられると、多少なりともショックだった

 ならば、勝てないまでも力の差を縮めたい、そう思うアークだった

 この率直さこそが彼の取り柄であり、バルエインやジル、オルスロレーナが好意を感じた部分である

「アーク、なんで傭兵なんてやっているんだい。こんな事しなくても、生きていけるだろうに」

 ジルは、気軽に言った

「仕方ない、剣しか知らないんだ」

 アークは、必死にジルに剣を振るいながら諦めたような口調で言った


 アークは貧しい羊飼いの息子だった

 しかしある日の夕暮れ、羊を小屋に戻している時に数が減っているのに気づいた父親は、羊を探しに出た

 母親は、父親の分まで一人で羊を小屋に戻していた

 それは特別に珍しいことでもなく、日常の光景だった

 子供だったアークは、特に疑問も感じることもなく、家で両親を待っていた

 しかし、両親がいつまで経っても家に戻ってこないのに不安を感じて家を出た

 そこで見たのは空の羊小屋とそこで倒れている母親だった

 アークは父親を探して周辺をさまよったが、父親の変わり果てた姿を見つけたのは夜中だった

 一夜で孤児になってしまったアークは、その場で泣き続けていたが、一人で家に戻ることしか出来なかった

 しかし、人間は何もしなくても腹は減る

 家にあった僅かな食料を食い尽くしたとき、アークは、食べ物を求めて空腹で外を彷徨うことになった

 どれくらい歩いただろうか?

 森の中でアークは、募集に応じるために移動中だった傭兵団を見つけた

 馬を木に繋ぎ、焚き火を囲む集団は肉を食い、酒を飲んでいた

 焚き火には鍋が掛けてある

 鍋からしているであろうその香りが、空腹のアークの鼻孔をくすぐる

 しばらくの間、木の陰から様子を見ていたが、我慢できずに彼等の輪の中へ駆け込むと、鍋に入れてあるお玉を取ってスープを口の中へ入れた

 しかし、火にかけてある鍋のまま直接スープを口にしたのである。その熱さにお玉を落として火から飛び退くようにして転がった

 突然の珍客の乱入に何が起こったか分からなかった彼らは、一瞬沈黙したが、熱さに転がった子どもを見て一斉にドッと笑った

 熱さで口を押さえていたアークの前に一人の男が、しゃがんで話し掛ける

「どうした、腹が減っているのか」

 男は、その傭兵団の隊長は、持っていた固くなったパンをアークに差し出した

 アークは、それを引っ手繰るように掴むと、ガツガツと口に入れた

 その間に傭兵団長は、木の器にスープを入れてアークに渡した

 アークはこのままこの傭兵団に拾われ、剣の技を鍛えられ、戦場で戦いながら成長していくことになる

 傭兵隊長は、アークを息子のように可愛がり面倒を見てきた

 しかし、彼は、ある戦場で戦死した

 たまたま飛んできた流れ矢が、隊長の鎧の隙間に入り込みその傷で死んでしまったのだ

 その後、傭兵団は解散。仲の良い者達は新しく傭兵団を作って活動することになったが、アークはそれに加わらず、一人で傭兵を続けて今に至る


 アークは、ジルの言葉に過去の自分を思い出していた

「アーク、心が乱れている。集中だよ」

 ジルは、片手で構えたまま、冷静に言った

「済まない」

 そうは言ったものの、アークは座り込んでしまった

「どうした、何を考えてる」

 ジルは、自分の言葉がアークの心を乱したことが分かっていた

 まだ、二人は知り合って間もない

 アークを責めることはせず、アークに付き合って近くに座った

 ジルが、アークの心の動きを知ろうとしているのは明白だった

 ジルが傍に座ったのを見て、アークは、自身の過去を話し始めた

 それを聞いたジルが表情を変えることはなく、ただ、アークの過去と心の揺れを感じただけだった 

「あんたの背負ってるものや思いはよく分かった。でも、剣を手にしている時には迷っちゃダメだよ」

「ああ、分かってる。でも、いや、済まない」

 アークは、立ち上がった

「もう一度だ」

 剣を構える

 ジルも立ち上がって刀を抜いた

「さあ、行こうかね」

 日は、少し傾き始めていたが、まだまだ高い位置にあった

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