第4話 夜の戦い

「俺は、これを持って逃げ出すかも知れない」

 アークは、わざとそう言ってみせた

 ジルは、アークをチラと見たが気にする様子もなく焚き火に目を戻して火に枝を投げ込んだ

「本気にせんよ。人間は知らんのか」

 バルエインは、呆れたように言った

「エルフと握手した時、自己紹介もしてないのに名前を言われただろ。あの時、あんたはエルフの魔法にかかって心まで見透かされたのさ。ジルはエルフじゃないが、あんたの手を握ったときに信用できるかぐらいは分かるのさ」

 バルエインは、そういうと唇の片方を上げるようにして笑ったようにみえた。立派なヒゲがモゾモゾと動いただけではあるのだが

「お前さんは、悪意や利ではなく興味を持って話しに乗ってきた。そして今も、その心が変わった気配がない。ならばお願いする立場である以上、信用するのは前提なんだから預けたまでさ」

 アークは、バルエインの言葉に納得するしかなかったと同時に自分の気分を知られていたことに気恥ずかしさを感じた

「じゃあ、二人も、握手をしたときに」

「ああ、あんたの方から手を出してくれたから、楽で良かったよ」

 ジルの気楽な言葉にアークは、閉口した

「これからは、竜の宝珠の保持者として竜の騎士アークを名乗れば良い」

 バルエインは真顔で言ったが、それにこそアークは驚いた

「いや、待ってくれ。確かに宝珠は預かったが、だからといってドラゴンの騎士はおかしい。俺は、ドラゴンに仕えているわけでもないし、何かに騎乗もしていない。だから騎士ではないし、元々、田舎のしがない傭兵だ」

「どうする?ジル?かのドラゴンの騎士様はご謙遜だ」

 バルエインは、溜め息をついてみせた

「構わないさ。全ては割れ山についてからの話さ。頼んだよアーク」

「ああ」

 アークは、首をすくめてに笑ってみせた

「私も、アーク、貴方を信じるんだ。だから、何があっても私を信じておくれ」

 ジルは真顔だった

「さあ、飯だ。飯にしよう。アーク、お前が町で買ったものを出してくれ」

「え、俺のか」

「そういえば、チーズを買ってたね。私にはそれをおくれ」

 二人が自分の荷物をアテにしていたのかと思うと、アークは、呆れるだけだった

「心配するな。お前にもドワーフの糧食を分けてやるからな。ベーコンかソーセージがあったら出してくれ」

 結局、アークは二人に自分が食べるつもりで買った食料を出すことになった

 そして、その交換として受け取ったのは、小さなコイン一つ分ぐらいの大きさしかない干し肉だった

「これぞドワーフの糧食だ、これを一つ食べれば一日は腹一杯で栄養も充分だ」

 アークは、小さな干し肉を見つめていたが、口の中へそれを放り込んだ

 味は、普通の干し肉と大差ないが、噛んでいるうちに腹が膨れ、飲み込む頃にはお腹いっぱいでになっていた

 バルエインは、アークに袋を投げた

「預けておく。今後の旅に必要だろう。二人で分けて食べるといい」

 その時、アークは、二人が干し肉を要求しなかったことを思い出した

「これがあるから、干し肉と言わなかったのか」

「そうさ、酒場で言わなかったかい?」

「聞いてない」

「だってさ、バルエイン、言わなかったのかい?」

 バルエインは顔をしかめてみせた

「いや、そうだったか。すまんな」

 アークは、ザックの中の干し肉をどうしようかと悩むのだった

 三人は、日が沈みかけた荒れ地の真ん中で夜食を済ませると、今日はそのままここで眠ることにした

 三人が交代で起きて、周囲を警戒するのである

 アークは、焚き火の光に背中を向けて眠り始めた

 剣と盾を外してマントの中でジルから預かった龍の宝珠が入ったザックを両手で抱えるように握りしめていた

 その素材が何なのかはわからないが、分厚い革製の手袋をしているのに竜の宝珠から暖かみと安らぎを感じる

 アークは、ウトウトはじめた

「起きろアーク、ゴブリンだ」

 バルエインの言葉にアークは飛び起きると、そばに置いていた剣と盾に手を伸ばした

 バルエインは、アークと同じくらいの高さの岩の上に登ると、マントを止めるクリップを外して、斧を構えた

 ジルは、腰から竜の牙を引き抜く

「アーク、ゴブリンと戦ったことはあるのか?」

「前に二回」

 バルエインの質問にアークは簡潔に答えた

 かつてアークは、募兵の応募の時にゴブリンの小さな群れに遭遇したことがあった。それと戦場の少し後方の食料を集めていた場所にちょっかいを掛けてきたゴブリンの群れと戦ったことがあった

「上等だ。ゴブリンは11匹だが、見えるか?」

「月が明るいから蠢いてるのは分かるが、数までは分からない」

 二つの月が浮かぶ夜、かなり明るいのだが、岩や草に隠れるようにしながら何匹かのゴブリンが近づいているのは分かるが、数までは分からなかった

「この岩の後ろに隠れてろ、合図をしたら飛び出せ」

 バルエインは、アークがゴブリンの弓に狙い撃ちされることを考えたのだ

 アークは、岩陰に回り込むとジルがどこにいるか様子を窺った

バルエインの左前の方に刀を構えているのがわかった

 そうしている間に、遠くにゴブリンのギャアギャアという声が聞こえてくる

 カブトの下でアークの額にジットリと汗が浮かび上がる

「まだかバルエイン」

「もうすぐ弓の射程だ」

 そのバルエインの言葉に応じるかのように立て続けに弓が降ってきた

「そんなものか」

 バルエインは、一声発すると、持っている斧を軽々と風車のように回して何本かの矢をはたき落とした

 アークは、自分の頭を飛び越えて地面に刺さった矢を見て、ゴブリンが近づいているのを実感した

 もうすぐだと剣を握り直した瞬間

「アーク今だ」

 バルエインの声が、頭上から降ってきた

 アークは、岩陰から飛び出して駆け出し、正面にいる短剣を持ったゴブリンに斬りかかった

 「ゴブリン達よ、かかってこい」

 バルエインは、叫びながら岩から飛び降りると、近づいてきたゴブリンに斧を振り下ろした

 ゴブリンは、持っていた短剣で斧を払おうとしたようだったが、バルエインの斧に文字通り叩き斬られ、悲鳴のような声を上げながら地面に倒れた

「一つ」

 バルエインは、そのまま振り返ることもせずに次のゴブリンに駆け寄ると、斧の重さに任せるように横薙ぎに払う

「二つ」

 その横では、ゴブリンがアークに斬りかかっていた

 アークは、冷静に盾で剣を受け流すようにして手首を叩く

 手甲を付けていないゴブリンの手の力が抜けて、手首が動いた

 これでゴブリンが怯んだ瞬間、アークは、一刀のもとにゴブリンを斬り伏せた

 そのまま近くのゴブリンに走ると、剣を振り下ろす

 ゴブリンは、たじろぐように見えたが、抵抗する様子もなく斬られ、倒れた

 完全に気合と勢いで圧倒したのだ

 そこへ、ゴブリンが跳躍しながら斬りかかってきた

 アークは、盾を使って手首を叩き、下がったままの剣を勢いよく振り上げた

 バルエインは、アークが同じやり方でゴブリンを斬ったのを見て、それがただの偶然ではなく狙ったものであるのを理解した

 ジルは、彼等を振り返ることもせずにそのまま走る

 三匹のゴブリンがジルに矢を放つ

 ジルは、気にする様子もなく剣を構えた

「悪いね。竜の牙よ、焼き払え」

 剣を横に振ると刃は灼熱に輝き、刀身を炎が包む

 その先から炎吹き出し、それは嵐となってゴブリンに襲いかかる

 弓を持った三匹のゴブリンは炎に飲み込まれた

 そして炎の嵐が消えた時には何も残らず、その周辺一帯が焼け焦げているだけだった

 残った三匹のゴブリンは、逃げ始めた

 三人は、何も言わずに見送るだけだった

 戦闘が始まってから終わるまで僅かな時間だったが、睨み合ったり間合いを計ったりすることなく激突した場合は、こんなものだった

 ジルは、刀を払って刀身の炎を消すと、そのまま鞘に刀を納め、焼け焦げた地面をしばらく眺めていた

 アークは、大きく深呼吸を一つすると、剣を振って血糊を落とし、近くに倒れているゴブリンの前で膝をついた

 ゴブリンが着ていた服で剣に残った血糊を拭いたのだ

「これで、奴らももう来ないだろ」

 バルエインは、斧を肩に担ぐとポツリと言った

 朝が来るには、もう少し時間が必要だった 

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