第3話 割れ山とジル

 割れ山は、彼らの住む世界の果てにある北の山といったイメージであった

 というより、割れ山こそが、アーク達人間の世界の北限なのである

 長い尾根を持ち大きくそびえるその山は、ある部分から2つに別れて2個の頂上を持っている

 そのため、人々は勿論、ドワーフやエルフ達までもがこの山を「割れ山」と呼んだ

 その割れ山には、ドワーフの一部族が住んでいる

 どうして、世界の果てのようなこの北の大地に住むことになったのか?

 この辺りではドワーフ達が喜ぶ希少な金属

、金や銀は勿論、ホワイトメタル、シルバーメタルといった特殊な金属までもが採掘されるのである

 特にこのホワイトメタルやシルバーメタルは、高い剛性と柔軟性を備え、非常に軽いのが特徴だった

 さらには特殊な魔法力を帯びている為、ドワーフやエルフが準備する特殊な炎でしか鍛えることができず、武器にすれば切れ味鋭く簡単に欠けたり折れたりもせず、鎧や盾などの防具にすれば炎や熱に対してもかなり強い耐性を持っていた

 そんな希少な金属が採取できるのである

 それに気づいたドワーフ達の喜びようは想像に難くない  

 最初にこれに気づいたドワーフはノルブロウといい、彼は、一族でここに移り住んだ

 そして最初の冬が来るまでには、彼の一族は勿論、彼についてきた仲間の家族達も全て収容できるほどの巨大な穴を掘った

 この割れ山の中の町は、さらに数年の間に数倍の広さとなり、族長であるノルブロウは王としてこの町の支配者となった

 掘り続けられて広がっていく町は、やがて整備され一般の人々が過ごす西の町の部分と、ノルブロウが王として過ごす東の王宮部分、北の鉱山部分に分かれていた

 町の中は、ドワーフが持って来た太陽苔と呼ばれる光る苔によって一日中ぼんやりと光っている

 ドワーフは夜目が効く。このボンヤリとした光だけでも十分に暮らしていけた

 この地下の町は、最初の発見者に由来してノルブロウデンの町とかノルブロウデン宮殿と呼ばれた

 ここで掘られた貴金属や特殊な金属は、質の良い金属として喜ばれ、ノルブロウデンには人が物が集まった

 しかし、長い時間の中でこの部族と町は衰退した

 まず第一に割れ山という場所が特殊だったのである

 このドワーフの地下宮殿の中で時折、原因不明の魔力が風のように吹き込むようになった

 これがやがて魔力が吹き荒れるようになり、ノルブロウデンの地下宮殿の空気は、少しずつ魔力に染まっていた

 今では地下宮殿全体の空気が魔力で澱んだ空間になっていた

 これ自体は、そこまで大きな問題ではないのだが、ドワーフという多少なりとも魔力を持つ種族となると、その影響を受けた

 体調が悪くなったりするドワーフ達も出てきた

 あるドワーフは、この魔力を不吉の前触れだといい、また他のドワーフはまだ掘ればメタルが出てくる前兆だといった

 そうやって言い争いをしている間に町を出て南に行くものが数多くいた

 第二に宮殿に新たなる支配者が現れたのである

 ドラゴンである

 このドラゴンは、青く輝く瞳に銀色の角、光り輝く銅色の鱗に覆われている

 広大な空間を誇るノルブロウデン宮殿であっても、一閃、舞い上がればすぐに天井にぶつかりそうな程の巨体を誇った

 ただ、日頃はその巨大な翼を畳み、長い尾を身に巻きつけるようにして狭苦しそうに王宮の中央広間で眠っている

 この新たなる支配者は、どこからやってきたのか分からない

 また、その巨大な体を入れる入り口がないにも関わらず、どこからか地下宮殿に入り込み、宮殿の王宮部分の中央広間に居座った

 勿論、ドワーフ達も抵抗はした

 だが、ドラゴンは強かった

 弓矢は、ドラゴンの鱗を貫くどころか傷つけることすら出来なかった

 ドワーフ達の斧は、ドラゴンを捉えるどころかドラゴンが吐く炎によって焼かれ、運良くドラゴンに近づけたとしてもその鋭い爪に引き裂かれ、ドラゴンに一撃を与えることも出来なかった

 ドワーフ達は、屍の山を築くだけだった

 その後、何度目かのドラゴン退治に失敗した後、ドワーフ達はドラゴンの行動に気づいた

 ドラゴンは、地下宮殿の王宮部分を移動したりしているが、多くのドワーフたちが暮らす町の部分には興味を示さなかったのである

 そして、ドワーフ達が手を出さなければドラゴンが手を出してくることはなかった

 そのため、王宮に近づかなければ自身がドラゴンの炎に焼かれる心配がないことを知ると、共存他者として受け入れようとした

 しかし、その頃には魔力を嫌がる者たちは割れ山を去り、恐れを知らずにドラゴンに立ち向かった者達はこの世にいなかった

 そして決定的なのは、ドラゴンが宮殿に居座る少し前ぐらいから、既に周辺からは特殊な金属は勿論、金や銀も殆ど採掘されなくなっていた

 もはや多くのドワーフ達にとってこの町は、リスクを犯してまで残って掘り続ける価値のある場所ではなかった

 ドワーフが作り上げだ地下宮殿は、ドラゴンの寝床と化し、一部の夢を諦めきれないドワーフ達が暮らす過去の町となった

 最初にノルブロウがここに来て、数百年の話だった


 地下宮殿が寂れた町になった時、斧ではなく刀を腰につけた一人のドワーフが、この町に流れ着いた

 ジルである

 毎日酒場で飲んで、支払いはツケだった

 朝から晩まで飲み続け、夜になったら上の階の宿で眠るだけの毎日に、主人は、支払いは大丈夫かと不安を感じた

 そこである日、酒場の主人のドワーフが支払いを督促したところ、ジルは、懐の袋から親指以上の大きさはあろうかという金を一粒出した

「足りるかい?」

 ジルは笑うように言うと、酒を飲み続けた

 昔ならこういった支払いは珍しくなかったが、もはや金も銀も出ない町である

 主人は、ジルに言われる前にジョッキを準備し、料理を出してジルの機嫌をとることになった

 その様子を見ていた他のドワーフは、ジルが黄金を持っていることに興味を持ってその入手元を聞いた

「貰ったのさ。奥で寝ているドラゴンにね」

「本当かい?そりゃ凄い」

「本当さ」

「姐さん、俺も貰えるかな?」

 呑んだくれたドワーフの一人が、調子に乗って聞いた

 そう聞くと、一瞬、真顔になって立ち上がり腰から刀を抜いた

 白い刀身は乳白色に近い色で光り輝く

「この刀は竜の牙。私は、竜の牙ジルさ。姐さんはよしとくれ」

 そう言うと、すぐに酔った力の抜けた表情に戻って、刀を鞘に戻した

「これはあんまり見せるもんじゃないね」

 ジルは、笑いながら酒を飲み始めた

 結局、質問に答えることはなかった

 後日、その呑んだくれは、本当にドラゴンに会いに行ったらしいが、遠くからドラゴンに睨まれただけで逃げ帰り、話しかけることすら出来なかったという

 ただ、たまたま酒場にいた他のドワーフの一人が、ジルのことを知っていたらしい

「あれは竜の巫女ジルさ。我々とは違うんだから、近づかないほうがいい」

 小声で周りの者にそう言った

 その後、ジルは、時折酒場を出るようになった

 興味を持ったドワーフの中にジルの後をつけるものがいたが、しばらく経つと見失い、或いは明らかにまかれてしまい、ジルがどこに行くのか分からないままだった

 ドワーフ達は、ジルが金をドラゴンから貰ったという話から、ジルがドラゴンに会いに行っているのではないかと言い合った

 また、ドラゴンが王宮部分を動いていることから、ジルはドラゴンの指示を受けて何かを探しているのではないか、とも言った

 結局、数ヶ月の間、様々なことを言い合ったが結論は出ず、そして分からずじまいだった 

 そしてドワーフ達は、ジルのことを黄金を持つ景気の良いドワーフというふうから、酒場で飲んだくれているだけというふうに認識が変わり、やがて興味を示さなくなっていった


 そして人々が、ジルにも興味を示さなくなった頃、一人のドワーフが来た

「ジル、飲んでるのか」

 バルエインは、わざわざ北の果てまでジルを迎えに来た

「バルエインかい?よく来たね」

 いつもの席で酒を飲みながら、酒場に入ってきたバルエインに手を振った

 バルエインの登場に人々は目を見張った

 角笛谷の王子の登場である

 バルエインは、王子としても度々この町を訪れていたし、今回の様に旅人として来ることも一度や二度ではない

 それが、ジルと席を囲んで二人で話をしているのである

 周りのドワーフ達は、ジルの景気の良さはバルエインか角笛谷のせいだろうと結論づけた

 その後、バルエインは、数日この町に留まり、二人は町を出た

 そして、月日は流れる

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