第2話 旅立ち

 野宿を続けていたアークは、久し振りにベッドの上で十分な睡眠をとることが出来た

 気分の良い朝だった

 外も、雨と風を呼んでいた分厚い雨雲はすでにどこかへ消え去り、太陽が眩しい光を放っていた

 この後昼までの間、アークがすることは殆どなかった

 旅に必要な道具の殆どは既に荷物として持っていた

 あとは、待ち合わせとなる下の階の酒場で持っていく食料を受け取るだけだ

 このまま部屋にいても仕方がないので、朝食を取るためにも部屋を出た。そのまま酒場で時間を潰し、二人を待つつもりだった

 アークは狭い部屋を見回すと、荷物の入ったザックを背負い、その上からマントを羽織り、腰に剣を履くと盾とカブトを持って下へ降りる

 まだ朝なので客は少ない。アークと同じくここの宿に泊まっている客だろうか?何人かが食事をしていた

 アークは昨日の夜に座っていた席に何気に座ると、女将がすぐに皿とジョッキを持ってきた

「バルエインは用があるから昼を過ぎるかもしれないけどこまま待っていて欲しいと。あと、これはバルエインからさ」

 そういいながら女将は、ジョッキとパンとソーセージが乗った皿を置いて言った

「有り難う。バルエインは、もうここを出たのかい?」

「ええ、なんだか忙しそうにしてたね」

「もう一人のジルも?」

「ああそうさ、一緒に出ていったね」

「有り難う、ならば少しここで過ごさせてもらうよ」

「どうぞ、お好きに」

 そう言って女将は去った

 一人で昼までここにいることは確定したのだ

 ここを出てしまえば北に向かう旅路で忙しくなる。今のこの時間は、のんびりと過ごすだけだ

 アークはゆっくりと食事を楽しんだが、流石にこれで昼まで持つわけもなく、さらにベーコン一皿とジョッキ二つが空になった

 いい加減、お腹いっぱいで待つのにも飽きた頃に二人は戻って来た

「アーク待たせたな。さぁ行こうか」

 バルエインは開口一番そう言った

 二人が店に来たことに気づいた女将は、アークに頼まれていたパンにチーズ、干し肉と水袋を持ってきた

「そろそろ行くのかい?」

「ああ女将、世話になったな。これで足りるかな」

 バルエインは、そう言って懐から銀貨を一枚テーブルの上に置いた

「多過ぎるくらいさ。待ってな、すぐに釣りを持ってくるよ」

 そう言って女将が銀貨を握りしめて戻っている間に、バルエインはアークの前に2つの小さな袋を置いた

 一つは、音と重さの感じから金貨の袋だろう

「一つは約束の手付だ。もう一つは、ドワーフの酒玉だ」

 旅の最中に飲めるものが手に入らなかった時、泥水でも何でも水袋一杯にしてこの丸薬を一つ入れて溶けるのを待てば、水袋の中身が美味い酒になるというドワーフの魔法の丸薬である

 アークは、初めて聞く魔法の道具に驚いた

「魔法が使えるのはエルフだけじゃないさ」

 バルエインはそう誇らしげに言うと、これからの旅路に必要だろうから無駄に使わないようにと忠告するのを忘れなかった

 アークが荷物を袋に詰め込み、バルエインが女将から釣り銭を受け取ると、三人は誰が言うともなく外へ、街の北へと向かうのだった

「で、バルエインはこの後どうするんだ」

「このままお前さん達と北へ向かい、今夜は一緒だが、明日には西へ向かい、角笛谷に帰って父王にこのことを報告せねばならん。まずは、我が故郷へ帰還だ」

 三人は、街を出る

 城門を出ると、そこから北へ続く道が長く伸びている

 ここから先は緑の大地が波のようにうねり、その緑の波の上に点々と岩が頭を出し、所々に木々が集まりがこんもりとした小さな森を作るマダラ模様の荒れ地が続く

 三人は何も言わずに北に向かっていたが、ジルはふと足を止め、二人もそれに合わせて足を止める

「あそこにエルフがいる。森の葉オルスロレーナがいる」

 アークはジルが見ている左の前方に顔をやって目を細めたが、遥か彼方に小さな森があるのしか分からなかった。およそ、人間の視力で見えるものではない

「確かに八人程いるが、オルスロレーナがいるのか。エルフでありながら以前世話になった。挨拶でもしておくか。行こうか」

 そう言いながらバルエインは、既に歩きだしていた

 ジルもそれに続き、アークが二人の後を追う

 三人は道を離れて荒れ地の中を歩いていったが、 アークがエルフたちを確認できる距離になっても、彼ら三人を気にすることもなく、森のそばで休憩しているようだった

 エルフ達は、皆、白銀に輝く薄手の鎧を身に着け冠にも見えるような頬当のある兜をあて、手には持っていなかったが大小の弓と矢筒がそばに置いてある


「東の森のエルフの護り手、森の葉オルスロレーナよ」

 エルフ達は、バルエインの言葉を聞いて初めて彼らに気づいたように三人に顔を向けた

「久し振りですね。西の角笛谷の石の王バルガイルの息子、王子、銀色のバルエインよ」

 岩に腰掛けていたオルスロレーナは、立ち上がって三人の方へ進むと、恭しく頭を下げた

「そして竜の牙、ブロンの娘ドワーフのジルよ」

「久し振りだね。オルスロレーナ」

 オルスロレーナは丁寧にジルの方を向き直ったが、ジルはそっけないものだった

「そして貴方が、ドワーフに選ばれし人の子ですか」

 オルスロレーナが、その端正な顔と大きな瞳でアークを見つめると、ゆっくりと右手を差し出した

 アークは、オルスロレーナの瞳に吸い込まれ、別世界にいる不思議な気分になった

 しかし、顔を動かすどころか、目も逸らすことができないままにオルスロレーナの右手を握り返した

 アークが、オルスロレーナの手を握った瞬間、アークの心は現実に引き戻され、はっと我に返った

「なるほど、良い心をお持ちだ。ありがとう、アーク」

 オルスロレーナがニッコリと微笑んで手を離す

 アークは、驚いた

 今、自己紹介はしていなかった筈だが……

 そんなアークの驚きを気にすることもなく、バルエインは口を開いた

「オルスロレーナ、どうしてそんな姿でこんな所まで」

「実はこの最近、我らエルフの里近くまでゴブリンや灰色狼、黒狼、そして邪悪なる影までもが来るようになったのです。」

 オルスロレーナは、残念そうにそう言った

 本来、エルフの里は、魔法の結界の力に護られている

 その為、邪悪なる存在は、エルフの里を無意識のうちに避けるようになっている

 それが役に立たなくなってきているというのだ

「そこで我々護り手達は、エルフの里近くまで来たゴブリンの群れを追ってここまで来たのです。しかし、ゴブリン達は北へ逃げました。今回はここまででしょう。エルフの里に戻るところです」

「そうですか、では里に戻ったら王にお伝え下さい。私はドワーフではありますが、王や里の人々から受けた恩義は、一日たりとも忘れたことはありません。皆様の恩義に報いる日が来ることを楽しみにしています、と」

 バルエインの実直さにオルスロレーナは微笑みで応じた

「必ずお伝えしましょう」

 エルフ達は、荷物を手にし始めた。彼らの休憩の時間は終わったらしい

 エルフ達は、準備をすると次々に挨拶の言葉を残して足早に去っていった

 エルフたちを見送る形になった三人の頬、夕日が赤い光をあてる

「少し早いが、今日はここで休むか」


 夜、小さな焚き火を囲んで

「ところで、俺が割れ山へ行くのはどうしてだ?ドワーフが行けば良かっただろうに」

 アークは、昨日から気になっていた質問をした。彼らが何か悪そうな企みをしているようには感じられないが、取り敢えず答えを聞いておきたかった

「言ってなかったかい?そうだったな。バルエイン、アレを渡して欲しい」

 ジルがバルエインに目をやると、バルエインは、懐から一つの袋をアークに渡した

「これは竜の宝珠、これをあんたに持っていて貰いたい」

 アークは、こぶし大の皮袋を受け取ったが、持っているだけで不思議な感じがした

「あんたも感じるだろ、この魔力を。割れ山の中にある宮殿では魔力が嵐のように渦巻いていて、私達やエルフなどでは魔力を強く受けて体に変調をきたす。だから影響を受けにくい人間に頼みたかったのさ」

 アークは、手にした袋の口を開いた

 そこには、ぼんやりと白く光る珠があった

 その表面には龍の姿が彫刻されている

「これが竜の宝珠」

 アークは、その宝珠の独特な雰囲気に圧倒され、息を呑んだ

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