ドワーフと魔法使いと……
井上基一
第1話 はじまりの夜
真っ暗な夜
降りしきる雨と強い風
アークは、町の酒場三匹のひつじ亭にいた
薄暗い店内の窓際の席に座り、テーブルの上には脱いだカブトとエール酒のジョッキ、こぶし大のベーコンのスライス、そして明かり用のロウソクが置かれている
テーブルの横にはボロボロになった丸い盾が立てかけられている
皮の下地に鉄を貼った軽量の鎧に、両腕には手甲があててあるが、左は革製で右は鉄製である
腰には剣を差したままでベーコンを一つ口の中に運んでいた
アークは、少し前まで王国の戦争に傭兵として参加していたのだが、戦争が終わって根城となる町に帰る途中だった
今日はこの町に泊まり、数日振りにベッドで眠ることができそうだ
周りの喧騒をよそにベーコンを頬張りエールを飲んでいたが、暫くすると自分の横に二人のドワーフが立っていた
アークは、この二人が何者かは知らないが、さっきから酒場のテーブルを回っているのには気づいていた
ドワーフの一人が、こちらの様子を窺いながら、半ば諦めの調子で口を開いた
「私は、角笛谷のドワーフホルン族の王、バルガイルの息子、バルエイン。今、私の代わりに北に行ってくれるものを探している。貴殿に頼めまいか?」
アークは、手にしていたベーコンを口の中に入れると、黙ったままドワーフの男を上から下まで見た
右手には大きくはないがドワーフらしい斧を杖のようについて立てている。右手のおかげで見えるマントの下は、華美さはないがそれなりに価値の有りそうな鎧が少し覗いていた
「報酬は?」
少し前まで戦場にいたので手持ちに不足はなかったが、帰ったところですぐに次の仕事があるとは限らない。内容によっては引き受けても良いと思った
「まず、話を聞いてくれればこの夜の酒代は払おう。引き受けてくれれば手付けとして金貨5枚。成功すれば別途支払うし。そこで何か手に入れれば、我々が受け取るもの以外はそちらの自由にされたい」
バルエインは、アークの返事が予想に反して良かったのか、一気にまくし立てた
それに対して、アークは一瞬、眉を曇らせた
報酬の金貨5枚というのが破格だからだ
この世界での金貨と銀貨と銅貨の交換比率はだいたい1:50:2000
金と銀は非常に貴重なのだ
アークの傭兵としての今回の報酬にも金貨は存在しなかったし、貧しい田舎の農夫ともなれば一生かけても金貨など見る機会もない。実際にアークも今まで数回しか金貨を見たことがないし、自身が手にしたことはなかった
それが、鉱山を掘ることが得意なドワーフとはいえ簡単に金貨5枚を出すというのは、それが余程困難な依頼の可能性を感じざるをえない
「分かった、とりあえず話は聞いてみよう」
他のテープルの連中と違って一人でいるので邪魔にはならないし、この飲み代を出すというのだから、ここで話を断る理由はなかった
その返事を聞いて二人のドワーフは、空いている椅子に座る
「おーい、こっちにもエールを二つ、あとベーコンとソーセージを大皿いっぱいにな」
バルエインは、酒場でフロアを動き回る体格のいい女将に大声で言いながら手をった
「あいよ」
女将が厨房へ顔を突っ込んで注文を大声で伝えているのを確認すると、バルエインはアークへ向き直り、斧をテーブルへ立てかけた
「依頼の内容を伝える前にまずは腹ごしらえだ」
バルエインは表情を崩す
「正直、ドワーフの依頼など誰も聞く耳を持とうとしない。諦めかけていた。しかし、まずは良かった」
そう言う間に、女将がジョッキ二つを右手に大皿を左手にテーブルへと来た
「バルエイン、なんとかなりそうなのかい?私は、この旅の剣士は知らないけどね」
「まだ、これから話をするんだ」
「旅の剣士さん、このバルエインは、私が子供の頃からこの宿屋に泊まり酒場で飲んでいる私の古い知り合いなんです。本当はドワーフの王族らしいけど、気取りのない良い人だ。どんな頼み事をするかわからないけど、出来れば良い返事をしてやって下さいな」
女将はアークにそう言うと去っていった
「では、早速話に入ろうか」
バルエインは、エールのジョッキに口をつけてからそう言った
「ここから300キミー以上北にある魔の古森に行き、そこに住む魔法使いに会い、その後また150キミー以上離れた北の割れ山に行ってもらいたい。話はすべて段取りがついているので、彼女に同行して欲しい」
そういうとバルエインは、隣に座るドワーフに目をやった
「私はブロンの娘ジルだ。よろしくな」
エールを飲んでいたジルは、ジョッキから口を離してそれだけ言うと、またジョッキを手に取った
「女だったのか」
アークは驚いて、椅子に座って背の高くないジルの全身を上から下までを目をやった
頭巾のような帽子を被り、顔は頬骨のあたりから顎の下まで立派なヒゲで覆われている。ジョッキに手を伸ばしているのでマントが後ろに流れているので分かるが、ガッチリとしていそうな体格に履いているブーツもかなり大きそうだ
どう見ても、男のドワーフと違いがわからない
「お前さん、ドワーフ女は初めて見るのか?人間はドワーフが岩から生まれるなんて言ってるらしいが、ドワーフにだってちゃんと女はいる」
バルエインはおかしそうに笑った
アークは、バルエインが言ったようにドワーフは男ばかりで岩から生まれてくるという話を聞いていたし、何度か見たことがあるドワーフは全て男に見えたので「そういう種族もいるのだな」と信じていたのだ
「で、どうするんだい?」
ジルは、人間の驚く反応に慣れているのだろうか?全く気にする気配はなく、一言だけ聞いた
アークは返事もせずにジョッキを手にした
目的の北の割れ山というのが全く想像できなかった
この山は北方の山脈の頂点の山として知られ、人々にとっては遥か彼方の世界の果てのような認識なのだ
いきなりそんな場所へ行ってほしいと言われても、全くイメージがわかない
「つまり、このジルと一緒に北の割れ山に行けば良い。しかも段取りの一切はジルが心得ているということか」
「そうだ。遠いのであまり気乗りはせんかもしれんが、ジルと一緒に北の割れ山に行ってほしいというだけだ」
バルエインは、アークの言うことを確認するように話を繰り返した
アークは、考えるのをやめた
彼には北方の知識はないし、高額な報酬も、ドワーフを連れて世界の果てまで行くとなればそんなものかな?と思ったのである
面白そうだ
「アークだ。旅の剣士ではなく、傭兵だ」
そう言ってバルエインに右手を差し出した
「そうか、受けてくれるか。良かった良かった」
バルエインは、アークの右手を握り返すと大きく上下に手を振った
「傭兵かもしれないが、明日からは、旅の剣士さ。よろしく」
ジルは、アークの右手を力強く握るのだった
三人は、明日の昼にまたこの宿の酒場に集まるのを約束すると、ジョッキを空にして別れた
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