第5話 ダンス
ダンスばかりは歌と違い体で覚えて貰うほかない。
一か罰かであの子を巻き込んでみようと考え、翌朝、私はわざと大広間で歌いながら踊っていた。
大広間はこの屋敷の構図上、劉鳳さんの部屋を通るには絶対通らないと行けない場所だ。
そして私が待っていた人物が現れる。
鋭い目つきはいつも私を警戒し、何かにいつも怒りを抱いている。
「はっ、くだらねぇ。」
「おはようございます。牙狼さん。」
挨拶は軽々と無視され、劉鳳さんがいる部屋に行こうとする。
「そのくだらない事も出来ない方に言われても…。」
「何だとっ…。」
「失礼しました。本心が声に出てしまいました。」
牙狼さんは劉鳳さんの部屋に行くのを辞め、私の方を見た。
よし、喰らいつた。
「あれぐらい誰でも出来るっ。」
「貴方がですか?言葉ではいくらでも言えます。」
「…見てろ。」
挑発に成功し、ダンスの練習を始められると思った時だった。
「何のせられてんの。ば~か。」
「…叶羽さん、おはようございます。」
この朝早い時間を選んだのは叶羽さんが寝ているからという理由があったのだがこれではこの時間に踊っていた意味がない。
…仕方が無い。
「そんな見え透いた挑発、そこの馬鹿しかのらないよ。」
「では、叶羽さんにもその馬鹿になってもらいましょう。」
「へぇ~、どうやって?」
彼らを本気にさせる方法は一つだけ。
「そうですねぇ。私が今から踊る振付を完璧に出来た時は私の命を差し上げましょう。」
「はぁ?それ本気で言ってんの?」
「もちろん本気です。私が居なくなればこの屋敷は貴方達の物です。…ですが、もし私が躍る振付けが完璧に出来なかった場合は、私に従って貰います。この挑発にのりますか?」
「面白いじゃん。いいよ、のってあげるよ。」
「自分で言っといてのんのかよ。馬鹿。」
「牙狼、うるさい。で、さっきあんたが躍ってたの踊ればいいの?」
ダンス経験が無い彼らにさっき私が躍ってもらうのは無理がある。
しかし、何処まで出来るのか見てみたいと思っているのも事実。
煽ってみて二人に選ばせるとしよう。
「いえ、さっきの踊りはお二人には難しすぎるので、基本の踊りを今から踊るのでそっちをお願いします。」
「本当に…ムカつく。」
「グルルル…。」
基本のダンスを見せてから踊ってもらう。
だが、プライドが高い彼らが躍ったのは私が最初に踊ったダンスだった。
一度しか見せてないのにしっかり形にしている。
牙狼さんは力強く、叶羽さんは柔軟に優雅に踊っていた。
「ふん、意外と簡単だったな。」
「まぁ、こんなもんかな。…何笑ってるの。気持ち悪いんだけど。」
「失礼しました。」
眼鏡を正し、気持ちを切り替える。
磨きがいのある彼らを見てつい嬉しくなってしまった。
「先程の踊り、お上手でした。」
私の言葉で牙狼さんと叶羽さんは笑う。
「初めてにしては形になっていたと思います。ですが…牙狼さんは力強さはありますが体の軸がぶれやすい。そのせいで踊りの途中、何度か次の振りが遅れていましたね。」
「っチ…。」
「叶羽さんは柔軟性がありましたが、後半の踊りで疲れてきたのか少し手を抜きましたね。前半が良かった分、とても目立ちました。」
「………。」
確かに二人の踊りは未来を期待させるものだった。
だが、完璧にはほど遠い。
二人に共通して足りないものは…体力。
「それでは二人には私の指示に従って頂きます。ご飯を朝、昼、晩、三食きっちり食べて下さい。」
「はぁ?何それ。」
「はっ、簡単に言ってくれやがる。そんなに食えるぐらいの金があったら食ってる。」
叶羽さんと牙狼さんは私が出した指示に見るからに不服そうだ。
「食べてくれると約束してくださるだけで結構です。お金の事も心配しないで下さい。材料は私の方で用意します。」
「お前にほどこしを受けてたまるかよ。」
「その言葉は自分で稼げるようになってから言って下さい。それに…そのくだらないプライドに振り回される周りの身になってほしいものですね。」
朝から騒々しくしてしまったので私達を囲むように多くの子達が見ていた。
そこにいる全員が健康体と言える体ではなく、やせ細っていた。
その事は最近来た私よりも牙狼さん達の方がよくわかっているはずだ。
「チッ…。」
「それと毎朝、踊りの練習をするので参加お待ちしています。」
牙狼さんは小さな舌打ちをし、私に背を向けて劉鳳さんの部屋に入って行った。
後を追うように叶羽さんも劉鳳さんの部屋に行くが、その時にチラリと私を見る目はとても冷めていた。
「まぁ、素直に来てくれるとは思いませんが…。そろそろ時間ですね。移動しなくては。」
スケジュール表を確認し、空いてる時間帯に食料確保と書き記した。
店は一時休業しているがやる事は多く、休んでる暇は無い。
女妓楼で用事を済ませた後は他の妓楼で情報収集兼挨拶回り、昼ご飯をサッと済ませた後は食料を買い一度男妓楼に戻った後は夜中まで出稼ぎ。
そして、また朝がやってくる。
「朝ご飯は食べましたか?」
「「………。」」
二人共無反応だ。
やはり素直に私の指示には従わない。
でも広間に二人が来てくれたのは意外だった。
きっと私にあぁ言われ、プライドが傷ついたのだろう。
「食材は昨日の内に用意したはずです。明日は食べて下さいね。では、基本から…。」
私が二人に煽りつつ指導していて、牙狼さんにダンスの才能を感じた。
きっと牙狼さんは体を動かすことが普段から好きなのだろう。
踊れば踊るほど輝きが増すのがよくわかった。
「はぁ…はぁ…。」
「っゲホ…っくそ。」
獣人族の彼らは私よりも運動神経、体力共に高いはずなのだが、普段運動してないせいか息切れをしていた。
基本のダンスで息を切らしているようではアイドルになるのは厳しい。
だが毎日ご飯を食べ練習すればそれも改善される。
「今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした。」
「何でっ…あいつ息切れてねぇんだよっ…。はぁ…はぁ…。」
「あ~~、あの余裕そうな顔…本当にムカつく。」
床に倒れている彼らを置いて、私は次のスケジュールを確認しつつ夜中の空き時間に「自己練習」と書き足した。
彼らは上に乗り越えられそうで乗り越えられない存在がいるから今頑張れているが、その存在が消えてしまえば踊りも踊らなくなるだろう。
「それは勿体ないですからね。」
せめて自分の可能性に気付いてから辞めてほしものです。
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