第10話 討伐隊

 城下町への帰り道、日が徐々に傾いてきていることもあって、低級妖魔が次々と出現してきた。


 太さ二十センチ、長さ一メートルほどの目も鼻もなく、口だけでかい深海魚のような『野槌』は、楓が矢で簡単に瞬殺。


 猫ぐらいの大きさで動きが素早く、気持ち悪い「土蜘蛛」には、手裏剣も狙いが定まらず、ちょっと手こずったが、最終的には接近してきたところをカツミさんが両断した。

 なるほど、今考えると『犬神』が如何に強敵だったかが分かる。


 城下町が近づいてきて、もう敵が出る心配はほとんど無くなったので、『緋炎ノ剣』の妖術を練習。


飛空炎舞剣フラウィングフレイム跳躍破裂炎兎弾ヴァーストラビット」の二種を見せたところで妖力が尽き、実はあまり多用できないことを伝えたのだが、二人は初めて見るその奇抜さ、派手さに目を丸くし、楓は歓声を上げ、カツミさんは『こんなの、ズルだっ!』と文句を言っていた。


 ちなみに、技の省略名は私が決めたもの。ある程度元の名前がわかるようにはしている。センスのなさは気にしない。


 やっと城下町にたどり着き、そして『退魔師組合』に行ってみると、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。

 ヤエから事情を聞いて、カツミさんも楓も驚きの声を上げた。


「確かなんだな……本当に妖魔共が『とりで』を作っているんだなっ!」

「はい、阿久川中流域の山中に……『小鬼』数十体が作業しているようなんですが、中には『劣鬼れっき』もいたって証言もあります」

「ふむ……。図体だけでかくて動きが鈍く頭も悪い『劣鬼』には力仕事をさせているんだろうが……そいつが本当なら、相当やばいんじゃねえのか?」

「はい、それで大騒ぎになっているんです。まずは、情報を集めているところなんですが……」


「じゃあ、ちょうどいい。こいつを見てくれ。三匹、群れていやがった」

 ヤエはカツミさんが取り出した魔石をいぶかしげに見つめ、そしてその目を見開いた。


「これって……『犬神』、それも一つは『首領格』じゃないですかっ!」

「私達だけで倒したんだ、すげえだろ?」

「それもそうですが、それより……」

「ああ、こんな奴らが群れている方が問題だ。その『砦』とも関連があるかもしれねえ」

「そうですね……ちょっと、お借りしますっ!」

 ヤエはそのまま慌てて走っていった。


「……返してくれるんだろうな?」

「それは大丈夫でしょうけど……妖魔が『砦』作ってるなんて……」

 なんか、相当やばそうな空気が伝わってくる。


「それって、前例がない事態なんですか?」

「ああ、少なくともこの『阿久藩』では、な……『砦』自体も脅威かもしれないが、それよりも『妖魔』共を統率する……おそらくは『大妖たいよう』が存在してることの方が問題だ」


「大妖……それって、『犬神』よりも……」

「はるかに強敵だ。そして人間同様に頭も良く、なにより『強妖』以下の妖魔を統率できる能力を持っている……『犬神』も手下にすぎない。ようするに『一大事』だ」


 妖魔を統率する……その中にはあの『犬神』も含まれる。

 あんな奴らが数十匹もの群れで襲ってきたら……。


「『大妖』は、今まで阿久藩に存在していなかったんですか?」

「いや……三年前に一匹だけ出現して……その時はこの城下町に夜襲を掛けてきて、そりゃあ大事になった」


「街に夜襲? ……そんな、それでどうなったんです?」

「夜だったので、妖魔共はより手強かったが……この街には『退魔師』が多く留まっているからな。数十匹もの妖魔共を、なんとか街に入り込まないように『木戸』の手前で食い止めていたんだが……」


 この町は、ぐるりと丈夫な木製の板塀で囲まれており、『木戸』とは出入りするための門のことだ。通常、夜間は固く閉ざされ、かがり火が焚かれ、門番が立っている。


「その隙をついて、一匹の『大鬼』が板塀を飛び越えて街の中に侵入した。『大妖』だ。体もでかく、力も強く、恐ろしいほどの妖気を発する化け物だったという。最終目標はそこから道が続く『阿久城』への侵攻だったと考えられているが……それを事前に予測して待ち構えていた奴がいる。今の宮司代理、『常磐光家』だ」

 あ、その話、ヤエからもちらっと聞いた。


「残念ながら、私はその時の様子を直接見た訳では無いが、街中に響き渡る轟音だけは覚えている。そして実際に見た奴の話では、光り輝く巨大な龍が現れ、その大鬼を食いちぎったという」

 ……光家さん、絶対に敵にはすまい。


かしらを失った妖魔の残党共は、散り散りになって逃げ出した。後日、『討伐隊』が結成され、少しでも危険そうな連中は一掃されたって話だがな」

 ……うーん、そんな過去があったのか。


「それで、今回も『討伐隊』が結成されることになりそうです……シノブさん、カツミさん、楓、話し合いに参加してもらってもいいでしょうか?」

 そこには、『こわばった笑顔』を浮かべる巫女、茜の姿があった。


 その打ち合わせは、『退魔師組合』や『明炎大社』の幹部、『城』の役人、有力な『退魔師』を交えて、夜遅くまで執り行われた。

 『砦』が作られているというのならば、完成する前に叩いておかなければならない。


 しかし、『大妖』が存在する可能性が高く、そいつはもちろん、『組織化』された『強妖』、『低級妖魔』達も侮れない。『犬神』が群れていた、となればなおさらだ。


 現在、この『阿久藩』で退魔師として実際に活動しているのは二百人程度。


 登録者が『三千三百人』と聞いていたので少ないように思ったが、これは『木こり』や『漁師』、『農民』まで含め、『妖魔』と少しでも戦う意思がある者を片っ端から登録した結果だという。


 また、実力を『達人』級まで伸ばし、より多くの魔石を求めて藩外に旅立って行く者も少なくないという。


 とにかく、この『二百人』の中でも、とくに腕に自信のある百人弱を募集し、一師団を作って攻め込むこととなった。

 基本的には、複数の登録された『隊』を集めて、8~12人程度の連隊を作成する。


 その連隊を十隊作成し、『師団』とする。総勢、約百人超という規模だ。

 各『連隊』には笛をもたせ、その吹き方で『緊急応援要請』、『緊急離脱』、『要相談』などの合図を送る取り決めとしている。


 さて、私達はどんな連隊になるのかと考えていると……。

「みなさん、私を仲間にしてもらっていいですか?」

 と、聞き覚えのある声が近寄ってきた。


「え、茜……今回の討伐、参加するの?」

 楓が驚いたような、そして嬉しそうな声を上げた。


「はい、兄からもそのように言われています」

「な……あなたが? 大丈夫なの?」

 その私の心配を、楓が笑い飛ばす。


「茜は『瘴気』を感じることができるし、防御とか治癒とかの妖術が大得意なの。それに、攻撃妖術もかなり強力で……たぶんシノブより役に立つわよ」


 ……そうなんだ。ほんわかした見た目からは想像できないけど。

 あと、『明炎退社』から神官が一人、城から侍が一人、そして『退魔師組合』所属のもう一隊が合流し、『連隊』となると聞かされた。


「……退魔師は江田兄弟、か……またとんでもないくせ者だな」

 カツミさんがニヤリ、と笑う。


「江田兄弟?」

「『盗賊』の二人組だ……腕は確かだが、食えねえ連中だ。私は嫌いじゃねえがな。奴らが昨日追加したもう一人は、人数合わせ、だな。おまえと同じだよ」

 カツミさんは笑みを浮かべながら私の胸を小突いた。


「今回、神社の『神官』と城の『侍』の方も、相当の腕の方です。そしてあなた達は『首領格』を含む三頭もの『犬神』を倒した猛者……私たち、この『師団』の中でも精鋭部隊です。なので、『先発隊』として先頭を歩くことになりました」


 ……えっ? それって……相当危険なんでは……。

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