第9話  地震

 カツミさんは、一時機嫌がよかったものの、また悪くなっていた。

 ちなみに、胴鎧は壊れてしまっているので左手で抱えるように持っている。

 上半身はサラシだけのまま……まあ、日本でも祭りなんかで神輿を担ぐ威勢のいい女性はそんな格好をしているが。


「シノブ、最後のは反則だ。そんな化け物みたいな剣使ったから勝てたんだぞ」

 戦闘からの帰り道、同じようなセリフをもう五回は聞いた気がする。


「分かってますよ。普通の刀だったら、絶対にあんなに簡単に勝てなかった」

 これも五回ぐらい、言った。


「まったく……常盤家の家宝を借りてるなんて……反則だ」

「もう、姉さん、聞き飽きたよ。それもシノブさんの人柄。実力のうちじゃない」

 楓はかばってくれる。


「なんだと、おまえ、どっちの味方だっ」

「んっ……と、ちょっとだけシノブ」

「なっ……裏切りやがったなっ!」

「そうじゃなくて、シノブはまだ素人なのよ。贔屓ひいきしたっていいじゃない」

「ばかやろう、『犬神』を一撃で倒す奴が素人のわけ無いだろうっ!」


 ……いえ、剣が「チート」なだけで、ずぶの素人ですけど。


 なお、今回の戦いで (あるいは、最後の『犬神』を倒す前に)階級が一つ上がっていた。


  シノブ 職業 : 忍者

      階級 :  2

      生命力: 80/80 → 100/100

      妖力 : 50/50 → 30 / 60

      俊敏 : 95 → 100

      筋力 : 80 →  85

      器用 : 60 →  60


妖力の現在の値が減っているのは、戦闘中に妖術を使ったからだ。

基本能力は『器用』以外は全てアップしていた。


技能段位は

投擲:三 → 四

太刀:三 → 四 

弓 :一

軽業:五

ということで、『投擲』と『太刀』がアップしている。


特殊技能は変わらず。

妖術:火炎、雷撃

鑑定、変り身、遁術


それからしばらく、カツミさんは黙り込んでいたが、真面目な顔で急に別の話を始めた。


「……しかし、正直なところ、相当面倒なことになったな。犬神が三頭つるんでいたなんて……しかも一頭は首領格。いや、だからこそ配下を従えていたのか……」


「それって、そんなに珍しいことなんですか?」

「ああ、少なくとも『強妖』が、昼間っから複数同時に出没するなんて、この『阿久藩』では今までほとんどなかった」


「へえ……じゃあ、ほかの地域ならあったっていうことですか?」

「そりゃあ、『恐山』や『地獄谷』なんかは妖魔の巣窟だからな」


「恐山……なるほど、この世界では妖魔が出現する場所なんですね……でも、そもそも、なぜこの阿久藩に妖怪が出没するようになったんですか? ずっと昔から、とか?」


「いいや……、おまえ、本当に何も知らないんだな……まあいい、かいつまんで教えてやる」

 こうして、城下町まで歩く時間、カツミさんがこの地方における『妖魔』の伝承について語ってくれた。


「そもそも、この阿久藩には『妖魔』はほとんど出現しなかった……まあ、何百年も前は別だが。ところが、七年前に起きた大地震の後、『阿久川』の上流で、妖魔が度々目撃されるようになったんだ」

「……大地震?」


「ああ、突き上げるような激しい縦揺れだった。私も楓も、当時からこの『阿久藩』に住んでいたから実際に経験している」


「……大変だったんですね」


「ああ、何件かつぶれた家もあったからな。津波が来なかったのは幸いだったが。そしてその地震以降、阿久川の上流で、『妖魔』が出現するようになっちまったんだ」


「妖魔……そもそも、妖魔はどうして、どういうところに出るんですか?」

「どういう、って言われると難しいが……まあ、『瘴気』ってやつが多い場所に出現するらしい。こいつを感じられるのは、神官や巫女だけだが」


 ……うーん、聖職者の特殊能力みたいなものかな。


「さっきちょっと言いかけたが、『何百年も前』は妖魔がいたのは確かだ。それを上流の山岳地帯に封じ込めた、とされるのが『常磐家』の先祖だ。だから退魔用の『妖術』を代々伝え、実際に実力もすげえ。おまえが持っているような『家宝』も大切に伝えてきたんだろう」


 なるほど、『常磐井家』はそんな昔からの名門だったんだな。


「まあ、地震がきっかけで封印が解けてしまったのかもしれねえが……これで生活に直撃を受けたのが、阿久川上流部に住む『木こり』達だ。あちこちで妖魔が出現するから、仕事にならない」


「……それで、その人達はどうしたんですか?」

「ああ、実は『妖魔』を倒したときに現れる『魔石』が売れると知って、『木こり』達は斧を武器にして、見つけた怪物達を片っ端から倒し始めた。

「『木こり』が……すごい……」 


「ところが、妖魔共は倒しても倒しても、また現れてきやがる。木こりたちは『きりがない』と嘆いていた。ただ、幸いな事に『阿久藩』では『瘴気』が薄く、しかし広範囲に広がっていた。その結果、『低級の妖魔』が大量に出没する、初心者~中級者向けの絶好の『退魔』地点だという噂が諸国に広まって……それで街が発展するきっかけになったんだ。そして七年で寂れていた城下町が一気に整備され、今に至る、というわけだ」


「へえ……じゃあ、妖魔は『やっかいもの』でもあるし、『町を発展させたきっかけ』でもあるわけなんですね」


「その通りだ……そこで問題なのが、今回の一件で、まあ簡単に言えば『妖魔が強くなっている』ってことだ。瘴気が濃くなっているのかもしれねえ。このままじゃあ、『阿久藩』全体が『恐山』みたいになりかねねえな」

 なるほど、そう言われると一大事のように聞こえる。いや、実際そうなのだ。


「とりあえず、徳の高い神官か巫女さんに、阿久川上流の瘴気を見てもらわないといけねぇな……」


 徳の高い神官か巫女さん――。

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