第8話 川原の死闘
私達三人は、背中を合わせて三方向から迫る『犬神』達に対峙した。
その凶暴は妖魔は、一切躊躇することなく間合いを詰め、一気に襲いかかってくる。
最初、カツミさんが新手の二匹同時に相手を、そしてカツミと楓で負傷している一匹を相手にしようとしたが、やはりそれは無理があり、カツミさんが押し込まれる。
なんとかその爪を防具に当てて直撃は避けたようだが、陣形が崩れた。
しかもその防具は深い傷が付いている……恐るべき切れ味だ。
たまらず、私は横に飛び出した。それを新手の一匹が追撃してくる。
ここで私は、賭に出ることにした。
身に纏っている、防具としては役に立たない忍び衣装を脱ぎ捨てて、倭兎神から初期装備として与えられている黒いビキニアーマーと籠手だけの姿になる。
圧倒的に身軽になり、動きが格段に増した。
それを見ていたカツミさんは一瞬目を見開いて驚いたが、直後にニヤリと笑い、
「やるねっ!」
と短くつぶやくと、半分壊れた胴鎧を脱ぎ捨てた。
その下は、白いサラシで胸元を、さらに同色の腰布で下半身を隠しているだけだ。
腹筋が見事に割れているし、腕も筋肉質。
胸は大きいのがサラシを巻いていても分かり、それでいてウエストはくびれている……鍛え上げられたアスリートの、美しい肉体……女の私が見ても惚れ惚れする。
「こいつらの爪には半端な防具はかえって邪魔だ。ようは当たらなければいいのさ!」
どうやら、この女侍も私と同じ考えに至ったようだ。
結果、私とカツミさんが新手一匹ずつ、楓が負傷した『犬神』と対峙する形となる。
これは、私の狙い通りでもあった……敵の攻撃を
少し間合いをとり、冷静にその攻撃を見切る。
『犬神』は恐ろしい形相で、二本足で立ち上がり、狂ったように鋭く長い爪で攻撃してくるが、力任せで大振り。
仮にボクシングでそんなパンチを繰り出す選手がいたなら、カウンターの餌食となるだろう。
しかし、こちらは剣技に関してはまだ未熟。なんとか相手の攻撃の軌道を読み、体を柔軟に動かして躱し、時に籠手で受け、剣で反撃を試みるが、相手も爪でそれをガードする。意外と防御力が高い。
攻撃力は相手の方が高いため、徐々に押し込まれていく。
ちらっとカツミさんが見えたが、さすが侍、逆に押し返しているようだ。
相手は少し傷を受けているが、それでもどう猛さは衰えていない。
楓はというと、その相手は片腕しか使えないにもかかわらず、彼女を押している。
体格も、ほかの二匹より一回り大きいように感じる。
大振りな爪の一撃が、楓の籠手をはじき、体勢が大きく崩れる。
危ない、と思った瞬間、オオタカ『
そのために妖魔の攻撃がワンテンポ遅れ、楓は距離を取って体勢を立て直した。
ほっとしたのも束の間、よそ見をした私の隙を、敵は見逃さなかった。
「くっ!」
攻撃に対する反応が一瞬遅れ、凶暴な爪が私の左肩をえぐった。
「生命力」を示す数値とグラフィックバーが、五分の一ほど減少した。
――この数値が0になったとき、今度こそ魂は消滅する――。
ぞっとした。
その一瞬の焦燥が、私の判断を誤らせ、後にまっすぐ下がってしまったところに次の攻撃を受けてしまった。
なんとか右手の籠手で受けたものの、相手のパワーに屈し、後に倒れ込んだ。
『犬神』は大きく腕を振り上げ、そして無防備な私に向かって鋭い爪を振り下ろす。
楓の悲鳴が聞こえた。
咄嗟に、すぐ側に落ちていた、柴犬ほどの大きさの流木に、左手で触れた。
(……成功してっ!)
そして私は、特殊技能を発動した。
――次の瞬間、『犬神』の攻撃は、見事に突き刺さった……私の体とその場所を入れ替えた流木に。
特殊技能『変わり身』、前日の練習では一度しか成功しなかったが、この土壇場でうまくいってくれた。
何が起きたか理解できず呆然としている『犬神』に、跳ね起きた私が反撃する。
敵の反応は一瞬遅れ、『緋炎ノ剣』の切っ先が下腹部を切り裂く。
(浅いかっ!)
それでも、『犬神』は私との距離を開けざるをえない。
横を見ると、楓が敵のパワーに屈し、押し込まれている。もう余裕がなさそうだ。
こちらの『犬神』はまだダメージから回復していない。
「
ここで、『緋炎ノ剣』に付与された魔法を発動した。
私と敵の間に、長さ五メートル、高さ一メートル、幅三十センチ程の炎の障壁が出現した。
無理をすれば突破できるであろう障害ではあるが、私が戦っていた『犬神』を驚愕させることはできたはずだ。
そしてピンチの楓を救うべく、手裏剣を抜く。
牽制球を投げるイメージ、速度で、それを彼女の敵に投げつける。
狙い通り顔面へ向かい、そして幸運にもその右目を貫いた。
「グバハァァ!」
思わぬ強烈なダメージに、『犬神』は棒立ちとなった。
(今だっ!)
私は疾風の如く駆け抜け、そして楓の目の前で『犬神』に剣のフルスイングを見舞う。
結果、ザクッという手応えと共にその頸部を切り裂き、妖魔は倒れた。
と同時に、カツミさんも自分が担当していた『犬神』を倒した。
炎の壁に阻まれ、負傷した残りの『犬神』は、山の方へと逃げ出した。
「……終わった、か……やるじゃないか、新入り……いや、シノブ!」
「本当、ありがと、助かったわ……でも、ケガしてるじゃない!」
私の左肩からは出血しており、少しずつ『生命力』が減っている。
ズキズキと痛みもあるが、強烈、というほどではない。
「『治癒妖術』、使えないの?」
「……そんなのがあるんだ……」
「……もう、そんなんでよく『退魔師』になったわね……」
楓がすぐ側に寄ってきて、なにやら呪文を唱えると、添えた掌からぽうっと光が漏れ、ケガの部位がすっと楽になった。
『生命力』もほぼ全回復した。
「どう、まだ痛む?」
「ううん、大丈夫……すごく楽になった、ありがとう」
「良かった……」
……私のすぐ側で、心配そうだった楓の表情が安堵のそれに変わったのを見て、思わず胸が高鳴った。
あれ? ……私、女なのに……。
そのとき、小さな破裂音が二回鳴った。
カツミさんが二匹の『犬神』にとどめを刺したようで、その肉体は『魔石』を残して消滅していた。
「見なよ……最初の一匹、『首領格』だったようだ」
そこには、消しゴムほどの大きさの、透明で角の多い魔石と、それより一回り大きく、薄紅色、角がトゲトゲ状に飛び出している魔石が落ちていた。
「首領格?」
「ああ、同じ種類の妖魔数百体に一体、力も妖力も強い奴が混じっていることがあるんだ。道理でこいつ、片腕になっても手強かったわけだ……でもその分、この魔石は高く売れるよ」
カツミさんの嬉しそうな表情に、ようやく私も楓も笑顔になった。
そして帰り支度を整えようとしたとき、ざわっと、なにか嫌な寒気がした。
カツミさんも楓も気づいたようだ。
「一匹、来る……この感触、さっきのと同じだ。たぶん、逃げた奴が性懲りもなく襲ってくるつもりだ」
カツミさんが刀を抜こうとしたが、それを私が制した。
「……何するつもりだ?」
「いえ、さっきのでちょっとコツを掴んだので……あと、試したいこともあって。私が逃がしてしまった妖魔だから、私に任せてください」
「……ほお、すごいじゃない。さっきまでとはえらい違いだ。じゃあ、見せてもらおうか」
私はうなずくと、『緋炎ノ剣』を抜いた。
『犬神』の強烈な殺気で、向かってくる方角は分かっていた。
その妖魔は木々で覆われた斜面を駆け下り、そして勢いよくこちらに向かって飛びかかってきた。
「やああぁぁぁ! 『
空中に剣で描いた∞軌道がそのまま炎の形となり、一直線に向かってくる『犬神』の全身を捕らえ、強烈な炎で包み込んだ。
「グォオオオォ……」
それはもう、攻撃力を持たぬ、落ちてくるただの火の塊だった。
しかし、ここで攻撃の手を緩めない。
私も飛び上がり、その塊を『緋炎ノ剣』で一閃した。
ザシュッという軽い、しかし確かな手応え。
『犬神』の肉体は、地面にたどり着く前に爆散した。
楓もカツミさんも、その光景をただぽかんと見つめているだけだった。
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