第7話 犬神

 バサバサッという音と共に空から舞い降りて来たのは、オオタカだった。


「い、いやああああぁ!」

 私はとてつもない恐怖を感じ、後に飛び退き、そして尻餅をついた。


 楓、ヤエの二人は一瞬きょとんとしていたが、私のあまりの慌てぶりに、吹き出して大笑いした。


「ちょっと、どうしたの、いくらなんでも驚きすぎよ!」

「ほんとです。こんなにかわいいのに」


 ……確かに、どうしてこれほど鷹が怖いのだろう……。


 しばらく考え、そして思い出した。

『パルクール』でビルの屋上から隣のビルに飛び移ろうとして、焦げ茶色の大きな鳥に激突し、落下して命を落としたんだった。


 とんびか、鷹だったのか、あるいは別の何かだったのかは分からないけど……その恐怖が、本能にすり込まれていた。


「いや……なんていうか、猛禽類、つまり鷹とか鳶とかが生理的に苦手なだけ。まあ、慣れてないだけかもしれないし……」

 ……うん、オオタカ、大人しく楓の肩や腕に留まっている間は、そんなに怖くない。


「そんな腑抜けで大丈夫なのか?」

 なにやら、大きな女性の声がこっちに向かって掛けられた。


「姉さん……見てたの?」

「ああ。そいつが尻餅つくところをね。まったく、『忍者』になるような奴っていうから期待していたんだがな」

 ちょっと不機嫌な様子で、頭を掻いている。


 身長は170センチぐらい、この世界では女性としてはかなり大柄みたい。

 太ってはいないが、がっしりした体格で、頑丈そう。

 歳は二十歳ぐらいかな。

 顔は、凛々しいっていうか、たくましいっていうか……私的には結構美人だと思う。


 籠手、すね当ての他に、剣道の防具で使うような胴鎧も身につけている。

 重そう……私には装備できそうにない。

 太刀は二本差し。髪型は、一応後ろで短めのポニーテール風にまとめてるけど、全体的にはボサボサの印象。

 たしかに、女性であることを除けば、どう見ても侍。見た目はかなり強そう。


「あ、えーと……まだ初心者なので……」

 これぐらいしか言えない。

 ちっ、と彼女は舌打ちした。


「まあいい、『忍者』ってことは、逃げ足は速いんだよな? やばくなったら、私達のことはほっといてさっさと逃げるこった。戦闘中にあんたの面倒までは見れねえからね」


「あ、はい……あの、私、『シノブ』っていいます」

「……こいつの姉、『カツミ』、見ての通り侍よ。まあ、少しの間の仲間になると思うけど、人数合わせのためだ、仕方がない。くれぐれも、自分から戦いに出しゃばったりしないようにな」


「……人数合わせ?」


 女性二人を見ると、なにか気まずそうな雰囲気だった。


「あの……昨日から、『退魔師組合』の方針が変更になって……三人以上の参加者で作る『退魔隊』でなければ、妖魔狩りに出られなくなったんです。それでお二人は、急遽『三人目』のお仲間を捜していたんです」


 ヤエが遠慮がちに教えてくれた。なるほど、それで『人数合わせ』か。


「いや、私は『隊に加えてもらえる』だけで嬉しいです。一刻も早く戦力になれるよう努力しますが……」


「いや、だから無理はしなくていい。最初は遠くから見てりゃいいんだ。今回探してる奴は強敵だ……万一戦闘になったら、私達にまかせるんだぞ」


 うーん……気むずかしい人だ。

 すると、ヤエが私の服の裾を引っ張って、小声で話しかけてくる。


「カツミさん、人見知りするし、言葉はぶっきらぼうで最初はちょっと怖いと思うかもしれませんが、腕は確かですし、本当はすごくいい人なんですよ。だから、緊張せずついていってください」


 ヤエがアドバイスしてくれた。うう、なんか慰められているみたい……。


 とりあえず三人揃ったので登録をすませ、ヤエは仕事に戻った。

 そして私達は、装備を調えるために武器、防具屋へと向かった。


 この街の武器屋は、さすがに『退魔師』達が集まるだけあって、品揃えが豊富だった。


 忍者用品の専用コーナーもあった。

 やはり、忍者と言えば『手裏剣』と『クナイ』だ。

 手裏剣もいくつか種類があったけど、一番シンプルなのは『棒手裏剣』だった。

 

名称 :棒手裏剣

攻撃力: 3 

耐久力:10


名称:クナイ

攻撃力: 7

耐久力:30


 ふーむ、棒手裏剣、あのナマクラ鉄の剣と同じ攻撃力だ。

 あっちの方が強そうに思うけど、貫通性があるからかな?


 お値段は百文。

 五本セットで買うと、専用の腰に巻くベルトみたいなの (棒手裏剣収納可)がついてくるということだったので、五百文出して買った。


 クナイはその棒手裏剣をでっかくして刃物のようにしたもの。

 園芸用の金属スコップぐらいの大きさで、柄頭つかがしらに輪っかがついて、紐を通せる様になっている。


 武器にもなるし、穴を掘ったり、ナイフのように使ったりと、万能性がある。しかも良く研いであるようで、攻撃力もそこそこ。


 これも専用のポーチが付いて、お値段一分、つまり一千文。

 現代の価値で二万五千円ぐらい。ちょっと高いけど、こいつは絶対必要だね。


 防具は、楓と同じように籠手とすね当て。

 防御力は両方とも7。鎧とかの防具と比べた限り、決して良くはない。

 お値段、合わせて八百文で、これは買っておいた。

 ただ、忍者の上級者になると、これらは装備しない方が身軽になるっていう話だけど……今は怖いから装備しておく。


 カツミさんの様に胴鎧を買おうか、とも思ったけど、これを身につけると、忍者の私は著しく体術が制限される。バク宙とかできなくなるし。


 あと、まきびしも買った。竹筒に数十個入ってて、百文。妖怪相手に通用するか、疑問だけど。


 それと縄とか、水筒とか、小物をいくつか買って、それらを持ち歩くための、腰に下げる袋も買い足して終了。買い物は楽しかった。


 楓は、弓と矢を装備していた。矢は新しく十本買い足したという。

 準備が整って、もう昼が近かったけど、目的の場所までは三時間ぐらいでたどり着けるということなので、出発することにした。


 すぐ近くを流れる『阿東川』を上流に向かって進むという。

 目標の妖魔は『犬神』で、単独行動を行う凶暴で危険な相手らしい。

 

 『犬神』はその文字とは異なり、犬でも、ましてや神でもなく、『狼』に低級妖魔が取り憑き、数年間月光を浴び続け、成長し、『強妖』、つまり強い妖魔として発現した化け物だという。


 通常はもっと山奥で、しかも夜間メインで活動する妖魔だが、どうも変わり者の『犬神』が一匹だけ存在するみたいで、これから向かうポイントで既に二人、犠牲になっているらしい。


 今回、『退魔』が三人以上の隊でないと許可が下りなくなったのも、こいつのせいだ。


 まあ、それ以前から最近妖魔が強く、数も多くなってきたのでちょうどよかったんだと、楓が教えてくれた。


 一時間半ほど歩いた頃、川原の砂利の上で、なにやらゆらゆらと揺らめいているソフトボールほどの奇妙な物体をみつけて、二人に知らせた。


「鬼火だ……こんな昼間っから出るようになったか」

「鬼火……ってことは、妖魔ですか?」

「ああ……放っておくぞ」

「えっ……倒さないんですか?」

「いや、あんなの割にあわねえ」

「割に合わない……強いんですか?」

「いや、最弱の妖魔だが、ちょっとやっかいで……そういやシノブ、あんた『忍者』だったな。投擲とうてきは得意か?」

「ええ、一応『優』でしたけど……」


 カツミさんと楓は目を合わせて、ちょっと笑った。


「ちょうどいいわ。腕前を見せて……あの鬼火、ゆらゆらと不規則な動きをする上に的が小さいから、狙いにくいの。その割に大した魔石を残さないから……近づかない限り害はないから、普通は相手にしないけど、どうしてもっていうなら『投擲』で倒すのが最良よ」


 楓はちょっと期待してくれてるようだ。


 私は頷いて、手裏剣を抜こうとしたが……。


「だめよ、手裏剣なんてもったいないわ。外したら取りに行くのが面倒よ」


「でも、それならどうやって……」


 楓が、笑顔でそのへんに落ちてた石ころを手渡してくれた。


名称 :石

攻撃力:1 

耐久力:2


 こんなのでも、ステータスが見えるんだ……。


 十メートルほどの距離に近づいて、鬼火を見つめる。

 なるほど、たしかにゆらゆらと動いて的が絞りにくい。

 セットポジションから左足を上げ、オーバースローで勢いよく石ころを投げつける。


 ……見事命中!

 その瞬間、ポンッという大きな音と共に、鬼火が破裂した!

 驚いて後ずさったけど、なんとか倒れず踏みとどまった。


「ほう、今度は尻餅、つかなかったか……一撃で倒すとは、なかなかやるじゃない」


 カツミさん、ちょっと機嫌が良くなっていた。


「その鬼火、やられる瞬間に破裂するから、剣とかで攻撃すると火傷するときがあるの。厄介でしょ?」


 狩人の楓が教えてくれた。

 なるほど、そういうことだったのね。


 破裂した地点にいってみると、水晶のように透明で、もっと角がいっぱいある小指の先程の物体が落ちていた。


「これが魔石、よ。シノブ、あんたが倒したんだから、持って行っていいよ」


「魔石……売ればいくらになるのかな?」


「うーん、これだと一文か、良くて二文……」


「えっ? そんなに安いの?」


「ね、割に合わないでしょう?」


 ようやくその言葉の意味を悟って、苦笑いを浮かべた。


 ちょっと道草を食ったけど、上流を目指して歩き、徐々に川幅が細く、そしてごつごつと大きな岩が増えてきた頃だった。


 なにか、剣を打ち合うような音、そして男の悲鳴が聞こえた。

 私達三人は顔を見合わせ、走ってその方向を目指す。


「いやがった……犬神、だ……思ってたよりも下流まで来ていやがった」

「あれが……でかい……」


 中肉中背の侍が一人で戦っているが、体格的にその狼も同じぐらいだ。

 体重も同じぐらいになるんじゃないだろうか。


 もう少し、距離七十メートルほどにまで近づく。

 二人、やはり侍が血を流して棒立ちになっている。意識はあるようだが……すでに戦意は喪失しているようで、少しずつ後ずさりしている。


 不意に、その狼が立ち上がった。

 両腕の先には、脇差しの刃のような鋭い爪が生えている。


「なっ……狼が、立って攻撃?」


「そうだ、なんたって『犬神』だからな……あいつ、やべえぞっ! 楓、援護だっ!」


 カツミさんがそう言ったときには、彼女は既に矢をつがえ、引き絞っていた。


 フシュン、という風きり音と共に、鋭く空気を切り裂いて、その矢は見事に『犬神』の背中を捕らえた。


「グハアァッ!」


 恐ろしげな悲鳴と共に、ものすごい形相でこちらを睨む『犬神』。

 なるほど、確かに三割ほど人間の顔のようにも見える。


 今まで戦っていた侍は負傷しているようで、こちらを向いた敵に攻撃をすることができない。


 そこにもう一撃、楓の矢が『犬神』の左肩を捕らえた。


「グルラァァ!」


 『犬神』は怒り狂い、こちらに向かって突っ込んでくる。


「来るっ! よし、私に任せて、あんたらは下がりな……奴の左腕はおそらくもう使えない、この勝負、もらった!」


 カツミさん、嬉しそうだ。真の戦闘マニアだな。


 しかしその時、『犬神』が予想外の行動に出た。

 立ち止まり、山々に響く、すさまじい声量の遠吠えを行ったのだ。


 ざわっと、膚が泡立つのを感じた。


 斜め後、山の斜面を駆け下りてくる二つの影……。


「馬鹿な……新手の『犬神』だと……」


 カツミさんは青ざめていた。


 先程まで戦っていた侍達は逃げたようで、もうここには私達しかいない。

 新しくやって来た二匹の動きは素早く、完全に背後を取られた。


「やべえぞ……新入り、覚悟を決めな……」


 全身から、嫌な汗が噴き出すのを感じていた。

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