第6話 楓

 茜に光宗さんから借りた剣を見せると、

「……それ、『緋炎ノ剣』じゃないですか! 我が家の家宝の一つなんですよ!」

 と、相当驚いていた。


「うんまあ、そうらしいね。あっさり貸してくれたけど」

「でもそれ、鞘から抜けるんですか?」

「うん? 別にすっと抜けたけど」

 そう言って、彼女の目の前で抜いて見せた。


「本当……その剣には意思があって、自分が認めた者しか抜けないんですよ。父や兄は抜けましたが、私には無理でした。高位の神主ですら、抜けたのはほんの数人……やっぱり貴方は、すごい方です」


「へえ、そうなんだ。だから鞘から抜いたとき、あなたのお兄さんは驚いていたのね」

「これで納得できました……シノブさん、兄に相当気に入られたみたいですね。これ、シノブさんにお渡しするように言われたんです」

 そう言って、彼女は小判を二枚、私に渡してくれた。


「えっ……これって……」

「兄から渡すようにって。なんか、『無期限でお貸しします』っていうことでした」

「……なるほど。貸してくれるっていうことは、返さなきゃならないってことね。うん、それならちょっと借りておくよ」


「ふふっ……やっぱり、兄の予想どうり、かもしれませんね。『差し上げます』っていったら、たぶん受け取らないだろうって言ってましたから」


 それはそうかもしれない。そんなことされたら、なにか魂胆があるのでは、と疑ってしまう。無期限で貸してくれるっていうのもちょっと怪しいけど。


「ところで、小判一枚って、『もん』でいうと、どのぐらい?」


「文で? あ、シノブさん、あまりご存じないのでしたね……小判一枚で一両、四千文です」


「四千文……」


 あめ玉が四千個買える。あと、能力の試験が八十回受けられる。受けないけど。


「それと、一両の四分の一が『』、さらにその四分の一が『しゅ』です」


 うーん、ちょとわかりにくいけど、何かの本で昔の一両は十万円ぐらいの価値だったと聞いたことがある。そう考えると、一文は25円か。飴玉一個と考えると、そんなものかな。


 だったら、能力の試験は1250円。人件費考えると、安いのかな。

 今回借りた金額は、20万円という事になる。

 なんかよく分からないけど、『妖魔』をたくさん倒すことはこの世界の人たちにとって重要らしいし、どうやらそれが私の復活するカギになっているみたいだし。


 私をこの世界に呼び寄せたっていう、「わと」なんとかていう……ウサギの神様? の試練っていう話だけど、それを抜きにしても何か大きな期待をされているみたい。

 一度死んじゃった私……こっちの世界で、ここまで世話をしてくれるんだから、がんばらないと。

 妖魔と戦うっていうのも、前世でそういうゲームとか好きだった私からすれば嫌ってわけじゃない。

 なにより、「パルクール」の技を生かせそうだしね。


 もう夕方だったので、その日は街で宿を借りて寝た (食事付きで一泊200文。借りたお金がなかったらご飯抜きになるところだった)


 翌日は、朝から近所の川原で『緋炎ノ剣』に付与された『妖術』の練習を行った。


 あと、茜から『使えるようになった妖術には、好きな省略名を付けられ、それで発動できる』という大変有用な情報を貰った。これで、『出でよ、○○』とかいう面倒な呼び出し方は必要なくなり、一つの単語で発動できるようになった。


 日が大分高くなった頃、『退魔師組合』に行ってみると、ちょうど玄関の先にヤエが待っていた。


「シノブさーん、お待ちしてましたよっ!」

 元気に手を振っている。うん、こっちまで元気になる。

すると、暖簾を潜ってもう一人、ヤエよりほんのちょっと年上、私と同い年ぐらいの少女が出てきた。


 服装は、腕に籠手、厚手の服にズボンのような物を履いており、すね当ても装備。

 腰には短刀を下げている。

 髪は背中ぐらいまであるみたいだけど、後でポニーテールのようにまとめている。


 身長は、たぶん155センチぐらいで、この世界では女性としてはちょっと背が高めだ。

 やや細身だが、『引き締まった体つき』のようで、華奢な印象は受けない。

 あと、ちょっと目元はきつめかな? でも、美人だ。


 そんな彼女が私の顔をみると、ちょっと笑顔になった。うっ、かなりかわいい。


「ほうほう、この人が。ふーん、へー」


 なんか、私の事をじろじろ見つめている。


「もう、かえでさん、失礼ですよ」


 ヤエが注意した。


「あ、ごめんなさい。茜の彼女って聞いたから、どんな人かなって思って。なんか想像よりかわいい感じね。でも、いきなり『忍者』の資格、手に入れたんですってね。それって、凄いよ」


 うーん、確かにちょっと失礼で口が悪そう。でも、嫌な印象は受けなかった。

 あと、彼女? ……やっぱり、ここってそうゆうのが普通にあるんだ……。


「いえ、別に『彼女』ってわけじゃ……ヤエ、この人は?」


 ヤエに確認しようとすると、楓と呼ばれたその少女が間に入った。


「あ、ごめんなさい、自己紹介してなかったわね。私の名前は『楓』、職業『狩人かりゅうど』よ。一緒に『退魔』してくれる仲間を捜してたんだけど、ヤエが『超絶おすすめの人がいる』ってはしゃいでて。しかも、茜が連れてきたっていうから、もう興味津々で」


「なるほど、退魔の仲間、ね。私も一人じゃ何していいか分からないからそれはありがたいけど……ほかにも誰かいるの?」


「ええ。私の姉が一緒。今、ちょっと買い物に行ってるけど……ちなみに、姉は『侍』よ」


 えっ……姉……女なのに『侍』? 

 うーん、こっちの世界では女でも戦いに参加するの、普通なのかな……。

 『狩人』と『侍』のパーティーか。それに『忍者』の私が加わる……バランスがどうなのか、さっぱり分からない。


 私も一応、自己紹介して、茜とは別になんでもないことを強調しておいた。『彼女』なんてデマが宮司代理の耳に入ったら、殺されかねない。


「それにしても、『退魔師』初心者なのに『忍者』か……ちょっと戦い方とか、見てみたいな」


「いえ、私、妖魔と戦ったことなんか一度もなくて……妖魔を見たことすらないの」


「えっ? 妖魔を見たことがない?」


 ちょっと驚きというか、あきれ顔の楓。


「ほら、楓さん、この方、茜様が言うように『異世界』から召喚された人だから……」


「えっ、あれって本当だったの? 茜の空想だと思ってたのにっ!」


 ……うん、まあ、それが普通の反応だろうね。


「ま、まあそうなの。だから、こっちのことあまり知らなくて……で、退魔って……何すればいいの?」


 ……そのあまりに基本的な質問に、一瞬場が凍り付いた。


「……いえ、『妖魔』をやっつければいいことは分かるよ。それだけじゃなくて、どうやったらお金になるのかな、とか」


「ああ、そういうことですか。『妖魔』は倒したら『魔石』を落としていきますから、それを集めて持ってきていただければいいんです。この『退魔師組合』でも引き取りますし、めずらしい『魔石』を拾ったならば、『魔石専門店』に行けば高値で買ってもらえますよ」


「……なるほど、そういう仕組みね。確かに一文の得にもならなかったら、誰も『退魔師』になんかならないよね」


「はい、シノブさん以外は」


 ヤエの一言に、私もつい苦笑した。


「そうそう、姉貴の他にも仲間がいるんだ。紹介しとくよ」


 そう言って、楓は指笛を吹いた。


 そして出現したその生物を見て、私は心臓が凍り付くような恐怖を覚えた。

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