第5話 緋炎ノ剣
八重は相当私の事を気に入ってくれたみたいだ。
「できれば茜様のところに一緒に行って、この偉業を直接お伝えしたいんですけど、仕事がありますので……」
と、職業と能力の証明書だけを渡してくれた。
なお、この証明書の発行金額、五十文。
いったいどれほどの価値なのかまるで分からないが、境内で売ってた飴玉一粒が一文だったので、ぼったくりというわけではなさそうだ。
ただ、なぜか私が最初から持っていた金額は二百文。あと百五十文しかない。
ヤエは私が帰るとき、名残惜しそうにしていたけど、最後に
「あ、あと、茜様の兄上の 光家様、茜様のことをものすごく大切になさってますので……気を付けてくださいね」
と助言してくれた。
「気を付けるって?」
「そりゃあ、茜様とシノブさんが恋人同士にでもなったりしたら……」
「まさか、女同士なのに……」
「だから余計に心配なんですよ。そっちの方向に目覚めちゃったらって。光家さんの願いは、茜様が立派な殿方のところにお嫁に行って、幸せになってもらうことなんですから。万一懸念している事態になると……」
「……光家さんって、そんなに怖いの?」
「いえ、普段はとっても優しいんですが……三年前にこの街で暴れていた大鬼を、強力な妖術一撃で吹き飛ばした時なんか凄かったですよ」
「……それって、やっぱり『強い』ってこと?」
「もちろん。妖術師としては天下でも指折りなんじゃなんでしょうか? もうすでに、父君の光艫様を超えているという噂です。この『阿久藩』には、三千人を超える退魔師が集まっていますが、その中でも最強だと思いますよ」
……ここはひとつ、冷静に話し合うべきね……。
その後、元の着物に着替えてヤエと別れ、しばらく歩いて明炎大社に戻ると、まず茜が迎えてくれた。
「どうでしたか……えっ、『忍者』? めずらしい職業ですね……それにこの成績……やっぱりシノブさん、凄いんですねっ!」
喜んでくれている。うん、かわいい。
「じゃあ、さっそく兄のところに報告に行きましょう」
笑顔で手を引っ張ってくれる。
いや、手をつないでいるところなんか見られたらやばい。
「あの……境内で手をつないで歩くのは……ちょっと……」
と告げると、真っ赤になって
「あ……ご、ごめんなさい、つい嬉しくって……」
「い、いや、私も全然嫌じゃないんだけど、ほら、茜さん、立場上いろいろとまずいんじゃないかなって」
「そ、そうですね。シノブさん、優しいんですね。私、ときどきあまり考えずに行動してしまうことがありますので……」
うーん、やっぱりちょっと天然だ。
ということで、また例の部屋へ。『宮司の間』というらしい。
前回と同じく、茜も含めて人払い。私と宮司代理だけになる。やだなあ。
「ずいぶんお早いお帰りでしたね。明日になるか、あるいは逃げ出すかと思っていましたが」
……うう、まだやっぱりちょっと敵視しているみたいだ。
私はヤエからもらった証明書を光家さんに見せた。
「……職業……忍者?」
うん、驚いている。
「ふむ……凄いではないですか。この成績……『妖術』の才能まで……それにしても、忍者とは……」
しばらく考えていた様子だったけど、何か思いついたようで、部屋の奥から一本の短剣を持ち出してきた。
古く質素な束と鞘で、全体的に赤っぽい。
ただ、なんとなくオーラというか、威圧感を感じる。
「どうやら貴方は、ただ者ではないようだ。これは我が家系に伝わる家宝の一つですが、先程のお詫びにお貸しすることにしましょう……使いこなすことができれば、の話ですが」
「えっ? 家宝? そんな大事な物を?」
「ええ。家宝はたくさんあるので、気になさらずに。まずは、鞘から抜いてその目で確かめてください」
……なんか急に態度が変わったことを不審に思いながらも、その刀身を抜いてみた。
「むっ!」
光家さん、ずいぶん驚いた声を出しているけど……。
「いえ、後でご説明します。それより、いかがですか、その剣」
「……刀身が……赤い……」
その長さは、私の指先から肘までほど。金属光沢を伴った朱色に輝いており、一点の曇りもない。
ずっしりと、それなりの重さ。だけど刀身が比較的短く、幅も掌の半分ほどと細身のため、重すぎるということはない。
わずかに反っており、片刃。刀身に波紋も見える。いわゆる『日本刀』だ。
興味が湧き、目を凝らしてその性能の詳細を見てみる。
名称:
攻撃力:70
耐久性:50
属性:炎
付与妖術:
延長槍炎
火炎障壁
飛空炎舞剣
跳躍破裂炎兎弾
火炎回流火炎龍
探索操人型炎
五炎飛蛇召喚
特記:付与妖術追加、および性能強化可能、自己再生能力有
「緋炎の剣……属性は『炎』……攻撃力70、さっきの「3」のナマクラとはえらい違いね……うわっ、なにこの『付与妖術』の数! 凄そうなものばかり……しかも、自己再生能力まで持っているなんて!」
つい興奮して、大声で騒いでしまった。
しかし、光家さんはもっと驚いているようだ。
「貴方は……どうしてその剣の銘を知っているのですか? それに属性も見事に言い当て、付与妖術を帯びていること、さらには自己再生能にも気づくなんて……」
「……え? ああ……私にも、どうしてこんな能力があるのか分からないんですが、目を凝らすだけで武器の性能が分かるみたいなんです……ひょっとしたら、『自分の能力が正確に分かる』ということは、『自分が身につけようとする武器の能力も分かる』のかもしれません」
私の言葉に、光家さんの目がさらに見開く。
「……まさか……茜の言っている言葉は本当だったのか……では、やはり貴方は、異世界からの救世主候補……」
そして光家さんは改めて私の方を向き、頭を深く下げた。
「先程は大変、失礼しました。貴方は本物の『神の名代』のようです……その剣も、貴方を持ち主と認めたようです。約束通りお貸しいたしますので、どうぞ、ご自由にお使いください」
「えっ、あ、はい……でも、本当にいいんですか? これ、すごいお宝ですよ?」
「ええ。これで先程のご無礼を許していただけるなら、こちらとしても幸いです」
うん、まあ、さっきのも別に私を本気で成敗するつもりじゃなかったみたいだし……こんなすごいの貸してもらえるならおつりを渡さないといけないぐらいだ。
とりあえず、これで光家さんとは和解し、そしてまた茜の案内で街に戻ることにした。
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