第4話 認定審査 

 受付をしてくれた女の子、八重に連れられて、建物の裏庭へと案内された。


 広さは高校のグランドぐらい、あんまり整備されていない日本庭園という雰囲気……いや、いろいろと奇妙な道具、例えばカカシみたいな人形や、打ち込まれすぎて痛々しい傷がいっぱいついた立木なんかがあちこちに存在している。


 木刀やら、長刀なぎなたやら、刀やらが無造作に立てかけられているスペースもある。

 あと、弓道場もあるみたいで、そこはきちんと整備されているみたいだ。

 それと、たぶん柔道みたいな格闘技の練習ができる、畳張りの道場も奥に見える。


 うん、これは完全な訓練施設だね。実際に、見える範囲だけでも十人ぐらいが武術の練習をしている。


 私も、ここで何かの訓練するのかと思ったけど……着物のままでは動きづらい。

 かといって、いきなり黒のビキニっぽい衣装だけになるのも、さすがに気が引けてしまう。

 そこでヤエに、動きやすい服を貸してくれないかな、とお願いしてみると、忍者っぽい黒い衣装 (ただし、頭部はむき出し)と、地下足袋を探してきてくれたので、ありがたく受け取り、更衣室でそれに着替えた。


「じゃあ、えっと、シノブさんでいいですか? ここでは名字を持たない人もいるので、基本的に名前でお呼びしています」

「うん、それでいいよ……えっ、審査って、あなたがするの?」

「はい、これでももう一年も続けているんですよ」

「一年って……あなた、今いくつ?」

「私の歳ですか? 十四歳になりました」


 小柄な体に童顔……「可愛らしい」という言葉で表現できる、小学校六年生ぐらいの女の子と思ってた。

 それでも若いことには変わりないが、私みたいな格闘技の素人を審査するんだから、こんな子でもいいか。


「じゃあ、まず手っ取り早く、剣の腕前を見せてもらいますね」

「剣ったって……私、一度も剣道の練習とか、したことないんだけど……」

「構いませんよ。どのみち、人間相手の剣の技術なんて、妖魔には通用しないことが多いんです。技術より、素質を見させていただきます……とりあえず、その二本の杭につないでる縄の内側に入ってください」


 言われるがまま、十メートルほどの間隔に縄を張っている、簡単な仕切りの中に入った。


「目の前に、大砲みたいなものがありますよね? あれから、干し草を丸めた物が次々と飛んできます。それを、この剣で切っちゃってください」

 そう言われて、彼女から鉄製の剣を受け取った。


 日本刀のように反ってはおらず、いわゆる両刃の直剣だけど……なんか、全然刃が鋭くない。

 じっくりと見つめてみると、なにかウインドウが開いた。


名称: 鉄の剣 (鈍) 

攻撃力: 3

耐久性:20


 攻撃力3が高いのか低いのかいまいちよく分からないけど、あまり切れそうではない。


「今、こんなんで切れるかな、と思っているでしょう。でも、うまい人が使えば、そんな剣でも乾いた干し草を一刀両断できるんです」


 得意げに解説するヤエ。

 あなたには切れないでしょう、なんて無粋な反論はしないでおいた。


「採点は、『優』、『良』、『可』の三段階で行います。基準は、退魔師としての能力が優秀、普通、素人に相当します。あまりにひどいと『才能なし』を意味する『不可』となりますが……たとえば『妖術師』だったら『剣』の項目は必要ありませんしね。そのあたりも含めて、私が公正に判定します」

 ……本当にこの娘が審査員なんだ……。


 危険は無いようだし、早速試験を開始してもらった。

 合図と共に大砲から干し草が打ち出される。ポンッっていう間の抜けた音だ。火薬とかじゃなく、なんかの妖術かもしれない。


 丸められた干し草の大きさは、ビーチボールぐらい。速度もゆっくり、山なりだ。

 距離はちょうど野球のバッテリー間ぐらい。

 真正面に飛んできたので、一歩左に体を動かし、フルスイング。

 ぱすっという音と共に、干し草は二つに切れた。


「へえ、すごいじゃないですか。さあ、どんどんいきますよっ!」

 彼女の合図と共に、次々と干し草ボールが飛んでくる。


 二球目、三球目は最初と同様に両断。四球目は自分より左に来たので、持ち方を変えて逆のスイングでこれまた両断。

 五球目、六球目と、今度は自分より上に来たので、剣道の面を打つ様なイメージで振り抜いたけど、両断までいかず。


 その後、高めが四球連続で来たけど、今度は高めは真上ではなく、一歩横に移動して斜め上から切りつけたらうまく叩き切れた。


「……終了です、シノブさん、すばらしいです。その振り抜き方、拍子の取り方、力強さ……一ヶ月や二ヶ月素振りしたぐらいじゃ身につかないですよね? 真上だけちょっと苦手みたいですが……判定は、うん、『優』ですっ!」

 ……なんか、予想よりずいぶんうまくいった。


 元々、私は小学校、中学校と、女子ながらずっと野球をやっていた。

 バッティングは器用な方で、スイッチヒッターとして活躍していたので……確かに素振りは毎日、何年も続けていた。

 高校に入って、流石に男子との体格差を感じて辞めてしまったけど……。

 こっちの世界に転送されるにあたって多少補正されているのかもしれないけど、その努力がこんな形で活かされるとは。


 そういえば、ステータスで『太刀』っていう項目の段位、『3』だった。それだと『優』になるのかな。


「忍者を名乗るには、最低でも『良』が必要でしたが……これは問題ないですね。でも次はちょっと難しいですよ。『妖力』の試験です」

 彼女はそう言うと、なにやら鎖の付いた平べったい、金属製の小さな箱を持ってきた。CDの入れ物を、もっと小さくした感じ。


「この中には、妖術を発動させるための『お札』が入っています。これを首に掛けてください……はい、それでいいです。ところでシノブさん、今まで『妖術』って使ったこと、あります?」

「いえ、ないけど……」


「忍者になるためには、これも最低『良』が必要です。まあ、『妖力』に関しては持って生まれた力量もあって、使えない人はどれだけ練習しても使えないのですが……じゃあシノブさん、そこの的に向かって、『出でよ、焔球ほむらだま』って叫んでください……ううん、そうじゃなくて、右手をかざして……そう、いいですよ。掌から火の玉が勢いよく出ていくのを想像して……」

 ……そんな中二病的な呼び出し方、しないといけないんだ……なんか嫌だけど、仕方ない。


「出でよ、焔球っ!」

 すると、パスッていう、これまたちょっと間抜けな音と共に火の玉が飛び出して、的のカカシに当たって、ちょっとだけ焦げた。


「で……出たっ!」

「あははっ、おめでとうございます! 少なくとも『炎系』の妖術は使えることが分かりました。あ、そのお札が触媒しょくばいになっているので、返してくださいね」


 なるほど、魔法発動のためには、何らかの触媒が必要なのね。


 他の系統も試してみたけど、あとうまくいったのは『雷系」ぐらい。これが使える人、珍しいみたい。今はまだバチッと音を出して静電気で敵をびびらせるぐらいにしか使えないけど。


 水系とかは相性が悪いのか、発動しなかった。ステータスにも表示されていないし。

 とりあえず、二系統成功したと言うことで、『妖力』の判定は『良』に。忍者の必要要素はぎりぎりクリアしていた。


 次に『弓』のテスト。

 道具の名前、使い方から教わって、他の人の見よう見まねで打ってみたものの……矢は大きく的を外してしまった。


「あははっ、さすがに弓はうまくいかなかったみたいですね。でも、まあ、前に飛んだから……判定は『可』です。でも、これじゃ忍者の必要条件は満たせませんよ。次の『投擲とうてき』で『優』なら合格ですが……」


 もう少し詳しく話を聞いてみると、『忍者』になるためには、『弓』か『投擲』のどちらかが『優』でないとダメらしい。

 で、その『投擲』。


 的までの距離は、弓よりは短いものの、やはり野球のバッテリー間ぐらいは離れている。

 でも、その方がやりやすい。


 この投擲、威力、コントロールの両方が審査対象になるということだけど……的に当てないと話にならないので、制球が乱れないよう、セットポジションからの投球を試みる。


 ちなみに、投げるのは『棒手裏剣』、星形ではなく、棒の先端がとがっているやつ。

 野球のボールとはずいぶん持った感覚が異なるけど、まあ物を投げるという意味では同じ。


 相当な勢いで私の手から放たれ、的の真ん中を貫いたその威力を見て、ヤエだけでなく、審査を見物していた野次馬からも感嘆の声が漏れた。


 まぐれだ、という声が聞こえてカチンと来たので、十投全て的に当ててやった。

 真ん中に当たったのは、最初のも入れて二投だけだったけど。


「すごい……威力も、投げた姿勢の良さも、なによりその的に正確に当てる技術が本当に凄いです。たぶん今まで審査を受けた退魔師の中でも、十本の指に入るんじゃないでしょうか。ずいぶん、それこそ何年も練習してたんでしょうね……文句なく『優』ですっ!」


 褒められると、素直に嬉しい。

 野球やってたとき、一応ポジション、ピッチャーだったから。

 最後の県大会でも、ベスト4には入ったんだ……エースじゃなかったけど。

 高校で野球あきらめて、『パルクール』に出会って、一年間ずっと練習して、最後に無茶して今に至るわけだけど。


「シノブさん、ここまでのところ、大健闘ですよっ! 総合でも『優秀』に匹敵する成績です。ただ……忍者を名乗るには、『軽業』という項目に合格、それも『優』を取る必要があります」


「軽業?」

「はい……退魔師の職業の中で、唯一『忍者』だけが、この技能を修得していなければならないんです。主に『身軽さ』と『俊敏性』を重視した試験なんですが……具体的には……あれを見てください。あの障害物を全て飛び越えたり、よじ登ったりして、この水時計の水が全て落ちきる前に終点に着かないといけないんです」


 彼女はいつの間にか、底に小さな穴の開いた細長い木箱を持っていた。

 二リットルのペットボトルぐらいの大きさ。

 内側に、どれだけ水が減ったかが分かる目盛りが刻まれている。

 なるほど、それに水を入れ、時間を測る道具として利用するわけね。

 

 かくして、試験が始まった。

 珍しい審査なので、ギャラリーが十人ほど集まっている。


 ――行く手を阻む関門は、私に取っては『パルクール初心者向けの障害物』に過ぎなかった。


 三メートルほどの石壁は、一瞬でかきつき、よじ登り、そのまま勢いを付けて飛び降りる。


 一瞬ギャラリーからどよめきが起きた気がしたけど、着地の時に前方に転がるようにして衝撃を吸収すれば、この高さからならノーダメージだ。


 五メートルほどの池なら、助走を付ければ飛び越えられる。

 もう少し幅の広い池もあったけど、置き石がしてあるので、それを利用すれば楽勝だ。


 地を駆け、木々の枝を飛び移り、背の高さほどの塀はノーウエイトで跳び越える。

 それはまさに、『パルクール』で培った技術をいかんなく発揮できる、最高のステージだった。


 終点にたどり着いたとき、見物人から大歓声が上がった。

 後で聞いた話では、水時計はこの審査の最速記録を示していたのだという。

 なんか『生前』を思い出して嬉しくなり、右手を振ってそれに答えた。

 

 ちょっとドヤ顔でヤエの元に戻ってみると……彼女は目をきらきらと輝かせて、尊敬の眼差しで私を見つめていた。


「シノブさん、凄いです……この査定の結果、あなたは現時点で、『新人』でありながら、『忍者』の必須技術試験に合格してしまいました……これは、三千三百人が登録しているこの『退魔師組合』の中でも、かつて無い快挙ですっ!」


 ええっ、それは我ながら凄い……っていうか、三千三百人も登録されているのが驚きなんだけど。


「さすが茜様、すばらしい人材を連れてきてくださいましたっ! まさに異世界から送り出された、神様に選ばれし救世主さまですっ!」

 へえっ、そんなに高評価なんだ!


「……すみません、言い過ぎました、『救世主候補』です……最後の『軽業』以外では、箇々の技能で上回る人、いっぱいいますから……それに『審査の時点では』っていう意味ですし……」


 ……なんだ、持ち上げといて落とすパターンか。


「でも、『いきなり忍者』が初めてなのは確かですよ。それだけでも十分価値のあることですっ!」


 なるほど、それなら嬉しいかな。うーん、でもそれで『異世界から来た証明』になるか微妙だな……。でも、精一杯やるだけの事はやった。


 この実績を持って、なんとかあの恐ろしい『宮司代理』様を説得してみよう。

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