第3話 退魔師組合

 神官は、右手に短刀を持ち、左手を添え、じりじりと間合いを詰めてくる。


 その目は落ち着いており、初初心者にありがちな「手が震える」といった様子もない……つまり、「慣れている」ようだ。


 対してこっちは実戦経験0。

 それにも関わらず、意外と冷静でいられる。


 あるいはそれは「まさか本気で襲っては来ないだろう」という甘い考えのためなのか、もしくは現状が信じられないためなのか……。


 不意に、神官はタンッ、という軽い音と共に、一気に目の前に飛び込んできた。


「くっ……!」


 左方向に飛び退くが、体が重い……というか、この着物が邪魔だ。

 もともと、前世でパルクールをしていた時はスポーツブラにショートスパッツというような軽装で練習していたのだ。

 男の子の前でも、それで平気だったし……それに、今は短刀で殺されかけてる!


 下着? のようなものを身に付けているのには気づいていたので、動きやすすくするために思い切って帯を解き、着物と、その下に纏っていた襦袢を脱ぎ捨てた。


「なっ……なんという破廉恥な恰好をしているんだっ!」

 

 意外にも、若い神官は動揺している。わりと初心うぶなのかな……と思って、視線を落とし自分の格好を見て、ちょっと焦る。

 今の私は、黒ビキニのようなものだけを纏った、前世の価値観でもちょっと露出多めの格好だった!

 ……とはいえ、海水浴かプールに来ていると思えば、どうということはない。


「私はこの格好の方が動きやすいの! 殺されかけているのに、恥ずかしがってる場合じゃないから!」

 

 そう言って横に飛んだ。

 さっきとは雲泥の差で、思ったより自分の体が軽い。


 しかしそれを読んでいたかのように、神官も同じ方向に飛びかかってきて、そして短刀を振り下ろしてきた。


「……そうですね、その程度のまやかしに翻弄されてはならぬ……」


 神官は、一瞬で動揺を抑え、攻撃を繰り出してくる。しかし……。


(……見えるっ!)


 その軌道が、手に取るように分かる。

 そして相手の振り下ろし速度より、自分が身を躱す方が素早いことを本能的に察知する。


 二回、三回と相手の斬撃が続くが、身をそらし、半身をずらし、そして後方に飛び退いて素早く避けた。


「ふむ……まるっきり素人、というわけでも無いようだな……」


 と、次の突きからいきなり攻撃のテンポがアップし、さらに多段突き、変化切りなどの本格的な応用技が繰り出されてきた。


「うわあああぁぁ!」


 こっちは素手だし、これは戦うなんて無理だ。

 もう、必死に間合いをとり続けるしかない。


 私がこの神官に勝っているとすれば、それは逃げ足の速さだけだ。

『パルクール』で培った身軽さを武器に、椅子や机を飛び越え、ひたすら逃げ回るしかない。


「……なるほど、確かに常人離れした身軽さです、間合いが詰められぬ……だが、これならどうだ?」


 その神官はうすら笑みを浮かべながら、左手の二本の指を右頬のあたりに持って行き、なにやらぶつぶつと呪文を唱え始めた。


 その途端、素人の私でも分かるような力強いエネルギーが、その指先に集中するのが見て取れた。


 これは……やばい、何らかの『妖術』を使うに違いない!

 体術ならばともかく、こんなの絶対に勝てないから。

 それに、よく考えれば、戦う理由もよく分からない。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私の負けですっ!」


 そう叫ぶと、神官は少し残念そうな顔をして右手の剣と左手の妖術の構えを降ろした。


「では、妹の誘いはあきらめる、ということでよろしいですね?」


「は、はい……ですが、ちょっとだけ聞いてください。せめて、明日まで……明日まで待ってもらえたら、必ず『異世界から来た』という証明をしてみせますから。それで無理なら、もう絶対にあきらめます」


「……明日まで、ですか?」


「は、はい、あきらめるのは簡単だけど、それだとあまりに茜さんが可哀想……なにか私にできることがないか、考えますから……」


 私の必死の弁解が効いたのか、神官は少し考え事をしていたが、


「ふうむ、まあ、いいでしょう……私の脅しにも簡単には引き下がらなかった貴方だ、何か考えがあるのでしょう……とりあえず、今日のところは貴方と茜の顔を立てますが……くれぐれも、彼女に妙な考えを抱かぬように」


 ……うう、目が怖い。絶対、敵に回してはいけない。


「それと、申し遅れました、私は宮司代理の常盤ときわ 光家みついえ、公務にて江戸に赴いております宮司の父・光艫みつともより、この『豪炎大社』を任されております。以後、お見知りおきを」


 ……そういえば、茜も宮司の娘、とか言ってたな。宮司って、神社で一番偉い人のはずだから……その代理って事は、実質このでっかい神社のトップが、目の前のこの神官!?


 さすがに、格が違う。

 私は挨拶もそこそこに、着物と襦袢を拾ってこの部屋から逃げるように出てきた。

 人目に付かないところでそれらを元通り着こんで、少し廊下を歩くと、そこには茜が待っていた。


「シノブさん、兄との面談、どうでしたか? ……凄い汗ですけど?」

「いや……うん、まあ……すぐには信じてもらえなくて……」

「そうなんですか? やっぱり……兄は結構、頑固なところがありますから……」


 ……なんかこの娘、ちょっと天然で脳天気な性格みたいだ。


 お兄さんの悩みや、自分をどれだけ心配しているかなんて、考えた事ないだろう。

 私が殺されかけた、なんて言ったら、どんな反応するかな……。


 そして神社の敷地を出て、雑談をしながら歩いている内に、二階建ての大きな建物の前にたどり着いた。


「ここが先程お話しした『対魔師組合』です。『対魔師』としてご活躍するには、まずここに登録する必要があるんですよ」


 案内されるがまま、彼女についていく。


 暖簾のれんをくぐると、そこには茜よりさらに小柄で子供っぽい、赤い着物を着た可愛らしい女の子が立っていた。


「ようこそ、対魔師組合へ。ご無沙汰でしたね、茜様」

「こんにちは、八重ヤエちゃん。実は……」

「……わあっ、この方ですね、例の『御名代』様でしょう!」

「……よく分かったわね」


 茜は嬉しそうに、その娘に私のことを紹介した。


「……じゃあ……後、お願いしていいかな?」

「はい、お任せくださいっ!」


 ヤエという名のこの女の子、えらく張り切っている。


 茜は巫女の仕事に戻らないといけないということで、


「夕方にはまた神社に来てくださいね」


 とだけ私に告げると、一人帰っていった。


 ヤエは、茜が見えなくなると、にこにこと微笑みながら私の方を向いた。


「へえ、すごく格好いいですね……茜様、すごい美人でしょう? 私、憧れているんです……うん、貴方だったらパートナーとしてお似合いかも……」


 なんか、ちょっとからかわれているのかな。

 それとも、こちらの世界では女性同士のカップルというのも珍しくないのだろうか。

 私は「そんなんじゃない」と、照れ笑いでごまかした。


 組合への登録は、専用の用紙に必要事項を埋めていく形式だった。

 まず名前。これは本名の「海部あまべシノブ」で問題ない。

 ただ、次の『職業』欄で悩んでしまう。


「そこは、目安となる項目ですので、ご自分がどんな能力があるかで考えていただければいいですよ。たとえば、妖術が使えるなら『妖術師』、刀が使えるなら『侍』とか。ただし、どちらも本当にその適性があるか見させていただくことになりますが……」


 うーん、そう言われても……。


 ただ、私のステータスウインドウには、どういうわけか『職業:忍者 (くノ一)』と書かれている。

 意味がよくわからないけど、そのまま書くことにした。

 すると、ヤエが目を丸くした。


「くノ一……忍者? 忍者ですって? ……それ、相当専用技術を修練した上級者でないとなれない職業です。当然、診査も厳しくて……少なくとも、新人でその資格を取得できた方は一人もいませんが……」


「うーん、でも、これしか思い浮かばなくて……」


 自信なさげにそう言うと、彼女は一つ、ため息をついた。


「……分かりました。とりあえず、適正を見させていただきます。その後で選択可能な職業をお伝えしますので……」


 ちょっとあきらめモードのようで、気の毒な気がしてきた。


 しかしこの後、彼女の私に対する評価は逆転するのだった。

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