第2話 ファーストバトル

 少し年下に見える彼女は、私の手を引いている間、ずっと嬉しそうだった。


 しかしその事に、私は少々戸惑いを感じていた。現在の状況が、全く把握できていなかったのだから……。


「あの……ちょっといいかな……」

「はい、なんですか?」

「ええと、その……あの、まずあなたの名前、教えて貰ってもいい?」

 私がそう告げると、彼女は立ち止まり、赤くなって、慌てて頭を下げた。


「あ、ごめんなさい……私、名乗りもしないで、いきなり貴方を連れ出すなんて……すみません、私の名前は『あかね』、この『豪炎大社ごうえんたいしゃ』の巫女長補佐をしています」

「巫女長補佐……すごいのね」

 本当はなんか凄そうな気がしただけで、どんな役職かさっぱりわからないけど。


「いえ、そんなこと無いんです。ただ、『宮司ぐうじの娘』っていうだけで与えられた役職ですから……それより『神様に選ばれた』貴方の方が、ずっとすごいです」

「神様に? さっき何とかって言ってた、あれもよくわからなかったけど……」

「あ……そうですね。まだ、なにもご存じないはずですよね……」

 彼女はそう言うと、急に深刻な顔つきになった。


「実は……申し上げにくいんですが……」

 ……なんか、それで分かった気がした。


「……まさか、私、死んじゃった……とか?」

 その言葉に、茜は一瞬驚いたように顔を上げ、そして再びうつむいた。


 じゃあ、やっぱりここはあの世?

 いや、そう見せかけた仮想現実世界で、本来の自分は集中治療室に入っているとか?


 いずれにせよ、さっきウインドウをあちこち調べてみた限りでは、「ゲーム終了」や「ログアウト」に相当するボタンみたいなものはなかった。

 それに、もし死んでしまったのであれば、それは完全な自己責任だ。


「いや、そんな気はしてたから……だって、あの高さから落ちたら、助かるはずないから……そっか、やっぱり私……」

 なんか、急に悲しくなってきた。


 あの場所にいた、四人の仲間はどうしただろうか。

 両親や妹は、どう思うだろうか。

 それを確認することすら、できそうにもない。

 もう、『あちらの世界』の誰にも、会うことは叶わないんだ……。


「いいえ、まだ貴方には可能性があります。魂が残っていますし……何より、『倭兎神わとのかみ様の御名代ごみょうだい』に選ばれたのですから」


「……その、なんとかのなんとかって、何?」

「『倭兎神』様は、まだ修行中の神様です。お生まれになってそんなに時間の経っていない……直接お伺いしたお話では、私や貴方と同い年、という事でした」


「直接? あなたは神様と会話できるの?……それに、私の歳も?」

「はい。会話というか、『お告げ』ですが……貴方は、貴方の世界の年齢で十六歳、ですよね? 私も、『倭兎神』様も同じです。それで、この世界には元々、最上位の神『国創命くにつくりのみこと様』がいらっしゃって、何万年も前にこの天地を創造されたのですが……修行中である『倭兎神』様に、一人だけ『名代』、つまり『倭兎神』様の身代わりを別世界から召喚する権限をお与えになりました」


「……神様の……身代わり……」

「はい。修行中の神様が直接この世界に影響を与える事は許可されていませんから……『倭兎神』様にできるのは、『別世界において不慮の事故で亡くなった一人を、召喚すること』と、『この世界の誰か一人に自分の言葉を告げること』だけです」


「……『この世界の誰か一人』があなたで、『別世界の誰か一人』が私、っていうこと?」

「その通りです。そして『倭兎神』様は、あなたがこの世界で生きていくために戸惑うことがないよう、ある『工夫』をなさいました。それが、『ご自分の能力を、正確に把握できる』仕組みです……『倭兎神』様によれば、貴方がもっとも把握しやすい方法で示しているということでしたが」


 ……それがゲームのウインドウ風、という訳ね……確かに、慣れているからわかりやすいけど……。


「それと、いくつか特典、というか、特殊な能力もお与えになっているようです。『国創命』様が許可されている範囲内ですが……それらはきっと、今後のご活躍にお役に立つはずです」


「……今後の活躍……私、何かしなくちゃいけないの?」

「はい……あ、それをまずご説明していませんでしたね……先程も申しましたが、貴方は、まだ魂が残っています。だからこそ、こうやって私と会話できているのですが……そして、生き返ることもできるんです」


「……生き返る? それは、元の世界に帰れるって事?」

「はい。でも、そのためには、ある大きな『試練』を達成せねばなりません」


「試練……」

「……今はそれが何か、私には分からないのですが……たぶん、この地方に『妖魔』が大量に出現していることと関係があると思います」


「……『妖魔』って……妖怪みたいなもの?」

「ええ、妖怪とか、魔物とか。ひっくるめて『妖魔』と呼んでいます。今、この『阿久藩』には、『退魔』目的の猛者の方々が、たくさん来られているんですよ」


 なるほど、ゲームなんかでは良くある設定だけど……これも神様の趣味なのかな……。


「……ということは、私もその『退魔』をしろって事なのかな……」

「たぶん……そうなると思います。それで、見事試練を達成出来れば、貴方は『不慮の事故』が起こる数分前に戻ることができるのです」


「……うーん、なんか都合が良すぎるような気もするけど……希望があるなら、信じることにするかな。そういう話、嫌いじゃないし。でも、一つ気になる事があって……」

「はい、なんでしょうか」


「もし、『生命力』が0に……つまり、戦いに負けて死んじゃったりしたら、私、どうなるのかな?」

「そのときは……残念ながら、魂が消滅します」


「消滅……って、つまり、また死んじゃうの?」

「はい。今度こそ本当にお亡くなりになります。復活はありえませんので、十分にお気を付けください」


 ……さらっと恐ろしいことを告げてきた。

 まあ、でも「死んだらそれで終わり」っていうのは、考えてみれば普通のことだ。


 その後も、細かいことを歩きながらいろいろと教えてもらった。

 なんか、『対魔師組合』みたいなものがあって、そこに登録しないといけないとか。

 特定の『職業』を名乗るには、『試験』に合格しないといけないとか。

『倭兎神』様は女神で、私を気に入っているとか……。


「ちなみに、その『倭兎神』様は、どういうお方なの?」

「どういうって……」

「えっと、たとえば……ものすごく、怖いとか」

 恐る恐る尋ねると、彼女は一瞬きょとんとした感じになって、そしてちょっと吹き出した。


「『倭兎神』様は、すごく気さくで、優しくて、面白いお方ですよ。なんていうか、私に対しても、まるで友達のように接していただいています。恐れ多いことですが……あと、『倭兎神』様も、どんな方が『名代』になってくれるのか、数日前まで分からなかったそうなのです。だって、『不慮の事故』で亡くなる方ですから……それが、こんなに若くて綺麗な方だったから、すごくお喜びになって……いえ、亡くなったのですから、喜んじゃいけないんでしょうけど……それでも、普通はその場で魂が消滅するはずでしたので……」


 ものは考え様だ、と思った。

 本来ならビルから落ちて、それでおしまい、だったんだ。


「あと、それと……私からもお伺いしないといけないことが……」

「うん? 私、何か隠していたっけ?」

「あの……お名前を……」


 そう言われて、私は自分の名前を告げていないことを思い出し、慌てて『海部あまべしのぶ』と本名を名乗った。


 そうこうするうちに、黒い門を通り、砂利道を進んでさらに中門から大きな建物内へと入っていく。


 木製の回廊を進んでいくと、だんだん作りが立派になってきた。

 あまりに敷地の規模が大きく、どの辺を進んでいるのか全く分からない状態だ。


 やがていっそう内装が豪華な廊下へと差し掛かり、そこで足が止まった。

 警備をしている神官達が恭しく挨拶を行い、金の細工が施された豪勢な扉が開かれた。


その広く壮麗な部屋の奥にいたのは、白色無紋の絹の衣装を纏い、黒い冠を被った、いかにも高貴そうな身なりの美男子だった。おそらく、高い位の神主だろう。


 歳は二十代前半ぐらいだろうか。

 警備の神官達よりまだ若く、細身なのだが、なんというか、オーラの様な威厳を感じる。


部屋は細長く、やはり白い服を着て長く薄い木の板を持った少年が一人ずつ、そして同じく白服、赤い袴を履いた「巫女」が二人ずつ、両側に並んでいる。


 警備をしていた神官達は、奥の神主に一礼すると、その場を後にした。

 扉が閉まり、少年・少女、巫女の茜、そして私と神主だけがその部屋に残っている。


 お香を焚いているようで、少しクラクラするような香りが充満している。 

 ちなみに、少年達は皆、いわゆる『美少年』で、巫女達はみな『美少女』だ。


 もちろんこれが偶然のわけがなく、わざわざそういう容姿端麗な若者達をこの場に集めているのだろう。何のためかは分からないけど……。


「お兄様、とうとう『異世界』から、『倭兎神』様に召喚されたお方が到着されました」

 茜の言葉に、『兄』と呼ばれたその神官はピクリ、と眉を動かした。


「……あなたが、『倭兎神』様が召喚されたという『対魔師』様ですね」

 彼の言葉は、優しげながら、どこか威圧的な響きがある。


「……茜さんのお言葉によれば、そのようです。私には、その自覚がありませんが……」

 思っていたことを正直に告げた。

 茜が、境内で私と出会ってからの簡単な経緯を説明した。


 神官は

「ふむ……」

 と言葉を発し、しばらく思案した後、巫女達に部屋から退出するように命令した。

 それは茜に対しても同様だった。


 ……広く壮麗な部屋の中、私と神官の二人だけが立っている。そして彼は、すぐ側まで近づいてきた。


「……シノブ殿、申し訳ない」

 彼は、なぜか私に対して頭を下げてきた。


「えっ……申し訳ないって、どういう意味で……」

「……妹の茜には、いささか虚言癖がありまして……『倭兎神』様という神様と会話ができるように申しておりますが、実のところ、我々の誰一人としてそれを信じられないでいます」

 ……そうなんだ。


「いままでは、それでも毎日『倭兎神様に選ばれた人は、本日も現れなかった』と申しておりましたので、あまり気に留めないようにしていたのですが……本日、遂に貴方をつれてきてしまった」


 ……かわいそうに、茜、「イタい子」と思われていたのね。


「貴方にはご迷惑をおかけしましたが……できればこのこと、内密にお願いできませんでしょうか。その上で、『対魔師』としての活動をご辞退いただければ幸いなのです」


 ……うーん、そういうことか。でも、それじゃちょっと茜が可哀想すぎる。


「……いえ、茜さんはウソは言っていないと思います。それに、何かの思い込みでもないようです……なぜなら、私は『自分の能力』を、正確に把握できているからです」

 私のその言葉に、神官はまた眉をピクリ、と動かした。


「……ならば、貴方が『異世界』から来た、ということを証明していただくことは可能ですか?」

「証明……」

 あれこれ考えたが、ぱっといい案が思いつかない。


「……残念ながら、今すぐにそれを証明することができません」

 すると、彼はふう、と大きくため息をついた。


「私は心配していた……参拝に訪れる氏子達に、片っ端から妙な質問をする妹が、いつかどこの誰とも分からぬ者を連れてきてしまうことを……そしてその者が、妹の口車に乗り、金銭目当てなどの不純な動機で彼女に取り入ろうとしてしまうことを……」


 この神官の言葉には、多少怒りを覚えた。

 私に対する悪口はともかく、自分の妹の事をこんなに酷く言うなんて……。


「今の発言、ちょっと捨て置けないですね……それとも、私を挑発しているんですか?」

「……ほう、挑発と気づきましたか? では話は早い……貴方が辞退しないのならば、私は貴方を『成敗』するだけです」


 神官はそう言うと、腰に差していた短剣を引き抜いた。

 えっ……うそっ……!


ファーストバトル:

敵:茜の兄

職業:神官

階級:かなり高そう

生命力:不明

攻撃力:不明

武器:高そうな剣

妖力:たぶんすごい


シノブは逃げ出した!

しかし、回り込まれてしまったっ!

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