異世界で空を飛べる僕は地平線にこの物語の結末を見た
住吉徒歩
異世界で空を飛べる僕は地平線にこの物語の結末を見た
『僕はそれほど不幸ではないと思う。
かと言って、幸せな将来なんて約束されていない。
他人より努力しないと人並みの生活はできない気がする。
きっと、自分の能力より少し背伸びして、やっと普通なのだろう。
だから、社会に出る準備トレーニングを早目に始める必要がある』
それが中学一年生になったばかりの僕、大槻望の自己評価。
でも、努力はそれほど続かないタイプだ。
なので、やっていることは手っ取り早くインターネットを開くこと。
そして、少しでも「生きやすく」なるための小さなヒントを拾い集めるのだ。
例えば、こんなやつ。
・バカに思われない自己紹介3パターン
・自分を大きく見せる5つのコツ
・口げんかに負けないための言い返しベスト10
・毎日ハッピーな人が心に決めている20の約束
そんなヒントを「お気に入り」に登録して、オトナになる日に備えているんだ。
「なんて人生だッ!」
なんて思わない。思っても仕方がない。運命は受け入れるしかないのだから。
あきらめているのではない。将来を悲観してもいない。
ただ自分をひいき目で見ず、冷静に未来を予想しているだけだ。
ヘンなプライドを捨ててね。
でも、時々不安になって眠れない夜がある。
どうしても……眠れない。
そんな時は、「すごいパワーを手に入れた自分」を想像してみる。
たった一つでいい。「ズバ抜けた特技が自分にもあればなぁ」と妄想するのだ。
どんな特技がいいかな?
①聴く人が涙するほど歌がうまいとか。
②とび箱が何十段も跳べるとか。
③一度パラっと見た教科書を写真のように記憶して丸ごと暗記できちゃうとか。
そんなありえないことを考えていたら、涙が一粒こぼれることがある。
一粒でも、泣くと不思議なことに気分が落ち着いてそのうち眠れるのだ。
僕はそうやって眠れない夜をやり過ごすことがある。
目が覚めると異世界にいた。
学校で授業中に居眠りをしてしまったのだ。
「空を飛ぶ」夢を見ていた……はずだったのに。
ここは小さな町だった。
家や道路がなければ、ただの荒野だ。
アメリカの映画の古い西部劇に出てくるような、何もない町。
店は少なく、畑がチラホラと見えるぐらい。学校はないようだ。
ここの住民は何を食べて暮らしているのだろうか?
僕は誰にごはんを分けてもらうの?
当然、ここには父さんも母さんもいない。異世界だから。
試しに、前からやって来たオバさんにお願いしてみようか?
「あの! 何か食べさせてもらえませんか?」
給食前に転生してしまった僕は、お腹がペコペコだった。
オバさんは手に提げていた買い物カゴから、フランスパンを一本取り出した。
そして、ボーッと口から火を吹いて軽くあぶってくれた。
「うわっ、火を吹いたッ」
僕は思わずのけぞった。
「ほら」
オバさんはアツアツのパンを僕に渡すと、鼻歌をフフンと歌いながら去っていった。
異世界での初めての食事はそんなフランスパンだった。
きっと、あの香ばしいおいしさは一生忘れない。
しばらくして「ここは何をやっても恥ずかしくない世界」だということに僕は気づいた。
失敗しても「恥ずかしい」と感じる必要がない。
どんな行動を起こしても、誰にも迷惑をかけないからね。
「元の世界」の誰にも。
初めて出会った人とでも僕は気軽に話すことができた。
すると、僕に新しい友達ができたんだ。
「風を起こす」という特別な能力を持った少年、フウ。
そして、「未来を予測できる」という占い師、リン。
フウは十歳、リンは僕と同い年の十三歳だった。
こんなに簡単に友達ができるなんて!
現実の世界でどうして友達を作る勇気が出なかったのか、不思議だ。
そして、パンをくれたオバさんにも再会した。
フウとリンの母親代わりになって一緒に暮らしていたのが、火を吹くオバさんだったのだ。名前はカカ。
オバさんの家には怪力自慢のオジさんも住んでいた。ザンというやさしそうな目をした大男だった。
そう言えば……。
現実の世界の僕は今、どうしているのだろう?
ずっと眠っているのかな?
僕の予想では、僕がこっちの異世界にいる間は本当の僕はずっと眠り続けていると思った。
みんなを心配させていないだろうか?
早く戻らないと。
でも、戻り方が分からない。
僕は毎日、早起きして町はずれの公園まで散歩し、昼間はフウやリンに鬼ごっこを教えて遊び、夜は早く眠りにつく。
勉強をすることもなければ、何時間もパソコンゲームに熱中することもなかった。
現実の世界ではあんなに起きるのが大変だった朝が、今ではすぐに目が覚める。
「早く寝たら早く起きたくなるものだな」
シンプルに生きることで次々に新しい発見があった。
しかし、……だ。
どう考えても、今のこんな毎日が続くはずがない。
いつかは「元の世界」に戻るのだ。
どうせ現実じゃないし、思いっ切りやりたいようにやってみよう。
何度失敗しても、同じ失敗を繰り返しても、誰にも迷惑をかけないのだ。
だけど、「やりたいこと」がないのだ。
全巻合わせて百巻を超えるマンガを今のうちに読み切りたくても、本がない。
何千もステージがあるパソコンゲームを全クリアしたくても、パソコンもない。
せっかく「異世界にいる僕」という「仮の姿」を手に入れたのに。
どうなっても構わない「自分自身」を実験台にすることができるのに。
かと言って、「元の世界」にも戻れない。
そんな時に気づいたのが、僕に与えられた特殊能力だった。
「空を飛ぶ能力」を手に入れのだ。
ずっと手に入れたかった「ズバ抜けた特技」だ。
「空を飛ぶ」なんてすげーよ!
それは特殊能力の中でも「レアなやつ」だとカカとザンが言った。
フウとリンは僕のことを「うらやましい」と言った。
そんなすごいパワーを持つなんて、僕の人生では期待していなかったことだった。
でも、授かったのだ。そんな特別なスキルを僕が……。
地平線のずっと先も見ることができるぞッ。
「空を飛べる」僕だけが見渡すことができる地平線。
だが、そこには近い将来に僕らが迎える困難が見えた。
今は平和だけど、そのうちに来る悲劇。
「亡者の旅団」が見えたのだ。
だけど、僕はそれを異世界の仲間には言えなかった。
言い出す勇気がなかったのだ。
こんなに幸せなのに、みんなを不安に陥れるなんてできない。
それに、「亡者の旅団」がこの町に向かっているとは限らない。
来ないかもしれない不幸なのだ。
そう。ずっと遠くに見えるだけでこちらに近づいてこない可能性があった。
僕は新参者だ。この世界の歴史も知らない。
無知な自分が騒ぐのは良くない。
「黙っていよう」
そう決めた。
せっかく異世界に転生し、新しい仲間もできた。
さらに、ずっと欲しかった「ズバ抜けた特技」まで手に入れたというのに。
その特技がアダとなって見なくてもいい「未来の悲劇」が見えてしまった。
「亡者の旅団」がこの町を訪れてしまったら、きっと町は壊滅してしまう。
そんなこの異世界の小さな町の「結末」を僕は見てしまった。
もしこの町のみんなが「亡者の旅団」と戦うことを決めたなら?
きっと、「空を飛べる」僕が先陣を切って攻めこむ役目になるだろう。
なぜ、こんなことになったのか?
僕は自分自身の不幸を「何か」のせいにしたかった。
その「何か」とは?
例えば、自分自身が「ある物語」の登場人物なのではないか、とか……。
これは誰かが書いた「物語」なのだ。
そして、僕は武器もなく丸腰のまま亡者たちと戦う設定を押しつけられたキャラ。
そういう情けない登場人物として、「作者」が物語の中に僕を放り出したのだ。
突然、「元の世界」と僕が思っている場所から異世界の荒野の町へと転生させて。
「僕を飛べなくしてください」
僕は「作者」にお願いした。
もう「ズバ抜けた特技が欲しい」なんて言いません。
ひっそりと「元の世界」で平凡に生きていければ、それで満足です。
だから……。
どんなに両手を合わせてお願いしても、状況は変わらなかった。
無視を決めこむ「作者」に僕は怒りを覚えた。
異世界を楽しい場所だと思わせておいて、最後にドスンと地獄へ叩き落とす。
僕にそんなぬか喜びをさせて「作者」は机に向かって笑っているのだろう。
何とかして「作者」に一泡吹かせてやりたい!
僕はそう思った。
でも、どうすれば?
「作者」の意図を先読みすればいいのだろうか?
僕はこの町の崩壊を食い止めようと覚悟を決めた。
そして、一週間後……。
来た。来てしまった。
「亡者の旅団」が。
遠くに見えた時のイメージより一万倍でっかい体だ。
怪力の大男ザンの比じゃない。
空から入道雲が落ちて来たようだ。
町が一気に暗闇になった。
亡者たちが太陽の光をふさぎ、昼間でもまっ暗闇だ。
風を起こすフウも、火を吹くカカも、その巨大な姿に戦意喪失。
結局、僕が戦う羽目になった。
あんな大きな体に立ち向かえば、一撃で踏みつぶされて僕はぺしゃんこだろう。
しかし、よく見るとフワフワした体をしているぞ。
試しにとがった木の棒で突いてみる。
「プシュー!」
亡者の体に穴が空いて、ヘナヘナと地上に降りた気球のようにしぼんでいく。
僕の攻撃を見ていた町のみんなもいっせいに手に棒を持って、突いた。
町が一丸となっての突き攻撃だ!
「ヒーローになれた!」
見事、「亡者の旅団」を撃退した僕は英雄となった。
気持ちがいい。
最高だッ!
でも、「元の世界」には戻れなかった。
僕が「作者」なら、ここが僕を「元の世界」へ戻す絶好のタイミングだと思う。
異世界の仲間たちと共に戦い、「亡者の旅団」を撃退した。
僕はヒーローになった。
「やったぜ!」
そう思った瞬間、目が覚める。
「元の世界」の学校の教室だ。歴史の授業をしていた先生が怒鳴るだろう。
「小野寺、また居眠りしてたのかッ!」って。
それなのに、僕はどんなに喜んでも「元の世界」へは戻れなかった。
僕は「脇役キャラ」なのか?
もしかすると主人公ではないか、と期待していたのに……。
あれから町は平和を取り戻し、また僕はフウとリンを相手に鬼ごっこの毎日。
そんな物語の主人公なんて、いる?
「いないだろ?」
僕は「作者」にとって、どんな存在なのだろうか?
この先、物語がどう動くのだろう?
僕は再び「作者」になったつもり「僕」のストーリーを考えてみた。
平凡な中学一年生が、異世界に転生して新しい生活を始める。
ずっと欲しかった「ズバ抜けた特技」を手に入れていた。
それは、「空を飛ぶ」という特殊能力。
そのせいで、地平線に「亡者の旅団」が迫っていることに気づく。
正直逃げ出したいと思った僕だったが、勇気を出して戦い亡者たちを撃退。
町のヒーローになった。
しかし、喜ぶのもつかの間、次の困難が近づいてきていた……。
だろうな。
そして、その「次の困難」で僕はおそらく命を落とすのだろう。
「亡者の旅団」のようにカンタンな相手じゃない。
本当に恐ろしい敵だ。
一度ヒーローになった僕は自分から進んでその敵にまっ先に挑む。
カッコつけて、シューッと空を飛び敵陣目がけて飛びこんで行くのだ。
だが、一瞬で……。
きっと、そういう運命の「脇役キャラ」なのだ。
「アイツ、パッとしないけどいいヤツだったな」
なんて、本物の「主人公」にのちに回想される役どころなのだろうか?
僕が敵陣に飛びこむ場面は、読者に「泣けるシーン」と言ってもらえるだろうか?
それとも、お調子者がヒーローになり損なっただけのシーンに映るだろうか?
「大槻望のキャラが一番印象に残った」
そんな感想をコメントしてくれたらうれしいな。
思い出すと、サエナイ毎日だった「元の世界」も悪くはなかった。
でも、この異世界も楽しかったよ。
ホントは「作者」なんかいないのかもしれない。
思い通りにいかない自分の人生を「誰かのせい」にしたかっただけかも。
でも、なかなか面白い人生だった。
僕はホンモノの人生を生きているのか、「物語」の中で生きているのか、どちらでもいいと思った。
楽しけりゃ。
いや、楽しまないと損だと思った。
「こんなひでー人生なんて!」
そう「作者」に向かって怒るのもいいだろう。
「パワハラだぞッ」なんてね。
でも、どんなに怒鳴っても「作者」は返事すらしてくれないのだ。
それなら、自分で少しでも「いい人生だった」と思うように人生を進めないと。
異世界に仲間ができた。
町のみんなを守りたいという気持ちも芽生えた。
きっと僕が「作者」なら、これからもこの村には新たな困難が巡ってくる。
壊滅させたくない。
作者には悪いが、僕は反旗をひるがえした。
「この戦い、キライじゃないぜ」
僕、ちょっぴり変わったのかもな。
仲間を守ろうとしている。自分の手で。
人生を変えようとしている。自分の力で。
それって、ちょっとカッコよくない?
僕は転生し、一つの生きるヒントを覚えた。
それは生きづらさを感じた時、「視点を少し変えてみる」ということ。
僕は祈った。
僕が生き抜こうと戦うこの物語が、誰かにとって生きるヒントになりますようにと……。
(おわり)
異世界で空を飛べる僕は地平線にこの物語の結末を見た 住吉徒歩 @sumiyoshi_toho
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