第22話 偽占い師、王家入りの危機

 だから私はそっと席を立った。仲睦まじい家族の邪魔をしないよう、これ以上ないくらいの気を使って音を立てずに。そして静かに扉を開けて、また元のような旅を続けようと。


「っ、待ってちょうだい!」


 けれど扉に向おうとした瞬間、それを止めるように、私の腕をペネロペ王妃が掴んだ。


「……王妃? あの、まだ何か知りたいことが?」

「いいえ、そうではないの。あなたには、本当に最後まで助けてもらったから」


 何かまだ聞きたいことがあるのかと問えば、彼女は緩く首を振った。その顔に城に来たばかりの時に見たヒステリックな面影はなく、春の木漏れ日のような穏やかで柔らかい雰囲気が彼女を包んでいる。あまりの変わりように少々面食らったが、私が見た時が極限状態だっただけで、恐らくこれが彼女の素なのだろう。


 丁寧に感謝の気持ちを向けてくる彼女に答えるように、私も顔に笑みを浮かべた。どうやら立ち直るのにそこまで時間はかからなさそうだ。


「ありがとう、本当に。あなたが来てくれなかったら、どうなってたことか」

「いいえ、私は水晶玉のお導きを聞いたまで。占い師として仕事をしただけのことです」

「それでもあなたには本当に助けられたわ。――――だから、あのね」

「はい?」


 ん? と続けられた言葉に私は首を傾げたが、フライングして頭に飛び込んできたペネロペ王妃の考えに私は固まってしまった。だって、予想外すぎたのだ。彼女が、そんなことを考えていたなんて。


「これからも、相談役としてこの城にいてくれないかしら」

「――――はい⁈」

「あなたのその占いで、相談に乗ってほしいの。その、これからのこととか、不安だから」

「え? は、私が、王家の? あの、失礼ですが正気ですか? ただの占い師ですよ⁈」

「もちろんあなたの衣食住は全てこちらで何とかするし、報酬は……そこまで自由にとはいかないけど、それでも不自由はさせないようにするから!」


 怒涛の勧誘に口を挟む余裕もなく、私はただ目を見開いて彼女を見る。本気だ。思考を読まなくても彼女が冗談で言っていないことは真剣そのものの表情を見れば良く分かる。


 その勧誘はあまりに突然で想定外で、でも呆然としていたのがいけなかったのだろう。気が付けばヒューゴ王子の声が加わっている。


 しまった。勧誘者が二人に増えた。


「母上の言う通りです! それに、あなたがいてくれると僕としても心強いのですが……」

「ですが私は本当にただの占い師ですし、皆さまのご期待に沿えるようなことは」

「そんなご謙遜を。ついさっきだって僕の心の内をピタリと当てたではないですか!」


 そりゃ当たり前だ。実際に読んでいるのだから。


 だが当然それが断り文句として使える訳もなく、私は迫ってくる二人の眩い笑顔から逃げるように視線を泳がせながら、どうにか諦めさせる言葉を探していた。


 そもそも姿が変わらない一つの場所に長くとどまるわけにはいかないし、それに長いこと共に生活したら絶対に絶対にボロが出る。私はそこまで器用じゃないのだ。


 だから二人には申し訳ないが、何とかして私のことは諦めてもらわなければならない。何か二人を納得させるような理由は、と考えている最中だった。泳ぐ視界に入ってきた黙ったままの黒髪に、私はハッとなる。


 いるじゃないか。私を絶対に家にいれたくない話を聞かない男が!

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